第15話 打算
憎たらしく忌々しい実の妹であるソフィアが、前世での最愛の妹紗香が転生した存在であったことを聞かされた私は、ひどく複雑な気持ちにさせられた。
いや、ソフィアが紗香だったことはとても喜ばしい話だし、何より前世から転生した人間が私だけじゃなかったという事実には安心することも出来た。
ただ問題は、実の妹が私に打ち明けた計画。その計画のせいで私は複雑な気持ちにさせられているし、なおかつ不安でしかない。
ソフィア――紗香は計画が成功すれば私の企み……つまりこの国を脱出して第二の人生を歩むということも不可能ではないと豪語してくれた。
だがその計画はとても破滅的なものであり、計画が存在するというだけで、この国に混乱をもたらす程のもの。
どこかの知らない国で、どこぞの知らない誰かが企んでいた計画であったなら、私がここまで心配し不安になることもなかっただろう。
けれどこの計画は私のすぐ側で、しかも大切な妹が画策しているということ。
エカテリーナであったならば、この計画を知った時点で近衛師団や憲兵隊に通報し企みを阻止しただろう。
千早としての私の人格があったとしても、もしソフィアが紗香でなかったとしたら同じ様にしたかもしれない。
実の妹であれど、ソフィアが私に対し姉としての情を持ち合わせいないのと同じ様に、私自身ソフィアに対し妹としての情など湧くはずもなく、もし仮にソフィアがこのような計画を企んでいたと知っていれば、躊躇なくそうした。
だけどソフィアが前世の可愛い妹紗香であると知った今、彼女の危険な計画を本当の意味で止めるべきだったのだ。
最早過去形なのは、私はソフィアを、紗香を止めなかったから。
理由は打算か、はたまた近いうちに私達が命を落とす可能性があると聞かされたからか。いいや、打算だ。
この権謀術数、陰謀渦巻く帝国で命を狙われることなど驚く程のことですらない。軍部に蠢く併合派や貴族同士の権力争い、果ては権力そのものを憎む市民の思想、他には他国の思惑だろうか。その全てが皇室の敵であり、皇室に属する私やソフィア、そして他の皇族達にとっても敵である。
ともあれそれらの敵は、願わくば私達に死をと望んでいるが、思惑通りに死んでやる道理もない。
それはかつて愛国者であったエカテリーナ・バラシオンとしてもそうであるし、意識的、人格的合意に至った千早・エカテリーナとしても見過ごせるものではなかった。
命を無くせばそこで全てがご破算だ。一度死んでから新しい人生が始まったばかりで、また死にたくはない。転生したからといってまた次の人生が待っているという保証もない。
この転生は恐らく事故のようなものだ。本当なら頭を撃たれた時点で私はあの世に行くはずだったが、幸か不幸かたまたま別の世界のエカテリーナに憑依したに過ぎないのだろう。
二度目はない。人生において死が急に、そして理不尽に襲って来ることを知っている私は、だからこそ、今死ぬわけには行かなかった。
千早としての未練、エカテリーナの願望を両立させ叶える為に必須条件は単純に自分の命を守ることだ。
その為には妹すら利用する。私は最低の姉だ。
妹のことを思うなら止めるべきだった。計画を聞かされた時点で。部屋から去るその腕を止めて、説得すべきだった。
だがしなかった。いや、恐らく彼女の計画は随分と前から、そして綿密に計画されていたことだ。私が止めても説得に応じることはなかったと思う。
紗香が私に話してくれたのは、ただ私が千早の記憶に目覚めたからという理由だけ。もし私が前世の記憶を呼び戻していなければ、ソフィアは粛々と計画を実行し、私の名前は犠牲者リストに載っていたに違いない。
千早として目覚めていなければ、エカテリーナはソフィアに殺されていた。
実の姉だろうが、ソフィアは躊躇いもなくそうしただろう。
ただ私が千早として転生しただけ。そしてたまたま私が紗香の姉であっただけ。私が生かされることになったのは、それだけの理由なのだ。
そのことに気がついてしまった私は紗香を止められなかった。ほんの些細な出来事がきっかけで私は命を紡いだに過ぎない。
その事実が私をぞっとさせる。
ソフィアや私が何者に命を狙われるかは分からない。敵はそれほどまでに多く、そして身近にいる。そんな状況でソフィアが考えついた計画はカウンターとしてとても上手く機能することだろう。もちろん計画が上手く行けばという前提はあるものの。
しかし身を守るついでの計画で私まで殺されそうになっていたのはやはり釈然としない。なんとか紙一重で自分の首を繋いだものの、それはただの偶然に過ぎなかった。
こんな恐ろしい計画を練るなんて、前世の紗香からは考えられもしない。もしソフィアが本当に私の知る紗香であると言うのなら、まさしくありえないことだったから。
紗香は心優しく穏やかで、誰に対しても区別なく接することの出来る温和な人物だ。人を殺すことはもちろんのこと、傷つけることすら躊躇する。
だが私の知るソフィアは頭脳こそ紗香に匹敵するが、決して温和とは言えなかった。他所での他者に対するソフィアをしっかりと間近で見てきた訳ではないから断言は出来ないが、兄妹を憎み蔑み侮辱するその態度は紗香とは程遠い。
もしソフィアが生まれた頃から紗香であったと言うのなら、紗香を変えてしまったものは何か。生まれか、それともこの世界そのものなのか。
ソフィアが紗香であると信じたくはないが、私の部屋へ来た時の話し方は間違いなく私がよく知る妹のそれであった。だがそれはほんの一瞬の出来事で、判断を下すにはまだ情報が少ない。
だから私は疑う。ソフィアは本当に紗香なのかと。
信用はまだしていない。
だけれど私は、この計画――ソフィアが打ち明けた秘密の計画に乗るほかなかった。
私にできることが他に存在しない今のうちは。
だからこれは打算だ。妹が信用出来ずとも、黙って陰謀に巻き込まれて死ぬよりも、遥かにマシな選択。
首謀者本人が私を計画から外したと言うのなら、私はそれに乗っかろう。
自由と平和とパンケーキへの出だしはとても血生臭いものとなってしまうが、現状を打破する起爆剤として、これ程強力なものも存在し得ない。
ソフィアの真偽を見定めながら、私は前へ進むことを決意した。
ソフィアが最愛の妹である紗香だと信じて。
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