第38話 救出
「パパー」
どうやらバンシーの目が覚めた様だ。
つうか、ミノタウロスの自爆にすら耐えたミスリル製の胸当てにあっさり穴開けるとか、本当にとんでもない化け物だな。
こいつ。
「誰がパパだ」
「バンシー……」
アイシャさんが目覚めたバンシーをじっと見つめる。
何か思う所があるのだろうか?
「今鎧に穴が開いた時、衝撃は有りましたか?」
「いえ、衝撃とかは別に」
言われてみれば、胸当ては薄めとは言えミスリル製だ。
それに穴を開けられた割に、衝撃は全くなかった。
何らかのスキルによるものだろうか?
流石に物理で吹き飛ばして衝撃無しとは考え辛い。
「ひょっとしたら、彼女の力を借りればいけるかもしれません」
「どういう事です?」
「シーは衝撃もなく、硬いミスリルの鎧に穴を開けて見せました。その彼女の力ならば、場所を選べば崩落のリスクを抑えながら脱出できるかもしれません」
彼女の視線は道を埋めてしまっている土砂ではなく、ダンジョンの壁面に向いていた。
掘っても上から崩れて来る場所よりも、硬い岩盤を砕いた方が安全だと言いたいのだろう。
「成程」
確かに一切衝撃が発生しなというなら、硬い壁面を掘り進んで迂回路を作れば崩落の危険性はかなり低くなる。
しかしバンシーが開けたのは、500円玉サイズの極々小さな穴でしかない。
スキルの連打性能次第では、人が通るサイズの長いトンネルを開けるには下手したら何日もかかってしまいそうなのだが……
とは言え、試さない手は無いか。
どうせ他に手も無い訳だしな。
「おい、シー」
「みゅ?」
俺の声に反応してバンシーが首を捻る。
強烈な愛らしさだ。
これで俺の胸に咲いてさえいなければ、ペットとしては最高級の存在だったろう。
実際、リーチェさんなんかは毎日「まだ目覚めないのか?」と、ソワソソワしながらシーの様子を聞きに来るくらいだからな。
「俺達は今閉じ込められて困ってるんだ。さっき俺の鎧を刳り貫いたみたいに、衝撃を与えずにあの壁を抉って俺達の通り道を作ってくれないか?」
「わかったーー!」
バンシーは両手を上げて笑顔で手を振る。
そして大きく息を吸い込んだ。
ほっぺを大きく膨らました彼女の体は、薄っすらと青く発光する。
「ぷぅーーーーー」
バンシーが勢いよく口から青い光を噴き出す。
それが岩壁に触れた瞬間、音もなく、目の前の壁面に大きな穴が開く。
「!?」
人間が悠々と通れるサイズだ。
しかもその奥行きは軽く10メートルはある。
胸元を見ると、バンシーが腰に手をやって胸を張りどや顔をしていた。
「想像以上……ですね」
アイシャさんもまさか、こうも上手く行くとは思っていなかったのだろう。
あっけにとられた表情をしている。
しっかしどこに行ったんだ?
刳り貫いた部分は。
岩盤は綺麗に円形に刳り貫かれているが、砕かれた土砂などは全く見当たらない。
まるで最初っからそこに穴が開いていた様な状態だった。
謎な能力だ。
「大丈夫そうですね。進みましょう」
アイシャさんが開いた穴を、軽く叩いて安全を確認する。
問題ないと判断したのか中に入って奥に進んで行く。
突き当り付近で、バンシーに頼んで今度は直角に穴を開けて貰う。
「こっち側は大丈夫そうですね」
形としてはコの字型に迂回路を開いた俺達は、崩落の裏側に飛び出した。
天井や周囲を確認した感じ、余計な事をしなければこれ以上崩れる事は無さそうに見える。
「シー、帰りも頼むぞ」
「うん」
バンシーは大きく口を開いた笑顔を俺に向ける。
まさかこいつに救われるなんて、夢にも思わなかった事だ。
人生、何がどうなるか分からないもんだな。
「こっちです」
アイシャさんが例のマジックアイテムで生体反応を確認し、進んで行く。
俺もその後に続いた。
100メートル程進んだところで彼女が足を止め、急に壁面を見つめだす。
「どうかしたんですか」
「ここです」
「ここ?」
彼女の視線の先は只の岩壁だ。
ひょっとしてこの壁の向こう側に通路があり、そこに2人がいるのだろうか?
「ええ」
アイシャさんが壁面に手を触れると、壁の模様が変わり亀裂が姿を現す。
中から「ひぇっ!」と小さな悲鳴が聞こえた。
どうやら何らかの方法でカモフラージュしていた様だ。
「レン。クラン。無事ですか」
「あ、アイシャ様ですか!」
中からローブを身に纏った、可愛らしいショートカットの女の子が顔を出す。
アイシャさんに気づいた彼女の目には見る間に涙が溜まり。大粒の涙が零れだした。
「あ、アイシャさああぁぁぁぁぁん!!」
余程怖い思いをしていたのだろう。
大声を出してアイシャさんに抱き着き、わんわんと声を上げて泣く。
「よく、頑張ったわね」
「きゅ……九死に一生を得るってのは……こういう事を言うんだろうね」
亀裂の中から、短髪で大柄な女性が姿を現した。
見るとその腹部は焼き爛れ、顔色は死人の様に青い。
それが危険な状態だという事は、医学の知識のない俺にも一目でわかる。
「大丈夫ですか?」
彼女がふらついたので、俺は咄嗟に肩を貸す。
触れたその体も冷え切っていた。
早く手当てをしなければ、今にも死んでしまいそうだ。
「クラン。これを」
「それは……まさか
バックパックから取り出されたエリクサーを見て、クランと呼ばれた女性が目を丸める。
「あたしみたいな……只の傭兵にそんな高価な物……」
「女神の天秤のメンバーは皆家族ですから、当然です。でももしこれを使う事に負い目を感じるのなら、頑張って働いて借りを返してください」
そう言ってアイシャさんは微笑んだ。
それはとても優しい笑顔だった。
「すまない……」
クランさんはエリクサーの瓶に手を伸ばすと、封を指先だけでへし折り、そのまま一気に飲み干した。
「つぅ……こいつは効くねぇ……」
彼女の土気色に近かった顔色に見る間に朱が差し、体温が上がる。
腹部の火傷の跡は
その回復効果は、凄まじいの一言だ。
「恩に着るよ。お嬢」
すっかり元気になったのか、クランさんは屈伸などのストレッチを始める。
いくら回復したとはいえ、病み上がりだというのに豪快な人だ。
テアと母娘らしいが、余り似ていない所か正直真逆のタイプに見えた。
「所で、あんたは誰だい?」
「彼はバーン。新しいギルドメンバーです。ミノタウロスを退治したのも彼です」
退治したっていうか、自爆されたんだけどな。
まあ倒した事に違いないとは思うけど。
「凄い……あのミノタウロスを倒すなんて……」
「本当かい!?そりゃ凄いね!」
レンちゃんとクランさんが俺の顔を食い入る様に見つめて来る。
そうまじまじと見つめられると、照れてしまうのだが。
「そんなに強そうには見えないんだけど、人は見かけによらないもんだねぇ……って、その胸元のちっこいのは何なんだい?」
「シー」
指さされたバンシーが、嬉しそうに答える。
魔物ではあるが、こいつは案外人懐っこい。
「この子はバンシーのシーちゃんよ。バーンが使役しています」
「バババ!バンシー!?」
バンシーと言う名を聞いて、クランさんがレンちゃんを抱えてその場を飛び退り、俺から距離を開ける。
まあミノタウロスと同じSランクのモンスターな訳だから、その反応も仕方のない事なのだろう。
「そんなの使役できるのか!?」
「ええ、バーンは特別ですから」
「そうなのかい?」
「ええ。いや、まぁ……」
異世界人ですから!
とか自分で堂々と名乗るつもりはないので、取り敢えず言葉を濁しておく。
まあアイシャさんかテア辺りがバラすだろうから、あんまり意味はない気もするが。
「話は後にしましょう。シャンディも近くで待たせていますし、レークスと
シシルも首を長くして待っているでしょうから」
「そうだね」
帰りは迂回路を反対方向に掘り進んだ。
その光景を見て、クランさんとレンちゃんが目を丸めて「おお」と感嘆の声を上げる。
「お嬢!無事だったんですね!それにクランさんもレンも!」
「心配かけちまったみたいだね」
「無事だって信じてました!」
3人が熱い抱擁を交わす。
お互いを強く思い合う。
ボッチだった俺としては、そういう関係が凄く眩しかった。
「所で、バーンさんのその胸元のちっこいのはなんです」
抱擁を終えたシャンディアが、俺の胸元のバンシーに気づいて聞いて来る。
変な青いのが胸元についてたら、まあ気になるわな。
「ええと、こいつは――」
俺がバンシーの事を説明すると、シャンディアさんは案の定、クランさんと同じ様な反応を見せた。
外で待っている2人にも、きっと同じ様な反応をされるんだろうな。
そんな事を考えつつ、俺達はダンジョンから脱出する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます