第29話「その時まで」


月曜日の朝。

僕はいつもより早く目を覚ました。



夜寝る時まではそんなに緊張していなかったのに、今は妙にそわそわする。



(土日は、ずっと芙実と一緒だったしなぁ…。)



僕のテスト期間中は姉さんがシフトを調整して、芙実を見ていてくれた。

そのしわ寄せで休日は芙実の世話で潰れたが、余計な事を考えずに済んでかえって良かったのかも知れない。



(もう起きるか……。)



もう一度眠れる気もしないし、何もせずにぼーっとしているのも考えが悪い方にいきそうだ。



僕は手を動かして気を紛らわせる為、学校に行く準備をはじめた。








僕がゆっくり朝食を摂っていると、『ピコンッ!』とスマホがメッセージの受信を知らせた。



(こんな時間から?…誰だろう。)



ちょうどいつも起きるくらいの時間にはなっていたが、まだ早い。

疑問に思いながら確認すると…、由里ちゃんからだった。



(…え?)



心の準備が出来ていなかった僕は一瞬固まったが、休日中も由里ちゃんは普通にメッセージを送って来ていたし、なにも放課後の事とは限らない。


そう自分に言い聞かせて、深呼吸してからメッセージを開いた。




『おはよう。』



一気に、チカラが抜ける。

やっぱり考えすぎだったと自嘲して、メッセージを返信する。



『おはよう、早いね。』


『うん。楽しみだから。』



「楽しみって……。」

デートのことだよね?とは聞けない……。

時間差で来た由里ちゃんの攻撃に、よろけながらなんとか受け流す。



『そっか。昨日は、陽葵さんと遊んだんだよね。疲れてない?』


『大丈夫。』



メッセージと共に、以前と同じ犬が『大丈夫!』と言っているスタンプが届いた。



『そっか。放課後は教室で待っててね、僕が迎えに行くから。』


『うん、待ってる。』



僕の計画の為に念を押して、『それじゃ…』と打っている途中で、続けて由里ちゃんからのメッセージが届いた。



『一緒に行きたい。』



僕はガックリと肩を落とす。

……いや、放課後以外会わないようにしようとまでは、僕も考えていなかったけど。

いつか言われると思っていた『一緒に登校』が、このタイミングで出てくるとは予想できなかった。



(どうしよう……。)



難しく考えかけて、やめた。

何というか、素直に行動する由里ちゃんに告白するのに、僕が特に理由もなく抗うのは何か違う気がしたから。



『いいよ。帰りにいつも分かれる所でいいかな?』


『うん、すぐ行く。』


『まだ早すぎるよ!もう少ししてからにしよ?』


『わかった。』



とりあえず、僕が普段出るくらいの時間に待ち合わせをして、食事を片付けた。








「おはよう、由里ちゃん。」


「……おはよう。」



ほぼ時間通りに僕が着くと、由里ちゃんはすでに待っていた。



「ごめん、待たせちゃったね。」


僕がそう謝ると、由里ちゃんは首を振って否定する。



「…いい。私が、早かっただけ。」


「そっか。」



僕が微笑むと、由里ちゃんはジッと僕を見つめて来た。



「……どうかした?」


「……。」



由里ちゃんは『何でもない』という風に首を振って、いつものように僕の隣に並ぶ。


……すると今度は横から、すごく視線を感じる。



「い、行こっか。」


「……うん。」



由里ちゃんの口数が、いつもより少ない気がする。

とはいえ元から由里ちゃんは喋らない方だ。

ただ強いて言えば知り合ったばかりの頃に戻ったような、そんな感覚に僕は小さく首を傾げた。





「今日は、テストが返ってくるね。」


「……うん。」


「みんな、大丈夫かなぁ。」


「……深月は?」


「僕は、…どうだろ。最初のテストだし多少悪くてもいいかなって。」


「……。」


「や、やれるだけはやったから、そんな目で見ないで。」



ジトっとした目で見てきた由里ちゃんに言い訳すると、すぐに由里ちゃんは視線を前に戻した。



「……間違えたところは、また教えてくれる?」


「……。」



由里ちゃんが、ピタッと足を止めた。

僕もそれに反応して、半歩遅れて足を止める。



「……由里ちゃん?」


「……。」



ジッと僕を見る由里ちゃん。

その視線は、何かを探っている感じがした。



「……いい。」


「……ありがと。」



結局、短い了承を僕に伝えた由里ちゃんは、フイッと僕から視線を外して歩き出した。


(…どうしたんだろ?)



なんだか微妙にいつもと違う様子の由里ちゃんに、僕は戸惑いながら後を追った。



それから、登校中は由里ちゃんの違和感の理由はわからないまま別れてしまった。








「おはよう、武庫くん。早いね。」


「おはよう、洲崎さんもね。」



教室に着いて自分の席にいると、すぐに洲崎さんが入って来て声を掛けてくれる。



「私はいつも通りだよ?武庫くんはちょっとだけ、私の後ってイメージだったから。」


「そう言われたら……。洲崎さんが後から来てる、覚えがないかも。」




何気ない会話が、いつも通りのリズムを取り戻させてくれて、ちょっとホッとした。



「あっ、昼休みにテスト順位張り出されるよね。みんなが武庫くんと見たいって、言ってたよ?」


「えっ、僕と?」


「うん、昨日グループメッセージで話しててね。それで、最初はみんな自分の順位を気にしてたんだけど、次第に武庫くんの順位が何番かって予想し出して……。」


「……それで、律人が賭けでもしたんでしょ。」



僕の指摘に、洲崎さんが驚いた顔をする。



「うん、当たってる。律人くんのこと、よくわかるんだね。」


「長い付き合いだからね。……たぶん何位って予想したかも想像つくよ。」


「……え?」



僕は外した時に恥ずかしいので、あんまり自信満々には見えないように答えた。



「5位って、言ったんじゃない?」


「……すごい、正解だよ。」



僕はさらに驚いた顔をした洲崎さんに、カラクリを話した。



「律人の予想はピタリ賞を狙ってないよ。……ただ、律人はみんなが10位以下を予想すると思ったんじゃないかな?それで律人は僕が1桁台なのに賭けて、その数字にしたんだと思う。」



「そ、そうなんだ…。なんだか、すごいね。」


「そう?」


洲崎さんは真面目な顔で頷いた。



「律人くんが武庫くんが1桁台だって予想できたのも、武庫くんが当たり前のように律人くんがそう予想したって言えるのも、すごいと思う。」



「律人も?」


洲崎さんは、もう一度頷いた。



「だって律人くん、結構負けず嫌いでしょ?」


「……あぁ、確かに。」



そこまで言われて、意味がわかった。

負けず嫌いな律人が、負けない為に僕の学力を1桁台の順位であると信頼したのがすごいってことらしい。


僕はちょっとだけ可笑しく思いながら、洲崎さんに言った。



「それで僕の順位が2桁以下だったら、何もすごくないけどね。」


「……そう、かもね。」



洲崎さんはクスッと笑って、そう返してくれた。


そのあと、由里ちゃんにメッセージでみんなと結果を確認することを報告して、勉強会メンバーで貼り出しを見に行く事になった。













「とうとう来たな、深月。」


「うん。……まぁ、みんな大丈夫だと思うけどね。」


「ほらっ、深月くんがそう言ってるんだから大丈夫だって!」


「そ、そうだよな。……うん、大丈夫だよな。」


「今更、不安がってもどうしようもねぇよ。」



昼休みになり、貼り出しを見るために昇降口へと向かう。

結果発表直前で不安がる住吉くんを、園田さんと御影くんが励ました。



「テスト終わりは、あんなに自信ありそうだったのに……。」


「午前中に返って来たテストで、得意科目なのにケアレスミスがあったみたいよ。それでも平均点は取れてたみたいだから、気にしなくて良いと思うんだけど……。」



洲崎さんの呟きに、陽葵さんが答える。

そんな中、由里ちゃんはただ黙って最後尾を着いて来ていた。



僕は騒がしい律人達から離れ、由里ちゃんに近づく。



「…由里ちゃんも、心配?」


顔を上げた由里ちゃんは、やっぱりいつもよりも感情が薄い気がした。



「……テストは、別に。」


「……!」



そういう言われ方をすると、何か引っかかる。



(もしかして由里ちゃんは、今日ずっと不安だったんじゃ……。)




僕がそれに気が付いて由里ちゃんを凝視すると、目が合った由里ちゃんの瞳は少し怯えているように感じた。




(……由里ちゃんも、察してたんだ。)




今日、僕がなんらかの決着をつけようとしていることを。

そしてもしかしたら金曜日に、すぐに返事を言わなかった事で要らない心配をさせているのではないか……。






そう思いたった僕は、由里ちゃんの手を取った。



「……!?」



「……ごめん、由里ちゃん。付き合って。」




まだ結果を確認しに行く人が多い中、僕は由里ちゃんの手を引いて人混みを早足で逆走する。



「……あれっ?深月と久寿川は?」



少し離れた所で、律人がそう言ったのが聞こえたので振り返ると、人の隙間からギリギリ律人と目が合った。



律人と視線を合わせて僕が頷くと、律人はすぐにニカっと笑った。



「はぐれちゃったかな?おーい深月くん!」


「夏代、大丈夫だ。後から来るさ。」


「え?律人?」




「……。」



その場は律人に任せて、僕は由里ちゃんの手を引いたまま校舎裏に向かった。

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