野原雪の場合



おれは、野原のはらせつ。目が覚めると、見慣れない部屋にいた。


「ここ、どこ?」


 目を擦ると、「魔王さま、おはようございます」と見慣れない形の生き物がやってきた。耳が長く、肌は緑色。頭には毛がなく、いわゆる両生類のようだ。しかも、その両生類が服を着て二足歩行で歩き言葉を話すのだ。


「着ぐるみ」


「なにをおっしゃっているのですか? 着ぐるみ? なんです、それは」


 どうやら、それは着ぐるみではないらしい。疑問符を投げかけてくると言うことは、「着ぐるみ」という言葉を理解していない様子だからだ。おれは黙り込んで、その両生類を眺めた。


「もう、早く準備なさってください。会議ですぞ。勇者打倒の会議が始まるのです」


「勇者……?」


 ぼんやりとしていると、両生類に引っ張られてベッドから連れ出された。そして、その両生類が身支度を整えてくれるので、なされるがままに突っ立っていた。しばらくすると支度が整えられたのか、不意に鏡を見せられた。


「いかがでしょうか?」


 気味の悪い蛇やドクロの装飾が施された姿見に映った自分は、いつもの自分ではない。両生類の友達のようないで立ち。いや、目の前の両生類よりは長身か。趣味の悪い漆黒のマントをかぶせられて、骸骨のような顔は自分か? 自分の部下である、谷口たにぐちという男に似ているだろうか?


「これ、おれ?」


「なにをおっしゃいます。今日も素敵ですよ。魔王さま」


「魔王、おれ? 魔王……。前に本で読んだ」


「そうですか? それはよかった。それでは、ささ。参りましょう」


 両生類の男は、自分の部下か。魔王とは、魔族の頂点に立てるような地位の呼び名ではなかっただろうか? 閻魔大王とは違う? なるほど。自分は市役所で言えば市長になったと言うことか。好き勝手できる……楽しみ。


 そんなことを思いながら紫の絨毯が敷き詰められている廊下を歩き、大広間に連れ出された。中には、部下の男に似ても似つかないような姿の者もいれば、人間に近い形をしている者たちがいて、みな着座していた。


 上座かみざに立って眺めると、下座しもざは霞むくらい遠い。部屋自体が縦長なのだ。長い真っ直ぐなテーブルの両脇に並ぶ部下たち。市役所で言えば、部長クラスだろう。そんなことを思いながらお誕生席に座ると、一同が頭を下げた。


「魔王さまだ」


「本日も神々しいお姿」


「眩いばかりだな」


 そんな囁きが耳を突いた。こんなことは、市役所でも日常茶飯事。庁内の会議で、部長クラスは市長にこびを売る。


『安田市長、そのネクタイはどちらで? いや、センスが光りますな』


『さすがです! 安田市長!』


 いい大人である中年の男たちがそんなゴマ擦りをしている姿は見るに耐えないが、こんな異形の者たちですら、同じかと思うと興味がそそられた。


「……であるからして、魔王様。勇者討伐に関してのご意見をお願いいたします」


 右隣にいた鬼みたいな赤い男がおれを見た。彼は副市長というところか。会を仕切っているらしい。余計なことを考えている間にも、話し合いは進んでいたようだ。なにか指示を出せということか。『勇者』ってよくわからないが、子供の頃、よく実篤がファミコンでRPGをやっているのを思い出した。


「勇者って?」


 鬼は答える。


「勇者は、成人を迎える年になりました。つい先日、王からの命で我々討伐の任を受けて旅立った模様です」


 おれは「ふうん」と頷いてから口を開いた。


「勇者って、最初はこん棒と旅人の服、お鍋のふたしか装備できない訳。だから、そこを狙えばいい。レベルが上がるとたちが悪いもの。様子見でザコを差し向ける作戦はナンセンス。ここにいる部長クラス全員で叩き潰す」


「しかし、魔王さま、それではルール違反になるのですぞ」


「ルールってなに? 誰が決めたの? そんなの関係ない。あとになればなるほど、能力も上がるでしょう? 転職とかして、オールマイティになる」


「て、転職とはなんでしょうか?」


「知らないの? 人間がうまいこと考えたルール。勇者たちは転職をして、育って強くなるのに、魔族は転職なんてない。生まれたままの能力だけ」


 ——だってずるいでしょう? 勇者ばっかり強くなるシステムってないじゃない。

 

 実篤がゲームをしているのを眺めていた頃、そう思ったことを思い出したのだ。なぜ魔物はレベルアップしないのか? 魔王はやられると形態が変わったものだが、雑魚の魔物は一撃でやられて終わりだ。なんだか不公平だと思ったのだ。


 おれの言葉に会場がどよめいた。


「嘘だろう? そんな仕組みがあるのか」


「それはズルだろー。おれたちだけがまともにルールを守る中、そんなズルしてんのか? あいつら」


「なんだよー、それ。おれたちも転職とやらをしてみたい」


 みんなのどよめきをよそに、おれは説明を続けた。それはまるで、議会での答弁みたいだった。


「転職すると、知識が増える。市役所でも異動するごとにスキルアップして昇進する」


「なるほど。そんなカラクリが……。それにしてもシヤクショとは一体」


 隣の鬼の疑問には答えずに、おれは続ける。


「勇者たちは、魔族を狩って、お金持ちになる。装備も充実したら手が出せない」


「あいつらは、おれたちから金品を搾取する気だぞ」


「ひどい仕打ちだ」


「なんたることだ」


 魔族たちは悲鳴を上げた。ああ、そうか。昇進すると給与が上がって、いい車に乗ったり、いいスーツを着たりする。これは勇者とて同じこと。しかも、少しずつ気の合う仲間をパーティーにして、徒党を組んで頂点を目指すのだ。ある意味、市役所ライフと一緒だな、とおれは納得した。ならやはり、答えは一つ。


「新人のうちに徹底的に潰す」


 それに限る。新人のうちに、教育を施すことで、従順な市役所職員を作り上げるのだ。それしかない。


「おお、わかりました! 魔王さま」


「そのようにいたします!」


 いきりたつ会場の雰囲気をみていると、市役所の繁忙期みたいで、いつもの雰囲気だ。魔王の城は市役所。なんだかおかしなところに来たが、これはこれで興味深いのだ。残る心配は、だが、まあ、いい。


「世の中のしくみって、看板が変わっただけで、みんな同じ。興味深い」


 しかし深く頷いてからはったと気がついた。


「魔王も選挙? 民主主義? 興味ある。調べなくちゃ」


「勇者の野郎っ」


「魔王様っ! 我々全員で叩きに行ってよろしいでしょうか?」


 後ろで騒いでいる鬼たちは放っておいて、おれはさっさと議事堂を出た。後ろから「魔王さま?」、「魔王さまーーっ!」というおれを呼ぶ声が聞えたけれど、そんなことは知ったことではない。もう話は終わったもの。それよりもなによりも、この世界は興味深い。色々見て回らないと!


「この世界には、どんな本があるの? ああ、そうだ。美味しい変わったお菓子はあるのかな。大福。大福があるといいのだけれど……」


 野原雪。魔王生活始まります。







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