第42話 通信

「はぁっ!」


リーンが手にしたショートソードで、狼型の魔物を牽制する。

その隙にレンが魔法を唱え、魔物達の数を確実に減らしていく。

俺は只、それをぼーっと眺めていた。


今戦っているのは、ダイアウルフというランクの低い魔物だ。

俺一人で蹴散らすのも容易いが、リーンに経験を積ませるためにあえて彼女に前衛を務めさせている。


「はぁっ……はぁっ……終わりました」


魔物の数は10匹ほど。

それをレンに近づかせない様に牽制し続けた為か、リーンの息は上がっている。


だが大したものだ。


アイシャさんが王都へ向かって1か月。

この短い期間で、リーンは相当腕を上げていた。

只の鼻たれ小僧?が、短期間で10匹からの魔物相手に立ち回れる程成長しているのだ。

流石特殊職だけはあると、感心せざる得ない。


「上出来」


リーチェさんがリーンの頭を撫でる。

今回の仕事クエストは、大量発生したウルフ系モンスターの殲滅だ。

規模こそ大きいが、魔物自体は大した実力では無いので、リーンに実践訓練を積ませるには持って来いの相手だった。


「へへ」


リーンが息を整え、照れ臭そうに鼻の下を指で擦る。

一応女ではあるのだが、その仕草はどうも少年臭くて仕方がない。

一方レンは――


「あ、あの……」


「レンもよく頑張ったな」


尻尾があったら、全力で振ってそうな顔で俺を見て来る。

レンは魔導士としてそこそこ優秀なので、実際は別に頑張ったと言う程ではないのだが、無視するのもかわいそうなので頭を撫でてやった。


「あ、ありがとうございます」


こいつの仕草や表情はどう見ても女の子にしか見えない。

ボタンの掛け違いというか、なんというか。

リーンと中身を入れ替えたら、二人への違和感はさぞやすっきりする事だろう。


「ライラとクランから連絡がきた」


リーチェさんから黒い箱を渡される。

通信用のマジックアイテムだ。

真ん中にあるスイッチを入れると、声が飛び出してくる。


「こちらライラ。まあ大体オッケーだ」


「クランよ。こちらもほぼ終了」


今回のクエストは部隊を三つに分けて行っていた。

渓谷は広く、手分けして討伐に当たった方が効率が良かったからだ。

因みに俺達は渓谷の入り口にあたる場所で待機し、追い立てられ逃げ出してきた奴らの始末が仕事だった。


ちらりとリーチェさんの方へ視線を向けると、彼女は無言で頷く。


「こちらも周囲に魔物はいないようです」


「じゃあ、粗方片付いたみたいだね」


魔物の位置は、魔法による範囲探索エリアサーチで探る事が出来る。

ダンジョンなどは内部に魔力が漂っているため、ある程度範囲が限定されてしまうが、こういった場所ではかなり広範囲を索敵する事が出来た。


3つに分けた部隊からのエリアサーチはほぼ渓谷全域を網羅しているので、サーチに引っ掛からないのなら、もう全滅させたと考えて良いだろう。

ひょっとしたら数匹位は残っているかもしれないが、そこまで徹底するのは流石に無理がある。

現状でクエスト達成と見なしていいだろう。


「渓谷の入り口で集合するよ」


「分かりました。俺達は待機しています」


30分ほどでメンバーが全員揃う。

ギルド用の大型馬車2台に荷物を載せている所で、先程使った通信用マジックアイテムに連絡が入った。


「ん?どういう事だい?」


ギルドのメンバーは全員揃っている。

通信してくる相手などいない筈なのだが。


「お嬢が返って来たのかもしれない」


リーチェさんがライラさんに通信機を渡す。


「お嬢かい。今あたし達は――っ!?」


ライラさんの表情が変わる。

通信機からは、周りには聞こえない微かな声が流れる。

それはまるでどこかに身を潜め、囁く様な声だ。

だがレベルの恩恵で、聴力の方も強化された俺にはその声がハッキリと聞こえた。


内容は――「屋敷が国の兵士によって抑えられている」という物だった。


「ですので、屋敷には――」と、そこで通信は不意に途切れてしまった。

おそらく通信してきた者――女性の声だったので多分メイドさんだろう――が、中断せざる得ない状況に陥ってしまったのだろう。


「どうやら……お嬢がへまをやらかしたみたいだ」


ライラさんが渋い表情で俺達を見回し、重々しい口調でそう告げた。

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