意志ある資料編

第29話 企画展「浮世絵の中の街並み」①

 地球博物館は戦争により歴史や文化を遺すことを忘れてしまった現代において、人類・地球にとって価値ある資料を未来のために保護し、遺していくことを目的としている組織だ。

 その中にある文化財緊急保護チームは、犯罪に巻き込まれた博物館資料を保護したり、遺失した博物館資料の捜索にあたることを主任務としている。

 そんな地球博物館日本分館の文化財緊急保護チームには2名のメンバーがいる。

 一人はまだ少女といった年頃の学芸員補、鹿嶋ミカ。

 もう一人は筋骨隆々の大男の学芸員で、名前を守山嗣道といった。


「………定時連絡、嗣道、こちらは異常なしだよ」


 そして今日、文化財緊急保護チームの二人は地球博物館の企画展示室で開催されている企画展「浮世絵の中の街並み」の会場警備に駆り出されていた。


『ふむ、子どもに全方位を囲まれている状態は異常なしなのか?』

「それは……。やっぱり、むり。嗣道、助けて」



――数日前


「そういえば、今度の企画展、私たちは何か役割あるのかな?」


 ミカは端末に向かっていた顔を上げ、向かいに座る嗣道になんとなしに尋ねた。

 嗣道も手を止めて、壁際に掛けられたカレンダーを見やった。


「ん? そうか、もうそんな時期か」


 巨大な陰謀渦巻く贋作事件を解決してから、数日が経ち、嗣道とミカの仕事には日常が戻ってきていた。

 そもそも、一般民衆にとって博物館が不要なものとされている時代である。

 博物館関係の事件など、そうそう発生するものではない。

 そういったときに文化財緊急保護チームは、メンバーが学芸員であることから、通常の学芸業務に駆り出されることになる。

 とはいっても、この時代の博物館の学芸員の仕事ぶりは戦前から変わらず「雑芸員」と呼ばれている。

 研究をしているとおもったら、いつの間にか段ボール工作をしていたりする。

 学芸員とはそういうものなのだ。


「そうだな、今回は会場案内ぐらいだろうか。シフト表を確認してこよう」

「あ、ごめんね。嗣道。お願い!」

「ああ。ミカはそのまま仕事を続けていてくれ」


 嗣道はそう言うと、席を立ち、企画展の担当者である宮前の元へと向かった。

 戦前に頂点を極めた情報化は瞬時に端末上でスケジュールを確認することもできたが、戦中戦後と人類の経験がたまるにつれて、直接話をすることに対する重要性の再確認となり、仕事の進め方自体は少しだけ前時代的になっている。

 事務所の少し離れた別の島へと向かった嗣道は数分後に戻ってきた。


「ミカ、俺たちは初日から分担して会場誘導だ。浮世絵関連事件の後だからな。企画担当の宮前にもそうするように進言した。保安を兼ねるため、ファーストライン装備をコンシールドキャリーできるように準備しておけ」

「制服でコンシールドキャリーって初めてかも! おっけー。早速準備しておくね」

「ああ。足りない装備があったら申請しろ」

「うん」


 今度はミカが席を立った。

 机のカギのかかる引き出しから銃を取り出すのも忘れない。

 いくつかの装備を手に取ったミカはそのままロッカーのある更衣室へと向かった。

 ミカは案内用の制服を着るときに通常は銃器を携行していないが、今回は事情だけに、その制服の下に銃器を隠し持たなければならない。

 地球博物館の館内スタッフ用の制服はいくつか種類がある。

 そもそも地球博物館日本分館は上野の山全体に分散している博物館・美術館を統合して生まれた博物館だ。

 美術専門・科学専門・歴史専門などと専門分野も多岐にわたり、一人の案内スタッフがすべての館を案内できるわけではない。

 このために案内スタッフに限定しても、展示スペース専属の案内スタッフ用のものや、各館共通して受付スタッフが着用する制服もある。

 ミカの着用する制服はそんな多様な制服の中でも各館共通して受付・案内スタッフが着用している制服だ。


(多様な展示のある地球博物館で共通イメージを作り出し、来館者に非日常感を与える制服ってことだけどね……)


 そんなことを思いながら、ミカは自分に与えられた制服を試着していた。

 鏡に映る自分を見ながらその場で回ってみたりと、全周を確認する。

 ミカはひらりと揺れるスカートの端を少しだけ気恥ずかしく思った。

 ミカが着ている制服の成り立ちには多くの紆余曲折があった。

 科学分野ならば白衣、歴史分野ならば着物モチーフなど、分野が限定されればイメージも固まるが、全館で統一したイメージを作り出すという目的上、そういった手法は取ることができない。

 そして、同時に職員の確保、という点でも地球博物館は大きな課題を抱えていた。

 学芸員こそ確保できる見込みはあったが、学芸員だけで運用するわけにはいかないのが博物館だ。

 警備は外部の専門家に任せることができる。しかし、受付はそうもいかない。

 博物館が求める受付スタッフは展示の簡単な説明も求められており、博物館の価値が社会的に下がった現代において、なりたい、という奇特な人物を見つけるのはとても難しいことだった。

 そこで考えられたのが、「制服が可愛ければ人が集まる作戦」だった。ミカは安直な考えだと思ったが、戦前文化を知っているコアな専門家によれば、戦前文化の中心地たる「AKIBA」ではそのような手法が一般化していたらしい。

 結果として、ミカが身にまとっている制服は、まるでおとぎ話の中に登場するかのような華美なものとなっていた。

 ふわりと広がったスカートと軍楽隊の制服のようにダブルのボタン止めのジャケットに分かれた制服は、布地をふんだんにつかった作りになっている。


(……おとぎ話の服みたいだけど、軍装っぽいのは、戦後すぐにデザインされたからなのかな?)


 そしてミカは一度身に着けた制服の裾をめくり、手に持ってきた幅広のベルトを腹巻のように自分の白い腹に巻き付けた。


(どうだろう、服が厚手だから、あんまり目立たないと思うけど……)


 ベルトは腹部に銃を隠し持つためのホルスターだった。

 ミカは銃をベルトに挟むと、上着の下ろして鏡を見る。

 厚手の上着は銃を隠し持った腹部を隠したが、薄いミカの体では、少しだけふくらみが感じられた。


(……ちょっと食べすぎた人みたいになってる……。これはやめよう……)


 再び服をめくって腹巻を外すと、今度はスカートのウエスト部分に重ねるように別の細身のベルトを巻いた。

 そしてそこに素肌に触れてもいいような柔らかい素材でできたホルスターをベルトの内側へと挟み込み、銃を収める。

 再び上着を下ろせば、今後は違和感のない仕上がりになった。


(手を上げると服が持ち上がってウエストからグリップが見えちゃうけど……)


 手を上にあげるとスカートのウエスト部分からちらりと拳銃のグリップが見えていた。


(動きを意識していれば、大丈夫かな。……あ、片手なら上げられそう。両手を上にあげることがないようにだけ気を付ければいいか)


 ミカはそれから手錠を銃と同じように内側へと収め、学芸員の証である懐中時計を首から下げられるように加工した。


(これで、大丈夫かな? ……あ)


 そして、最後に残った予備弾倉に目をやった。

 ウエスト周りにいくつも装備したために、弾倉を収められる隙間がない。


(うう……、仕方ない。ここに仕舞うか……)


 ミカは幅広で先ほどよりは径の小さいベルトを取り出し、そこに弾倉を収めると、自分の履いているスカートの裾に手を掛けた。


(ここには仕舞いたくなかったんだけど……)


 そうしてすべて仕舞い、最後にお客様案内グッズの入った小さなポーチを肩から下げて準備ができた。

 ウエストから銃を抜き、構える動作を何度か繰り返す。


「いい感じ。意外と肩回りも窮屈じゃないし」


 ミカは更衣室を出て、嗣道の前で回って見せた。


「どう、嗣道?」

「制服の下にもうまく隠せるものだな。ハンドガンは……、腰回りか?」

「そうそう。ほら」


 ミカは上着の裾を素早くめくると、ハンドガンを抜き、構えて見せた。


「悪くない動きだ。だが、銃を抜く機会はないほうがいい」

「それは……たしかにそうだね」


 ミカは嗣道の言葉に頷きながら銃をホルスターへと戻した。

 そしてミカが再び顔を上げて嗣道を見ると、彼は何かがのどに詰まったかのような表情で固まっていた。


「どうしたの、嗣道?」

「ああ、……うん。そうだな、ニアッテイタぞ」

「え? あ、うん。ありがとう」

(なんで片言?)


 やっと出てきた嗣道の言葉の意外さにミカは首を傾げつつも礼を言った。

 すると、露骨にほっとした顔で嗣道が続けた。


「昔、宮前に女の子が着替えをして出てきたらそう言いなさいと教わったのだが、あっていたようだな」


 そしてその種明かしを聞いて今度はミカの表情が固まった。


「ああ、そういう……。嗣道、そういうネタバレしちゃダメだよ。今ので減点」

「む、そうか……。なかなか保護者役もうまくいかないな」

 

 孤児だったミカを拾ってから嗣道は自分自身の役割と保護者と定めたようで、日々保護者としての動きを意識しているようだったが、時に暴走することもある。

 今日はどうやらその気持ちが空回りする日だったようだ。


「大丈夫だよ、嗣道。私もう子供じゃないし!」

「そうだがな。……まあいい、準備はできた、ということだ」


 嗣道はばつが悪そうに立ち上がりながら言った。


「どこに行くの?」

「準備ができたのなら、一応展示スペースを巡回しよう」

「分かった」


 ミカと嗣道は準備が進む企画展示室へと向かった。

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