真仁は頭の中に王国がある~そして彼女は真仁をサーバーと呼ぶ~
司弐紘
序章 メイドさん、いらっしゃい
第1話 メイドさん、いらっしゃい
ふと、空を見上げれば青と白の比率がちょうど半々ぐらい。天気予報ではたしか今日の天気は「晴れ」。六月上旬という梅雨時前の不安定な気候の予報としては、まず上出来だ、と
今は昼休みで、真仁は校庭に植えられた一本のクヌギの下の芝生に横になっている。衣替えしたばかりの白の開襟シャツに黒のズボン。手には少し前に流行った外国作人家の推理小説。その裏表紙には「西狭山図書館」のシールが貼られていた。
西狭山というのは真仁が住んでいる町の名前で、実のところ真仁が通っているこの高校の名も西狭山高校という。
偏差値的には中の中。取り立てて目立つところのない、平凡な高校ということすら認識されていないような、中庸な学校である。
そして真仁は、そういった学校にふさわしい容貌をしていた。感情を映すことの無いように見える薄い目。形は悪くないのだが、高くも低くもない鼻。真一文字に結ばれた唇。眉毛だけは太く、しかも形も良いのだが、とにかくまっすぐ。
実は真仁の顔を見て、何を連想するかと言われれば、それは雪だるまなのであった。
しかも、髪をきっちりと七三に分けている。
出し抜けにその頭上、すなわちクヌギの枝の上から、調子外れのメロディが聞こえてくる。多分、原曲は「エリーゼのために」なのだろうが、音階が極端にずれている。
「カラシノ、早く出てくれ。うるさい」
真仁が頭上に呼びかける。
「この着メロ、マジン界からの呼び出しだよ」
と言いながら、真仁の眼前に足を枝に引っかけて逆さまに現れた少女。重力に引かれて落ちる長い髪、白のポロシャツ、逆さまのスカート。スパッツをはいているので、正常な意味での色気はあまりない。
右手には食べかけの棒アイス。左手には鳴りっぱなしのままの携帯電話。
カラシノと呼ばれた少女は、身体を揺すって反動をつけると空中で一回転して、真仁の横に着地。左手はすでに
「あ、メジムラハーメイトン。また亡命者? ところでやっぱりあなたの名前、長すぎるわ。愛称ないの?」
と尋ねながら、カラシノは再び本を開こうとしていた真仁を蹴っ飛ばす。
「え? なに? ああ今、神様を蹴っ飛ばしたから……大丈夫、まかせて。私の仕事なんだから当然よ~。だから愛称教えて。じゃないと勝手に付けるわよ……うん、ああ、そっちに居るのね。じゃ、また後で」
そこでカラシノは携帯を切った。そして右手に持ったアイスをワッシャワッシャと食べきると、その手で真仁の腕を取って立ち上がらせる。
「おまえ、アイス食ったその手で人を触るなよ」
「いいから立ってよ。また亡命者だって……また、古いの読んでるね」
真仁の持っている単行本を見て、カラシノは声をかける。
「ああ。やっと順番が回ってきた。中巻までは、何とか面白かったんだけど……」
「あ、そこに書かれてること全部でたらめだったんだよね。そういうのがわかってから読んでもねぇ」
「蘊蓄はどうでもいいんだ。ただ……」
どうやって説明したものかと、首を捻る真仁をカラシノが正面から覗き込む。こちらは真仁とは違って特徴が溢れかえっているような容姿をしている。
腰まで届く長い髪は、明らかに手入れが行き届いていない。あちらこちらはね放題で、せめて櫛ぐらい通してくれと叫びたくなってしまう。目も大きく、しかもそれを全開にしている。縁取る睫毛も非常に長い。が、別に化粧をしているわけでもないことは、他の部分を見れば明らかだ。
プロポーション自体も悪くはない。ただ、仕草にまったく色気がないので、
「元気が良くて、可愛らしいわね~」
という、親戚の間で行われる社交辞令のような評価がせいぜいだろう。
高校一年、十五才相手に対する評価としては、色々と不足している。
「何よ、何がそんなに悲しいわけ?」
「悲しい?」
いきなりの指摘に、真仁はオウム返しに聞き返す。
「あなたね、自分は表情を滅多なことでも変えない冷静な人間だとでも思ってるんでしょうけど、もの凄く簡単なのよ。眉毛が動けば怒ってるし、口が横に広がれば嬉しくて、今みたいに目が細くなってると悲しんでるの」
「……蘊蓄はともかく、世界中の人が熱狂したと聞いていたから、トリックの方はまともだと思ったんだけど、実にお粗末だった」
真仁はカラシノの指摘は聞かなかったことにするつもりらしい。言葉は書評しか語らず、カラシノを置いて校門へと向かう。が、すぐに振り向いて、
「こっちで良いのか?」
「やっぱり何となくわかってるんじゃないの? さすが神様――でもトリックがおかしかったら、普通は怒るんじゃないの?」
真仁の横に並んで、方向が合っていることを教えつつ、先ほどの話題を繰り返すカラシノ。真仁が悲しんでいるというのは、すでに決定事項らしい。
真仁は何も言わずに視線を元に戻すと、再び校門に向けて歩き出した。そしてそれに連動させるかのように、再び語り始める。手の中にある小説の内容を。
「トリックというか、中盤で犯人候補が一人しかいなくなるんだ。作者がフェアならな。が、途中でそれを否定しているような脇役の心理描写があって、じゃあこいつは犯人じゃないんだ、と思い直して何か見落としてたかな、と反省しているとやっぱり、最初に目を付けてたのが犯人で、これは一体何だ? 世界にはバカばっかりなのか? それともトリック重視の僕が悪いのか?」
「それで悲しくなった、と」
からかうようにカラシノが合いの手を入れるが、真仁の表情は動かない。
「そう主張しているのは、君だけだ。だが、そう言われればそうなのかも知れないな」
「そうそう。悲しむのが実に君らしいよね――あ、あそこだ」
と、カラシノが突然声を上げる。そして校門付近を指差した。が、そこには何もない。少なくとも生物は居なかった。ただ閉じられた校門があるだけだ。夏の兆しとも思える、強い陽の光が校庭に格子状の影を落としている。
「どんな格好をしているんだ?」
しかし真仁は、そこに何かが居ることを前提にしてカラシノに尋ねた。
「そうね~、メイドかな」
カラシノもそこに何かが居て、しかもそれが見えているように話している。真仁はその言葉に、一瞬だけカラシノを見るが、
「前後の事情から考えると、城付きの女官というところだろうな」
「じゃあ、入国手続きをするわね」
とカラシノが言ったところで、二人はちょうど校門にたどり着いた。カラシノは右手を何もないところに伸ばす。そして左手を真仁の方へと伸ばす。真仁がその手を取ると、カラシノの伸ばした右手の先に、いきなり人が現れた。
金髪のおかっぱ頭で上から下までほぼ真っ黒なドレス姿の女性。そこにエプロンとヘッドピースという付属物が付いているから、なるほどカラシノの言うように
ただ、ここで問題なのは彼女の姿ではない。彼女の姿全体が〝ぼんやり〟としていると言うことだ。しかも所々、ジジ……という雑音と共に姿がぼやける。
知識に照らし合わせると、ホログラフィに見える――それも出来の悪い。
「あなた名前は?」
【レ、レ……ートハナム……】
その声にもノイズが混じっている。
明らかに一般常識からかけ離れた現象なのだが、真仁もカラシノも特に驚くようなこともなかった。カラシノはただ笑顔を浮かべているし、真仁の方は心なしか肩を落としているようだ。つまりは、この異常事態も二人にとっては「日常」なのだ。
「えっと、レートハナムね。大丈夫、ここで合ってるから。メジムラハトーメンは……」
「メジムラハーメイトン」
すかさず真仁から訂正が入る。
「あ~もう! だから愛称が必要なのよ。メジとかハーとか」
「略しすぎだ。それに名前にはそれぞれの文明の精髄が現れている。こちらの都合だけで略すのは失礼というものだろう。レートハナムさん。メジムラハーメイトンは確かにこの近くにいる。詳しい説明はメジムラハーメイトンに聞くといい」
相変わらず表情が動かない真仁。だが、その口調は穏やかで内容も十分に理性的だった。それが幸いしたのか、レートハナムと名乗った女性の姿から、怯えのようなものが消えた。画像も安定する。
「ただ、そのためには管理官の許可がいる。その管理官というのがそこにいるカラシノなんだ。特に危険はないはずだから、まずは彼女の手を取ってくれ」
「管理官とは、また華のない呼び方だなぁ。〝管理人さん〟とかがいいな。ま、それはともかく、手を取ってレートハナム」
そこで真仁は眉を動かした。カラシノ分析によると、怒っているということになる。もちろんレートハナムがそれに気付くはずもない。彼女はほとんどためらいもせず、伸ばされたカラシノの右手に、自らの右手を乗せた――いや、乗せるような仕草をした。
彼女には実体がないからだ。
その代わりに、レートハナムが触れたカラシノの指先から痺れが広がり、真仁にまで順に伝わって来る。それを確認したカラシノが胸を張って、こう告げた。
「ようこそマジン界へ」
その言葉、真仁=マジンという駄洒落そのものの発想が、とにかく真仁の癪に障っていた。神様呼ばわりされるのも、頭に来ている。
しかし、同時にその言葉は亡命者を新たな王国に招き入れるためのキーワードでもあるのだ。
そう、最初の亡命者ル国の王女ワーゼルジュリミアヌキテアールと、宮廷魔術師メジムラハーメイトンに因って拓かれた、真仁の頭の中の新たな王国の事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます