リンカの魔法奮闘記 ~聖なる魔王伝~

薇蘭 雀

第1話 夢の国へ

 どうしてこうなったのか……

 魔王となったリンカは、ひとり物思いにふけっていた。

 別の道はなかったのだろうか……と思ったものの、実際に選択肢なんて何もなかったことに思い至る。

 ほとんど破壊しつくされた魔王城を見渡しながら、急ごしらえの玉座に座っている。

 まだこちらの世界に来てからひと月ちょっとしか経っていないのにもかかわらず、何年もいるような気分になる。

 あの日は……この世界に来たあの日は……


 その日は空を飛んでいた。

 これはよく見ている夢だと、神里凛花かみさとりんかは思った。

 ひと月ほど前までは毎日のように見ていたが、最近はご無沙汰だったためか凛花は気分が高揚していた。


 ——ああ、あれは壁の街だ……空から見るのは初めてだけど、こんな形だったのね……それにしても空を飛ぶのも初めてだし、なんかいつもと違うなあ……


 いつも見る夢では、壁の街を拠点にしている冒険者になっていた。その冒険者はロッコという名の多分20歳前後の青年で、アダーモという戦士とナターリアという魔法使いの3人パーティーで冒険していたのだった。

 冒険と言っても魔物退治ばかりではなく、壁の街周辺でのお遣いや護衛のような便利屋稼業のようなものだったのだが、凛花はこの夢を気に入っていた。3D映画を見ているようなもので、まったく自分の意志で動けたことはなかったのだが。


 ——あれ、体を動かすことも、出来る……どうなってんのかなあ、一体……えっ!?


 視点を自分の体向けた凛花は驚いた。パジャマを着ている。確かにパジャマを着て寝たのだが、夢の国にパジャマで行ったことなどない。


 ——しかも、心なしか体が縮んでいる気がする。あれぇ、パジャマがぶかぶかになっている。パジャマが大きくなった……?


 そんなことを考えていた時、突然、体が自由落下を始めた。

「ちょ、ちょ、ちょっとぉぉ―!!」

 素っ頓狂な声を上げて落下する。一瞬で全身に悪寒が走るのを感じた。

 地面にぶつかるのではないか。夢でもぶつかるのだろうか。また浮かび上がったりしないだろうか。目まぐるしく思考が移ろう。

 街道が視界から外れて草原が近づいてくる。

「うわー!!ぶつかるぅー!!」

 両手で頭を抱え、体を丸め、対衝撃姿勢をとる。もちろん、このスピードで地面に激突したら駄目だとは思うものの、そのままよりはましかもしれないという本能のなせる業である。

 次の瞬間、ドゴォォンとものすごい爆音を上げながら、激突した。


 もう駄目だと思った……けど……あれ、わたし生きてる?

 果たして夢でも死ぬのかどうか疑問だが、とりあえずは無事のようだ。

 あたりを見回すと、土煙がすごくてよく見えないものの、体に痛みはない。首や手足、動く。よし大丈夫。かすり傷ひとつなさそうだ。

 土煙が収まってきて、視界が開けてくると……クレーターのような大きな穴の中心にいた。よく無傷で助かったものだ。さすがは夢の中。

 すごい衝撃だったことが伺える結果を見ながら、改めて自分自身を確認する。

 やはり、体が縮んでいるらしい。

 凛花は20歳の大学3年生である。身長は165㎝と同級生の中では背が高い方である。

 しかし今、10㎝以上は縮んでいるだろうか、手足も小さく見える。そして、胸も。

 鏡でもあればもっとよく見られるのだが、なんとなく中学生に戻った気分である。


「あぁ、泥だらけだわ」

 お気に入りのパジャマが泥だらけになって途方に暮れていると、

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 ふいに、穴の上から男性の声がした。

 ……これは、夢の国の言葉だ……

 睡眠学習の成果か、自然に言葉が理解できた。

「大丈夫……だと思います。ところで、ここは夢の国ですか?」

 夢の国の言葉が出てきた。内容はさておき、会話が出来そうだ。

「何言ってるんだい?ここは“ミカタルタ”の街の近くだよ」

 憐れむような視線を向けながら、中年のおじさんが身を乗り出している。

「上がって来られるかい?」

 と、おじさんは親切に右手を伸ばしてくれている。

 わたしは両手両足を駆使して大きな穴から這い出る。

 そして、おじさんの手をがっちり握って……えっ?

 おじさんの手を握った瞬間、目の前に星空が広がった。いや、正確には星空を感じたのだ。

 真っ暗な中に、星の瞬きのような小さな光が無数にあるのだ。星空は、おじさんの形ではなく無限の広がりがあり、まばらではあるもののたくさんの小さな輝きが見える。

「……大丈夫かい?」

 手を引き寄せられ、おじさんに抱き留められながら、はっとした。

「今のは一体……あ、大丈夫です」

 手を離すと星空は消えた。今のは何だったのか。

 右手をにぎにぎしながら考え込んでいたら、爽やかな風と草原の匂いを感じた。


 あたりを見回すと広がる草原、その向こうは森があり、山が続いている。他方には街道があり、その向こうには城壁が見える。あれは壁の街だろう。さっきおじさんは“ミュラルタ”って言ったっけ。

「お嬢ちゃんは異人さんかい?見かけない顔立ちだし、その服は……お貴族様なのかい?」

 ……確かに異人には違いない。夢の外から来ましたとか、またイタイ発言をしても変な子扱いで信じてもらえないだろうし、どうしたものか。

「ええと、日本という国からきました。うーんと……ジャパン?」

「ジャパン?聞いたことない街だなあ。ニホンのジャパンねえ」

 そうじゃないんだけど……言っても無駄だと判断して言葉を飲み込む。

「それにしてもお嬢ちゃん、どうして空から降ってきたんだい?何かの魔法かい?」

「いやあ、ぜんぜんわからないんです。何が何だか」

 空飛ぶ魔法とかあるんだろうか。以前見た夢では、そんな魔法は見たことがなかった。火の玉やいかずちといった物騒な魔法はパーティーメンバーのナターリアが乱れ撃っていたのは記憶にあるんだけど。

 そんな回想をしていると、壁の街の方から複数の騎馬兵が駆けてくるのが見えた。

 あぁー、ヤバいかな?やっぱり大穴開けたからかな?捕まるのかな?いやいや、ただ単に通り過ぎていくだけかもしれないよね?

 小さな希望を無視して、騎馬兵たちは目の前で止まった。


 騎馬兵たちは思ったよりも軽装だった。てっきり全身鋼鉄のフルプレートかと思ったがそんなことはなく、金属の胸当てを着けているものの基本は皮革で出来た鎧のようだ。武器は腰に差している剣だけのようだ。あれはブロードソードというやつだろうか。

 また、騎乗している馬は記憶にあるものとは違い、脚は頑丈そうに太く、身体も大きくてとても強そうに見える。

「これは一体何事だ?」

 馬上から騎馬兵のひとりがおじさんに問いかける。

「おいらも街道を歩いていたら、空から何か降ってきたんで。そんで見に行ってみたら、このお嬢ちゃんだったみたいで。なんでもニホンのジャパンから来たらしいぜ」

 騎馬兵にたくさんのハテナが浮かんだような……わからないよね、この状況。

「わたしも何が起きたのかさっぱりわからないんです……」

 視線を向けられたので、訳がわからないことを説明してみたが、

「さっぱりわからないので、とにかく街まで来てくれたまえ」

 と、街で事情聴取をされることになった。いきなり拘束されたりしなくてよかった。

 声をかけてきた隊長っぽい騎馬兵の後ろに乗るように言われ、別の騎馬兵に抱きかかえてもらって乗る。どうやら、おじさんも一緒に来るようで、別の騎馬兵の後ろに乗っている。

 そして、隊長っぽい騎馬兵の腰にしがみつくとまた星空が広がった。

 おじさんの星空とは似てるが違うようだ。騎馬兵の星空も輝きはまばらだが力強い光だ。光の色も違うような気がする。やや赤みがかっているような……明るくなったり暗くなったり、明るさが不安定な光も見える。面白いなあ……


「おい、着いたぞ。降りてくれないか」

 隊長っぽい騎馬兵の声にはっとした。もっと星空を見ていたかったが仕方ない。抱きかかえられながら馬を降りる。

 そのまま騎馬兵に連れられて、城壁近くの建物に入る。3階建てぐらいのなかなか立派な建物だ。兵隊の事務所なんだろうか。それとも警察署みたいなものなのかな。

 はだしだから足の裏が痛いのだが、誰も気付いていないのか気にかけてくれる人はいなかった。

 そのまま会議室のような飾り気もなにもないテーブルと椅子が並んだ部屋に通されて、事情聴取が始まった。

「まずは、名前から。どこからどうやって来て、草原に大穴開けることになったんだ?」

「わたしの名前はリンカと申します。普通に寝てて、気付いたら空を飛んでいて……どうしてそうなったのか……ここは夢の国ですよね?」

 あまりにもリアルなんだけど、寝てるはずで、これは夢の中のはずだ。

 ただ、以前とはシチュエーションが違うのは気になる。冒険者のロッコになっているときは観ている感覚だった。五感は感じていたもののぼんやりしていて、体を動かしたりできなかったし、そもそもロッコは男だった。

 それが、今は中学生時代の自分のようだ。鏡がないので確認出来ないが、体が縮んでしまっているのは間違いない。一体どういうことなのか。そろそろ夢から醒めないだろうか……

「寝てたら空を飛んでた?さっぱりわからないな。リンカ……珍しい名前だ。見た目からも異国人なんだろうが……不思議な娘だな。残念ながら夢の国ではなく、ここはグランディン王国のミュラルタだけどな」

 自分でほっぺをつねってみる……普通に痛い。ふと、背筋がゾッとする感じがして冷汗が流れる。

 もしかして……夢じゃないのだろうか……もしかして……いわゆる異世界転移ってやつ?……やっちゃった?

 やっちゃったのかどうかはわからないが、ものすごく青い顔をしていたのだろう、周囲にも伝わったようだ。

「大丈夫か?顔が真っ青だぞ。ふむう、どうしたものか……だれか街に知り合いとかいないのか?」

 知り合い……いるわけない。いるわけないけど……あっ!

「ロッコ。冒険者のロッコ、ご存知ですか?」

「冒険者のロッコ?俺は知らないが、冒険者ならギルドに行けばわかるかも知れんな」

 冒険者ギルド!確かに、そこで聞けば居所ぐらいわかりそうだ。向こうはまったく知らないだろうけど……

「班長、確かその冒険者ロッコは、ひと月ほど前に行方不明になっていたと思いますが……」

 後ろに控えていた兵士の言葉にぎょっとした。ロッコが存在する人物なのは良かったが、行方不明とは……そういえば、ひと月ほど前からぱったりとロッコの夢は見ていない。毎日のように見ていたので不思議だなとは思っていたが……もしかして、死んでる……とか?

 恐ろしい想像にますます青くなる。もうどうしたらいいのか途方に暮れた時。

 突然、ぱあっと体が虹のように光り始めた。手足も、泥が乾いてかぴかぴになったパジャマも。いや、パジャマ自体が光ってるわけじゃなくて、体が光っているようだ。なにこれ。

 当然、周囲も光り始めたことに気付き、ざわざわし始めると同時に、班長と呼ばれていた兵士が叫ぶ。

「女神の涙だ!急いで修道院へ連れていけ!急げ!」

 女神の涙って何?と聞く間もなく、一番大きな屈強そうな兵士に抱きかかえられて建物から出る。兵士はわたしを背中におんぶしなおすと走りだす。

 不安に押しつぶされそうだったが、兵士にしがみつき、目を閉じてこの兵士の星空を見ていた。なぜか少しほっとする。やっぱりこれいいわあ。

 広がる小さな光たち。あちらこちらで好きに輝いている。この星空はやや青みがかっていて、数は多くないがどれも強い光を放っていた。

 兵士の背中に揺られながら、人によってみんな違うんだなあと思いながら、満天とは言えない星空を堪能していたのだった。

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