トイレの神さま
志央生
トイレの神さま
確認を怠らなければ、こんな些細なミスに躓くこともなっただろう。過ぎ去ってしまった時間を巻き戻す術はなく、私は無力さを嘆くことしかできない。
急いでいたのは確かだったが、たった少し注意を向けていれば防げたはずなのだ。そうすればこんな醜態を晒さずに済んだのに。
「紙がない」
トイレの個室、便座の上で座りながら私は独り呟いた。ホルダーにぶら下がっているのは使い切られたトイレットペーパーの芯だけで、替えの紙はない。
「どうにかしなければ」
丸出しになった半身をそのままに、私は前傾姿勢になり考える。このトイレは入り口を扉で閉ざしているため声を上げても誰にも聞こえない。つまり、外に助けを求めるのは現実的ではない。とは言え、自分でトイレットペーパーを手に入れるのも難しい。
「紙もなければ神もいないな」
くだらないことも言いたくなってくる。なんとか解決策がないかと小さな個室の中を見渡しながら、隣の個室にならトイレットペーパーがあるのではないかと考え至った。
少なくともこのトイレには個室が三つある。一つは私が使っているが、残り二つは空いていた。もしかすればトイレットペーパーがあるかもしれない。
けれど、私は行動を起こすことに躊躇いを覚えた。個室間の移動となれば、一度自分がいる個室を出なければならない。その際、一度は半身を隠すためにズボンを履くことになる。それはつまり、穢れたままの半身をズボンで覆うということだ。
そのことを考えると躊躇わずにはいられなかった。
「せめて、用を済ませる前だったら」
迂闊すぎた自分の行動を恨み、ほかに手はないのか思考を巡らせる。ズボンを履かずに移動すればいいのではないかと考えた。しかし、もし移動中に人が入ってきてしまったら他人に痴態を晒すことになってしまう。結局、私は便座の上で座ったまま動けないのだ。
わずかな期待はトイレに来た人にトイレットペーパーを用意してもらうことだったが、どれだけ待っても人が来る気配はしない。こうなれば腹を括るしかないのではないかと考え、個室の移動を試みる。
「覚悟を決めるべきか」
飲み込んだ唾が喉をならし、私はズボンに手をかけ一気に引き上げる。半身を布が覆い隠したとき、扉の向こうから神はやってきたのだった。
トイレの神さま 志央生 @n-shion
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