第3話「ささやかな仕返し」


「お疲れ様。それじゃ、帰ろうか。」


「……うん。」



なるべく人目につかないようにHRが終わってすぐに来たのだが、それほど待たずに由里ちゃんも来てくれた。



(教室で待ち合わせにしなくて、よかった〜!)



昼休みの別れ際、また教室に来られると一悶着あるだろうと予想した僕は、昇降口での待ち合わせを提案した。

その甲斐あって、部活に向かうのであろう数人とすれ違うだけで、まだ人気は少ない。

周りの視線に晒されることなく、なるべく自然に歩き出した僕に手を繋がなくても由里ちゃんが並ぶ。




(……ちょっと近いよね。)



『手を繋いで』と言われなかった事にホッとしたのも束の間、由里ちゃんは肩が触れそうなくらい僕にくっついてきた。

右手が彼女に触れないように振るのに少し気を使うので、距離を離そうと反対に寄ってみても、由里ちゃんはそれに合わせてぴったり詰めてくる。



結局校門に着くまで、やや左に傾いた歩行を続けた僕等は、『手を繋いでいる訳ではないし…。』という僕の諦めでこの距離感での下校が決まった。



一応、抵抗として


「歩きづらくない?」


と聞いてはみたが、


「……大丈夫。」


の一言で、『これはもう決定事項なんだな』と悟った。

由里ちゃんの可愛らしい我儘を聞く事に、早くも慣れてきてしまった自分に苦笑が漏れる。


そんな僕を、由里ちゃんは横から首を傾げて見ていた。







しばらく無言で歩き、沈黙に耐えられなくなったのは案の定、僕のほうだった。



「由里ちゃん、こっちで大丈夫?」


「……うん。」



帰りの方角が気になって聞いてみたが、早々にお別れとはならないようだ。

そのことに安心して、僕は一緒に下校するきっかけとなった昼休みの話の続きを促すことにした。



「それじゃ、お昼の続きをしよっか。道が違ったら教えてね。」


「……。」



どこまで同じ帰路なのかはわからないので、一言断りを入れると、由里ちゃんが了承を示すように頷く。



「えーと…、僕への質問はもういいよね?由里ちゃんの自己紹介から聞かせて欲しいな。」



僕への質問タイムがまだ途中だったと言えばそうなのだが、そこからはじめてしまうとまた質問攻めに合う可能性が高い。


お昼にライフを使い果たした僕としては、少し強引でも由里ちゃんに手番を譲りたかった。



「……わかった。」



抵抗されるかと構えていたが、意外とすんなり由里ちゃんは受け入れてくれる。

自己紹介の内容を思案している様子の由里ちゃんに隠れて、小さく安堵の息を吐いた。



「……いい?」


「あ、うん。いつでもいいよ。」



そんな僕の内心を悟った様子はなく、由里ちゃんが口を開いた。



「久寿川 由里(くすがわ ゆり)。兄弟はいない。…祖父母と3人暮らし。趣味は散歩。部活はしたことない。」



僕の自己紹介の内容を自分に当てはめて、淡々と話す由里ちゃん。

僕も適当に思いついた事しか話していないが、僕よりも幾分かサッパリ話す由里ちゃんの自己紹介はすぐに終わってしまった。



「……。」


「…ありがと。それじゃ質問するね。」



ちょっとだけ続きを待ってみたけれど、本当にあれで終わりのようだ。

その合図として由里ちゃんは僕の言葉を待つように、チラッとこちらに視線を寄越した。


それに応えて、まずは自己紹介を補うような質問からはじめる。



「由里ちゃんが住んでるのって、どの辺なの?」


「……川西公園の近く。」


「あれ?じゃあ僕と近いかも。」



川西公園とは、僕の家から5分程歩いた所にある公園だ。

その近くに住んでいるなら、中学とかも同じなはずだけど……。


僕がそのことを不思議に思っていると、由里ちゃんが察したのか補足する。



「……高校から、引越してきたから。」


「そ、そうなんだ…。」



引越しとは、また何とも突っ込んで聞きにくい。

ただの親の転勤とかならまだしも、祖父母と暮らしているという事だし、両親の離婚など悪い理由も多く思い当たるからだ。


ここは詳しく聞くよりも、別の話題に変えた方が無難だと考える。

けれど、とっさに出てきたのは『これだけは聞こう』と思っていた質問だけだった。




「じゃあ…ずっと気になってるんだけど、何で僕に告白してくれたの?」



本当はもっと軽い質問をしてから自然な流れで聞くつもりだったのに、焦ってしまった。



「……。」


「…由里ちゃん?」



すると、由里ちゃんが歩みを止めて視線を下に向ける。

一歩遅れて足を止めた僕は由里ちゃんに振り返って、『やってしまったか?』といきなり踏み込んだ質問をしてしまったことを後悔した。


ちょっぴり、お昼の意趣返しになるかもとも思って用意していた質問だったが、彼女の好意を疑っているように聞こえたのかも知れない。



「ご、ごめんね。答えづらかったかな?でも、どうして僕を気に入ったのか、きっかけがあるなら知りたいなって……。」



由里ちゃんからすればいつもの無表情なのかも知れないが、感情が読めないことに僕の焦りは大きくなる。

次第に自分が大きな失敗を犯してしまったかのような焦燥感が増す。



「……。」


「えっと……。」



反応がない由里ちゃんに、これ以上かける言葉も思いつかず、立ち尽くす。

しかし、ふいに顔をあげた由里ちゃんは頬を赤らめ、ちょっとだけ潤んだ瞳で僕を見つめた。



熱の籠もった表情の由里ちゃんに、僕の心臓が大きく跳ねた。



「……たの。」


「え?」



戸惑いの中で、僕は呟くような由里ちゃんの言葉を聞き逃してしまう。

意図せず聞き返してしまった僕に、由里ちゃんが一瞬不満そうに、けれども恥ずかし気(げ)にキュッと唇を引き締めてから、意を決した様子で再び口を開いた。



「…あなたが、欲しかったの!」


「…っ!?」



いつもよりも強い語気でそう言って、由里ちゃんがそっぽ向く。

それは怒っているというよりは、恥ずかしさを誤魔化す素振りで、その証明のように顔を逸らした由里ちゃんの耳が真っ赤になっていた。



僕の質問の意図とは、沿わない答え。

けれども由里ちゃんの挙動から、それが心からの言葉であることはわかる。



告白してもらった時は、冗談と思っていたせいでちゃんと受け止められていなかったが。

改めてストレートな気持ちを伝えられると、僕まで恥ずかしくなってくる。



「あ…、ありがとう……。」


「……。」



なんとかそれだけ絞り出すが、由里ちゃんはこっちを見ないまま歩き出す。

その行動は明らかに照れ隠しで、僕と目を合わせるのが恥ずかしくて逃げたのだ。



対して僕は自分よりもずっと恥ずかしそうな由里ちゃんを見ていて、少し冷静になれた。


(…ちょっとはお昼の仕返しができたのかな?)



「由里ちゃん、待って!」


「……。」


由里ちゃんの可愛らしい一面を見れた。

それが単純に嬉しくて、僕は自分の顔が赤く染まっていることも忘れて、駆け足で由里ちゃんを追いかけた。







それから再び由里ちゃんと並んだ僕は、質問を続けることなく黙って歩く。

由里ちゃんもいつも通り何も言わなかったので、お互い無言で歩いていたが、気まずい雰囲気にはならなかった。

むしろ、肩が当たりそうなこの距離感で由里ちゃんと並ぶことに、不思議と安心感と少しのむず痒(かゆ)さを感じていた。




「……ここ。」


「ん?あぁ、僕はこっちだから、ここまでだね。」



そんな時間も終わりが来たみたいだ。

さっき聞いていた川西公園の手前で、由里ちゃんが立ち止まったので、僕は別れの挨拶を口にする。



「今日は楽しかったよ、ありがとう。また明日。」


「……。」



軽く手を挙げて『バイバイ』と振ると、由里ちゃんが両手で掴んでそれを止める。


いきなり手に触れられ、振り払うまではいかなくてもビックリして身を引いてしまった。

それでも、由里ちゃんは掴んだ手を離さなかった。



「えっと…、どうしたの?」



「……。」



戸惑う僕をジッと見つめてくる由里ちゃん。

何か言おうとして、やめるのを何度か繰り返して、自分を落ち着かせるように息を吐き出した。



その様子から何か伝えたいことがあるのだろうと察した僕は、さっきの事もあり少し身構えて由里ちゃんの言葉を待つ。




やがて、ゆっくり由里ちゃんが口を開いた。



「……明日も会いに行って、いい?」


「…へ?」



その内容は思っていた感じのモノではなくて、力が抜けた僕は身構えすぎたと苦笑しながら答える。



「昼休みのことかな?いいよ。…あ、でも今日使った、音楽準備室で待ち合わせにしない?」


「……。」


「あれ、違った?」



僕の答えに若干、不満そうな由里ちゃん。



「……待ちぼうけ。」


「いや、ちゃんと行くよ!」


「…急な用事が、あるかも。」


「それはそうだけど……。」



僕がちゃんと来るのか、疑いの目を向けてくる。


でも、僕だってもう教室で注目を浴びるのは避けたいし…。

けれど、信じてない訳じゃなくても不安になる由里ちゃんの気持ちもわかる。



『どうしたものか』と考えると、意外とすぐに名案が思い浮かんだ。



「それなら、連絡先の交換しない?何かあったら、ちゃんと連絡するから。」



僕は由里ちゃんに掴まれているのとは逆の手で、スマホを取り出した。

僕の提案に由里ちゃんが目を大きく開けて、僕の手に握られたスマホを見た。



「それなら、どうかな?」


「…する。」



新しいオモチャを与えられた子供のように、身を乗り出し目を輝かせる由里ちゃん。

かなり乗り気なようで、声もいつもよりハッキリと聞こえる。


そんな様子を微笑ましく思いながら、スッスッとスマホを操作して通話アプリのQRコードの画面を呼び出して、由里ちゃんに向けた。



「はい、読み込める?」


「……待って。」


「慌てなくていいよ。」



パッと離された手をちょっとだけ名残り惜しく思ったが、由里ちゃんの方は気にする余裕も無さそうにカバンからスマホを取り出して操作している。


(…こんなにキビキビ動く由里ちゃんも珍しいな。)



そんな事を考えていたので、微笑ましさで僕もさっきの名残り惜しさはあっという間にどこかに行ってしまった。



そうこうする内に、かざした僕のスマホからIDを読み取った由里ちゃんのスマホから承認申請が届いたので、すぐに承認する。


由里ちゃんのアイコンはメモ帳にも描かれていた可愛らしい猫のキャラクターだった。



「うん、これで大丈夫だね。」


「……。」



登録が終わった事を確認して顔を上げると、由里ちゃんはまだ自分のスマホの画面をジッと見ていた。



「あれ、うまくいってない?」


「……。」



何か不具合があったのかと尋ねてみるが、由里ちゃんはフルフルと首を横に振った。



「……これで、いつでも深月に連絡出来る。」



ギュッと胸の前でスマホ抱き締めるように持って、由里ちゃんが顔を嬉しそうに綻ばせる。



告白の時はうやむやになってしまったので、はじめて名前を呼ばれた驚きも合わさって、また心臓が大きく跳ねた。




(本当に、この子は……。)



いろんな意味で、僕を惑わせ振り回す。

それでも僕は、この子を無下にはできない。

何より彼女がとても可愛らしくて、魅力的だから……。



「由里ちゃん…。」


「……?」


僕に呼ばれて、由里ちゃんがいつものように首を傾げた。



「いつでも、連絡して。お互いを知る近道にもなるし、僕もするから。」



「……!」



僕がそう言って心からの笑みを向けると、由里ちゃんが驚いた顔をする。



「由里ちゃん?」



告白された日に話した時のような、ポーッとした表情のまま固まった由里ちゃんに呼びかけると、ハッとして顔を背ける。



「……不意打ち、だめ。」



そんな赤くなった由里ちゃんの呟きに、僕はさらに笑みを深くして答えた。



「お互い様だよ?」


「……。」



僕の言葉に、由里ちゃんは唇を尖らせてムッとした表情でチラッと僕を見た後、自分の帰り道へと歩き出した。



(ちょっと意地悪だったかな?)



照れる彼女が可愛くて、つい意地悪しすぎてしまったかもしれない。


由里ちゃんがそのまま離れていくのを見送って、僕も歩き出そうとすると、急に由里ちゃんが振り返った。



「……また、明日!連絡もする!」



いつも小声な彼女が離れた距離の分、頑張って声を張っているのがわかる。

それでも、何とか聞き取れるくらいの声量だったけど。



「うん、また明日!気をつけてね!」



言うだけ言ってすでに背を向けた由里ちゃんに、僕も声を張ってそう伝える。


由里ちゃんはもう立ち止まらなかったが、たぶん聞こえているだろう。



歩く彼女の足取りが、ちょっとだけ軽やかになった気がしたから。

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