第15話

「紅葉さん、無茶ですよ。蕨平がどれだけ強いか分かってるんですか」

 まさに戦おうとしている紅葉に四島は慌てて言った。今言わなくては本当にそのまま戦闘を始めてしまう。

 それはあまりにも無謀だ。少なくとも四島はそうとしか思えない。

 しかし、

「いえ、無茶なんかじゃありませんよ。こいつは私が必ずぶった切ります。任せておいてください」

 紅葉はなんの迷いもなく言い放つ。

「いや、待ってください。いくらなんでもこのまま紅葉さんを置いていくわけには.....」

 言いかける四島。そこで紅葉は振り向いた。蕨平を前にして、視線を外して四島を見たのだ。

 四島は紅葉が怒りの余りに我を失っているのかと思った。自棄になっているのではないかと思った。しかし、違った。

 紅葉の目はひどく冷静だった。決して我を失っている人間の目ではなかった。

 その目を四島は知っていた。今まで何度となく見てきた目。紅葉と仕事をしてきて幾度も垣間見てきた瞳。

 それは、怪異と戦うときに紅葉が見せる目だった。

 それは勝利が困難な相手に一筋の勝機を見いだした時の紅葉の目だった。

 そして、四島は紅葉がこの目をした時どうなるのかを知っていた。

 この目の紅葉を相手にした怪異に必ず訪れてきた結末を知っていた。

「マジなんですか、紅葉さん」 

「まぁ、正直半分賭けですけど。勝算は十分にあるんですよ」

 紅葉は不敵に笑ったのだった。

「それに、どの道優先すべきは『白峰の霊鏡』、陽毬さんの方です。四島さんはそちらの方をお願いします」

 四島は一瞬の間悩んだ。

 紅葉は本気だった。本気でこの最悪のSSレート怪異の蕨平の相手を一人でしようとしている。とても正気の沙汰とは思えない。

 しかし、四島は、

「.......分かりました。お任せします」

 紅葉を信じることにした。ずっと一緒に働いてきた渚市随一の怪異狩『朱の紅葉』を信じることにした。

 ならば四島は行かなくてはならなかった。2階の大ホールに。そこに居る陽毬の元に。彼女を捕らえている襲撃者と戦いに。四島はエレベーターのボタンを押した。

 だが、さすがに何一つしないわけにはいかないと、四島は懐から何枚か札を取り出す。

 トラップの符術。この先に蕨平が来たときに備えて、わずかでも足止めをするためだ。

「ああ、それも結構ですよ。札の無駄遣いです」

 しかし、紅葉は重ねて四島に強がりを言った。

「ですが....」

「大丈夫です、ここから先は私しか通りませんよ。必ず行きますから。それまでなんとか保たせてください」」

 そう言って。紅葉は改めて蕨平に向かう。

 体は楽に。半身で、刀を脇に構える。紅葉の基本の型。

 紅葉はもう四島を振り返らなかった。蕨平だけを見ていた。今のやりとりを見て、たまらなく嬉しそうに笑っている蕨平を。

 恐らく、紅葉の精一杯の強がりだった。

 最早、四島は紅葉にかける言葉は無かった。

 紅葉を信じるということにしてしまった。それに、襲撃者が相当の術者であることは間違いない。これだけの状況を生み出す人間などただ者ではない。トラップに裂く札があるとは正直言い難かった。

 四島は紅葉を信じ、札を温存することにした。

 そして、四島は下りてきたエレベーターに乗り込み、2階へと向かったのだった。




 エレベーター前に残されたのは紅葉、そして蕨平だった。

 二人はにらみ合っている。次の瞬間にでも戦いが始まる。

 片や怪異狩といえどただの人間。

 片やそういった人間40人以上を一度に相手にして涼しい顔で全員に重傷を負わせる人外。

 戦う前から圧倒的な力量差。

 しかし、その間には今にも目に見えそうなほどの圧倒的な敵意がお互いから発され、お互いを射貫いていた。蕨平は元より、紅葉もそこだけは負けてはいなかった。

 戦いに慣れていないものならこの場に居ただけで気がどうにかなりそうな、そんな張り詰めた空気。

 蕨平はこういう時こそ言葉が多くなる。少なくとも紅葉が今まで戦ってきて感じたイメージがそれだった。

 蕨平は斬り合いの中に身を置きすぎたためか、命の取り合いの空気になんの恐怖も抱いていない。命の取り合いをコミュニケーションか何かだと思っている。その中に居る時こそ最も充実を感じている。最早人間でない蕨平に使うのが適当な言葉かは分からないが、生きている実感を得ているように見えた。

 だからこそ、気分が高揚し口数が増える。聞いてもいないのにべらべらと一人でしゃべる。

 そんな風な人格。

 しかし、

「鐘薪一刀流、参る」

 今回、蕨平は言葉を重ねることは無かった。

 その腰の柄に手をかける。次の瞬間に紅葉の背筋をヒヤリとした直感が走る。紅葉は半身をひねってかわした。今し方、自分の首を目がけて放たれた斬撃を。

 かわせた。見えない斬撃を。

 いや、違う。紅葉には分かった。わざとかわせるように放ったのだ。

 つまり、今の一撃は小手調べ。大口を叩いた紅葉がどれだけ自分に付いてこれるのか。本当に自分を倒しうるのか。その可能性を試しているのだ。

「ふん、まだるっこしいですよ」

 そんな小賢しい駆け引きなど紅葉は望んでいない。そもそも、そんな遊びに付き合わされる時点で蕨平のペースだ。

 紅葉は符術札を取り出す。そして、纏めてそれを破り捨てた。

 紅葉の身に人間が扱う怪異が纏われる。そして、紅葉は強化された脚力で跳び上がった。しかし、蕨平に向けてではない。紅葉が跳び上がったのは天井。そこに足を付け逆さに立ったのだ。

 さらに紅葉は符術札を取り出し破る。発生した術が効果を及ぼしたのは紅葉の刀だった。刀の刃が青くまばゆく光る。

 紅葉はその刀をそのまま振り抜いた。

 刃に纏われていた青い光はそのまま刀身として伸びた。つまり、天井から蕨平に届くほどまで。紅葉は天井から蕨平に斬撃をお見舞いしたのだ。

 しかし、蕨平は当然のようにかわした。

 蕨平は攻撃をかわした。しかし、反撃はしなかった。いつものように『飛ぶ』斬撃で天井の紅葉を落とそうとしなかったのだ。

 蕨平は少し面倒そうに顔を歪めた。

 まさしく、千石橋の上で浮遊術を使っていた怪異狩を落とした時と同じ顔だった。

「どうやら、私の予想は当たってたみたいですね」

 紅葉は言った。




 低い音と共にエレベーターの戸は開いた。小さなエントランスがあり、その先には大ホールまで一本道だ。いくつかある階段や回廊から入ることも出来るが、メインの通路はここである。

 四島はエレベーターを下りてエントランスに出た。

 優しい暖色の照明が通路を照らし、その先の大ホールは明るい白の照明が照らしていた。

 四島は手持ちの符術札を確認し、警戒しながら歩き始めた。

 通路に何か細工がほどこされているということはなかった。こちらが侵入したことは結界で感知されているはずだ。それにしては守りが手薄過ぎた。

 様々な予想は立てられたが、四島は単純に敵と認識されないほど舐められているのだろうと感じた。

「まぁ、確かにわたしに出来ることなんてたかが知れてますけど」

 四島はそう独り言を漏らした。

 そして通路を通り、大ホールとの境までたどり着く。そこまで来ればもう中の景色が良く見えた。

 テニスコート8面分。県随一の屋内イベントホール。3階の一部をぶち抜き天窓を作った高い天井。シンプルな白い壁。休日はヒーローショーだの展覧会だのに使われる、そんな場所だ。

 しかし、今この空間にはまがまがしさしか無かった。現実が歪みつつある。四島はそう感じた。なにかとてつもない怪異が今から発生する、その気配が満ちていた。

 そして、その大ホールの中心。そこには平和なイベント施設からかけ離れた情景が存在していた。

 縄で五体を縛られ、宙に張りつけられた少女、陽毬の姿がそこにあった。そして、その真ん前には一人の男が立っていた。男は陰鬱さを固めて作った彫像のようで、ひと目でまともな人間でないであろうことが分かった。高そうなスーツを着ており、その雰囲気に似つかわしくない流行の髪型だった。

 この男が間違いなく陽毬を襲撃した犯人だった。

 男はまっすぐ四島を見ていた。四島の存在などとっくにバレている。その上で待ち受けていたということだろう。

 最早小細工は無駄だ。

 四島は警戒しながらゆっくりとホールへと足を踏み入れた。

「四島の兄ちゃん!!!」

 叫んだのは陽毬だ。四島はただ右手をおずおずと上げてそれに応える。

 そうしてやってきた四島に男はこれといった反応をしなかった。四島はなんらかの攻撃が起きるものと思って身構えていたがなにひとつなかった。

 四島はなんの障害もなく陽毬の、男の前までやってきた。

「兄ちゃん一人か? 紅葉の姉さんは?」

「紅葉さんは蕨平と戦っています」

「一人でか!? 無茶だ!!」

「紅葉さんは大丈夫だと言いました。それを信じました」

 四島の言葉に陽毬は信じられないとばかりに目を丸くした。無理もない。さっきまで四島だってそうだったのだから。

「戸木紅葉が一人で応戦しているのか」

 突如、口を開いたのは目の前の男。四島より表情の無い男。いや、人間かどうか疑いたくなるような男。

 しかし、そこで四島は違和感に気付いた。この魔物のような異常な男、その姿に見覚えがあると。

 四島はその表情から雰囲気から、今まで会ったことなど無い異常者としか思えなかった。だがその姿が告げていた。つい先日見た男が同じメーカーのスーツを着ていた、同じ革靴を履いていた、同じ腕時計をしていた、同じ髪型をしていた。そして、顔のパーツと配置だけはその男と同じだった。

「.....まさか。天淵桐也さんですか?」

 四島は有り得ないと思いながら問うた。口にしたその名の人物からあまりにかけ離れたこの男に。

「そうだ」

 男は、天淵桐也は一言だけ答えた。

 明るい、いかにも出来る上司。そうとしか見えなかった天淵とは全然違う。まるで悪魔か何かのような男。

 普通ならば、以前の男と今の男が同一人物などと信じられるはずはない。

 怪異に関わっているものなら、なんらかの怪異に取り憑かれていると考えるのが自然かもしれない。

 しかし、四島はこの事実になにかがぴったりと嵌まるのを感じたのだ。

「そうですか、そうでしたか。あなたが、今回の件に裏から介入していたんですね」

 四島はもう、この男を受け容れていた。この異常な男こそが天淵桐也であり、そして『白峰の霊鏡』を手に入れようと裏で工作していたのだと。

 それは、四島がずっと感じていた違和感が今のこの男を見ることによって全てしっくりと解かれたからだ。

「最初の夜からおかしかったんです。なぜ、あの飲み屋街にあっという間に金甲警備が出張ってきたのか。あれは、あなたが蕨平の出現に備えて街中の警備を秘密裏に強化していあたからです。それは、社員にすら通達されずに知らないうちに行われていた。だから、すぐに現場にやってきた。そして、社員を使って蕨平を調べた」

 最初の夜。蕨平が本当に出現した初日。金甲警備は明らかに駆けつけるのが早すぎた。飲み屋街を警備地区にしていたとしても、あれだけの重装備の隊員が十数人もすぐに現場に来れるはずがないのだ。四島はそもそも、初日のそこから小さな疑問を感じていたのだ。

 そして、そんなに早く駆けつけられたのは間違いなく下準備があったからこそだった。

「次の日はあからさまでしたね。大所帯で現れて、協力という形で自分も現場に入った。私たちが戦闘でてんてこまいの間にさぞ色んな情報を仕入れ、術式を施したのでしょう。何らかの形で蕨平と接触した可能性すらある」

 二日目、天淵が自らその姿を現した日だ。たくさんの警備隊員を引き連れ協力を申し出た。しかし、その目的は蕨平という怪異の情報、そして『白峰の霊鏡』の調査だったのだろう。

 四島があの状況に強い違和感を抱いたのも当然だったのだ。

「そして、状況と情報を整えたあなたはとうとう今日単身で陽毬さんを拉致した。そして現在に至るわけです。すさまじい異常性ですよ。一体あなたは何者なんですか。一体なにが目的なんですか。なんのためにこんなことをするんです」

 四島の問いに、天淵はしばし黙った。それから、やはりなんの感情の起伏も見せずに言う

「よくもそこまで正確に仮説を立てられるものだ。概ねお前の言うとおりだ。俺はこの事件に関して『白峰の霊鏡』を手に入れるために動いていた。11年前、白峰神社で手に入れた『白峰の霊鏡』の波長がこの街に入ったと分かったあの日から」

「なんだと....?」

 陽毬は反応せずにはいられなかった。

 聞き捨てならない言葉だった。今、なんの感慨もなく口にされた天淵の言葉は。

「お前が、あの時儀式をめちゃくちゃにしたやつだったのか....? お前が.....俺の人生をめちゃくちゃにしたのか....!!!!!」

「ああ、俺が霊鏡の封印儀式に介入した。うまく霊鏡の力を手に入れようとしたが失敗した。俺の会社員としての仕事の中で一番の失敗だ。未だに後悔している。俺は社の命を遂行出来なかった」

「なんだと.....。ふざけるな!!!! お前のせいで俺がどんな生き方をしてきたと思ってるんだ!!! どんなクソみたいな思いをしてきたと思ってるんだ!!! どれだけ孤独だったと思ってるんだ!!!!!」

 陽毬は絶叫していた。

 この天淵こそが、『白峰の霊鏡』の封印儀式に介入した張本人であり、霊鏡を暴走させた張本人。そして、陽毬の人生の元凶だったのだ。

 陽毬の苦痛も孤独も絶望も、全てこの男の行動が引き起こしたものだったのである。

 陽毬は激昂していた。両手両足を縛られてさえいなければすぐにでも飛びかかっていた。そして、自分の体がどうなろうが天淵をめちゃくちゃに殴りつけていただろう。それはもう相手の死さえ忘却して。

 しかし、陽毬は今動くことさえ出来なかった。

「くそ.....くそがぁ!!!!!」

 陽毬は叫んだ。しかし、徐々に力を失い項垂れていく。自分の無力を呪いながら。

「陽毬さん。心配しないでください。このクソ野郎は必ず私と紅葉さんでしかるべき場所で罰を受けさせます。少し辛抱してください」

「四島の兄ちゃん.....」

「兄ちゃん、良い響きです」

 四島は珍しく優しく笑った。年齢を気にしている四島なのだ。しかし、恐らく陽毬を元気づけるためで、四島なりの優しさだった。

 四島は天淵に向き直る。

「あなたがとんでもないクソ野郎だというのは良く分かりました。しかし、誰の指示でなんの目的でこんなことをするんですか?」

「我が社のためだ。霊鏡の力で歴史を改編出来れば我が社は安泰だ」

「なにを言ってるんですか? 我が社のため? 会社のためにやってるっていうんですか? 会社のために11年前に世界を改変するほどの事件を起こし、今回はほとんどテロと言っていい犯罪を犯している。そんなことがあるとは信じられませんが」

 会社員は会社のために動く。進んででも渋々でも基本的にそういう存在だ。しかし、限度というものがある。

 大抵のサラリーマンは会社のためとはいえ犯罪行為を進んで犯すことはない。ごく一部の例外はあるかもしれないが概ねそうだ。

 仕事人間の熱血漢を除けば、みな会社に忠実などというのはフリでしかない。

 いや、熱血漢ですら程度は分かっているはずだ。

 誰もここまでのことを『我が社のため』などと言って起こしはしない。

「あなたの術、どうやら相当の腕前ですね。ここまでの状況を作れるとなれば日本でも五指に入る術者だ。あなたはどこかの符術一族の人間なんですか?」

 これだけの怪異を発生させ、蕨平のような存在と直接接触出来るとなればそれはもう、歴史に名を残すくらいの術者なのだ。

「違う、俺はただの会社員だ。我が社のために覚えた。5年かかったがな」

「そもそも、あなたはなぜ以前とそこまで雰囲気が違うんですか? 同一人物とは思えない」

「あれは演技だ。社内で円滑な人間関係を作るにはあの方が都合が良い」

「このテロ行為、そして霊鏡の奪取は金甲警備の会社としての行動なんですか?」

「いや? 俺が我が社のために独断で行っていることだ」

「なるほど」

 四島はひどく顔をしかめていた。なにか、ひどくうんざりしているようだった。それは呆れからくるものではない。純然たる畏怖が行き過ぎて現れた表情だった。

「何言ってんだ....こいつ......」

 陽毬も先ほどまでの怒りが薄れ、怯えにも似た感情を抱いていた。まったく理解できない。陽毬にも四島にも。この天淵という男は。

「これだけの術、5年で身につけられるはずが無いんですよ。少なくとも10年20年の話しです。我が社のため我が社のためと、それだけの理由で出来るなんて常軌を逸している。それだけの理由でこんなテロ行為を行えるなんて常軌を逸している。あなた、もう半分くらい『向こう側』に居ますよ」

 向こう側、理の外、つまり怪異の側だ。

 天淵は異常だった。

 我が社のために二重人格じみた人格改造を行い、我が社のためと言いながら『白峰の霊鏡』の儀式に介入し、我が社のためと言いながら陽毬をさらい街中に怪異を出現させている

 こんなことをする人間が居るはずがなかった。少なくとも四島の想像したことすらない人間だった。

 まともではない。狂っている。半分ほど人間を辞めている。

 あと一歩踏み込めば蕨平と同じような存在になるほどに。

 そして、天淵は言う。

「貴様がどう思おうと知ったことではない。俺にとっては会社という組織の中に属し、その組織に尽くすことこそが生きる意味だ。怪異になれるなら好都合だ。人間を越えた身分で我が社に尽くせるのだから」

 その言葉に迷いはなかった。

 天淵桐也は四島には絶対に理解出来ない人間だった。

 最早、四島にこの男に言いたいことはなにも無かった。

 四島は手を上げる。

 途端その後方、四島が今入ってきた通路で爆発が起きた。爆発の符術だ。通路は瓦礫にまみれ完全に防がれてしまった。

 それを、天淵は目を細めて睨む。

「なるほど、『細い通路の先の広い空間』、霊鏡の出現条件を潰したわけだ。これでは霊鏡は現せんな」

 天淵は懐から取り出した。陽毬と戦ったときに使った古い本を。怪異を出現させ、結界を発動させた本を。

「だが、そんなものは俺の術を使えばどうとでもなる。お前を倒すくらいは造作も無いぞ? 退路を自ら断ったのは愚策に思えるがな」

 対する四島も符術札を手に握る。

「大丈夫ですよ。すぐにでも紅葉さんがこっちに来ますから。あなたこそ自分の心配をした方が良い。貴方程度を倒すのは紅葉さんなら造作も無いことです

「バカな。あの女が本当に蕨平に勝てるとでも? あの女がお前が倒される刹那の間に駆けつけて俺を倒すと?」

 天淵の言葉には嘲笑が含まれていた。表情にはまるで変化がなかったが、意味だけは明らかに嘲笑だった。

 四島は腹が立ったので堂々と言い返した。疑いも迷いも無かった。

「ええ、間違いなく。だって、紅葉さんは渚一の怪異狩『朱の紅葉』なんですから。ただの剣士としての斬り合いなら紅葉さんに勝ち目はないでしょう。でも蕨平は怪異だ。蕨平は自分がただの剣士ではなく怪異だったことを呪うでしょう。それから」

 四島が札のひとつを破り捨てる。四島の周りに光の円が広がる。そこから膜が広がり四島を球状に包み込んだ。四島の結界だった。

「あまり私を舐めない方が良い」

 四島は言った。それが戦闘開始の合図だった。

 天淵が怪異を何体も出現させる。

 四島が札を破り捨てその怪異たちにいくつも符術をぶつける。

 紅葉の戦いも壮絶だが、こちらも過酷だ。なにがなんでも『白峰の霊鏡』の発動を阻止しなくてはならないのだ。紅葉が来るまで、もしくは日付が変わるまでこの状況を維持しなくてはならない。

 それぞれの場所でそれぞれの戦いが始まっていた。

 遠くでは街の戦闘での轟音が響き渡っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る