内乱

第16話 運命の一週間

朝が来た。私にとっては最悪の一週間が始まろうとしている。


妹ソフィアが画策する計画において、正直私はほとんど関知しない。いや出来ないと言ったほうが正しいのだろうか。


私はこれから宮殿を出て幼年学校に戻り、翌日には学校最後の試験である山岳行軍訓練に参加する。道中戦闘演習を行いながら往路復路合わせて5日間行われるこの訓練は、幼年学校最後の訓練であり、学校で最も過酷な訓練だ。


完全武装、装備一式を背負っての山登りというだけでうんざりすると言うのに、あまつさえ戦闘まで行えというのだから、正直に言って面倒くさいにも程がある。


しかしこれはエカテリーナ自らが望んだ結果でもあるのだから、最早任官へのやる気が無くなったにせよ、全うしなければしょうがない。


本当ならこの訓練すら回避できないものかと色々考えていたが、それは少しばかり事情が変わった。


何故ならソフィアの計画は、私が山岳行軍訓練の最中に実行されるからだ。これは私にとってとても好都合であった。


もし妹の計画を知らなかったら、私は何かしらの策を弄して訓練に参加していなかったかもしれない。その場合、私を姉とも思っていないソフィアの陰謀に巻き込まれて命を落としていただろう。


だが私は幸運にも計画を知ることが出来たし、妹によって身の保証もされている。従って私は近々皇宮や帝都で起きるはずの事件から自分を遠ざけることが出来る。


確かに計画は知った。止めることもしなかった。だが私自身は妹の計画になんら関与することなければ直接参加することもない。


私が学校の訓練で山を登っている間にすべては終わっているのだ。


帝都から南におよそ2000km離れたバルザック山脈の山中にて、私は事態を静観する。ソフィアの計画が上手くいこうがいかまいが、私の預かり知らぬこと。どちらに転ぼうが私には関係がない。


我ながら随分と無責任で日和見的だと呆れそうになるものだが、何より妹のソフィア自身が私にそう望んでいるのだ。


曰く、なるべく私には無関係でいて欲しいと。全てが終わった後で、私の願いを叶える。それは随分と私にとって都合の良い話だった。いや、良すぎると言っても良い。


もしかしてソフィア……いや、紗香が私の身の安全を案じてそのようにしてくれたのかもしれないが、そもそも私が千早に目覚めたのも、妹から計画の話を聞かされたのも僅か一日の間であることを思えば、端から計画に関与しない私はいてもいなくても変わらないのだろう。強いて言えばソフィアの目標から私が消えただけ。


だけどもし本当に妹が私をこの国から助け出してくれると言うのなら、私はこの状況を利用させてもらおう。私を縛るこの国という存在は、それだけ重い鎖だ。鎖を千切り解くには相応の力が必要となる。……それこそのような大きな出来事が。


そして今の私に出来ることは妹から聞いたこの計画を誰にも悟られず、眼前に迫る卒業試験を兼ねた山岳行軍訓練を遂行するのみであった。


内心や企みを誰にも悟られずという意味では、幸運に恵まれる出来事もあった。


それは昨日のディナーの時に知らされたこと。私の侍女であり恐ろしい隣人であるユリアが、急な出張とやらで出払っているということだ。


休暇でもないのに使用人である侍女が突然何処かへ行ってしまうというのは、普通ではありえないことだ。しかし彼女が本来軍人であることを考えればとやらがあったとしても不思議ではない。彼女が私の護衛に着いての6年間でそんなこと一度もなかったことを思えば不思議なことであるが、目下の大事を前にユリアがいないということは、これも大変都合が良い。


ユリアの仕事は私の監視だ。私自身が何か事を起こすことはないが、それでも探られれば痛い腹を抱えていることには違いない。私の些細な言動でボロを出してしまえば、ソフィアの計画が台無しになってしまう恐れもある。


腹の痛いところを探すのがユリアの仕事である以上、私は計画を聞いた時点でどうやってユリアに勘付かれないように振る舞うべきか考えて頭を悩ませていただけに、ユリアの不在はまさしく朗報であった。


山岳行軍訓練ははっきり言って最悪だ。だけれどそんな中唯一の幸運こそユリアの不在だ。訓練そのものは気が遠くなるほど嫌であるが、煩わしい護衛兼任の見張りがいないだけで、少しは気が晴れるというもの。


あとはこの苦難の訓練を我慢さえすれば、そして運が良ければ私は自由の身となる。訓練という最悪の一週間の始まりではあったが、これは運命の一週間であるとも言えた。


今の私には何の力もない。妹ソフィアの計画に関与する力もなければ、この国に対して変革を起こせるほどの影響力もない。


私は無力だ。ただ流れに身を任せているに過ぎない。だけれど、この流れ……ソフィアが起こそうとしている大きな時の流れに身を委ねることにした。


私は朝食を済ませると、ユリアの代わりにやってきたメイドの手伝いなく一人で身支度を終わらせると、宮殿の玄関を目指して歩き出す。


後は野となれ山となれという言葉があるように、今の私に出来ることはこれくらいのものだった。

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