ヤサシサノツヨサ
FUJIHIROSHI
epi 1
今日で終わりにしよう。
もっと大嫌いな奴——自分。
将来の夢——、
もう無い。
このファミリーレストランの第二駐車場は道路を挟んだ向かい側のガード下にあって、平日に混む事が無いので人はほとんど来ない。一本しかない街灯では薄暗くて、今のように夜七時を過ぎていれば尚更で、三人にイジメられるようになってからは度々ここで暴力行為を受けていた。
入学してすぐにイジメの標的にされて、原因なんて見当もつかなかった。
いま、僕は殴られ、蹴られながら現実逃避するようにそんな事を考えている。
もう限界だった。
「いい加減、理解しろよな! 宮守ぃ」
語尾を上げながら
そのあたりから、僕はもう真智田たちが何を言っていたか覚えていない。聞き取れていなかった。
お金さえ持って来れば済むとか、殴り疲れるとか、砂埃を払うように背中を叩いて
きっといつもと変わらぬ光景だったんだと思う。
しばらくしてグッタリと地面に横たわる僕に、「じゃあ、明日の昼休みに体育館裏でな」「必ず来いよ」と肩で息をしながら真智田と佐々岡が念を押してから背中を向けると「ゆっきー。六千円だからね、六千円。最低でも五千円。それじゃあね」と確認するように歩園が耳元でささやき、ニ人を追って駐車場を出ていった。
僕はふらつきながら立ち上がり、国道側とは逆の、住宅地側の出入り口へ歩き出した。
目的は駐車場を出てすぐ目の前の八階建てのマンションだ。
ニャ……。
……ん?
ニャ……ニャ……。
駐車場から出る手前で足を止めた。これは……猫?
左隅の暗い金網の方から、かすれた弱々しい声が聞こえる。苦しんでいる? そう思うと自然とそちらに向かっていた。
やっぱり、猫が二匹いる。
二匹は子猫のようで、暗くてよく分からないけれど、たぶん白いやつと真っ黒なやつだ。けど、苦しんでいたのはどちらでもなかった。
切なく、ニャ……ニャ……と途切れ途切れに鳴いていたのは、僕に気づいて飛ぶように逃げた子猫たちの陰から現れた、瀕死の老猫だった。
きっと母猫だろう。今にも死にそうだ。見てすぐに分かった。
灰色っぽい体毛は汚れて、乾燥してか毛並みはバサバサ、全身は小刻みに震え、ダラっと横になっている。
まるで自分を見ているようだった。
「寒いのか? お前も、もう死ぬんだな」
僕は制服の上着を脱いで老猫に優しく掛けた。
「気にしなくて良いからな。もう僕には制服は必要ないから」
その間も老猫は誰かを呼ぶように鳴いている。
ニャ……ニャ……ニャ……。
老猫の顔を優しく撫でて目的のマンションに向かった。
見上げると、星はほとんど見えなかった。
「今日で終わりにしよう」
僕は思わず声に出していた。
このマンションには下見で何度も足を運んでいた。
オートロック等のセキュリティも無く、普通にエレベーターで八階まで行ける。さすがに屋上までは行けないけれど、外階段の八階と七階の中間の踊り場から楽に飛び降りることができる。
そう、飛び降りることができるんだ。
そう思いながらも、僕はエレベーターを使わずに階段をゆっくりと上った。
わざと時間をかけているみたい。きっと死にたくなんかないんだろうな、誰かの助けを待っているんじゃないのかな、なんて、自分で自分につっこみながら。
でも——そんなものはない。
僕は目的の踊り場の腰壁に手をついたところで気が付いた。そういえば遺書を書いていない。こういう時は、いじめた奴らの名前を遺すもんだった。
でも、今更もういいかと開き直り腰壁の上に立った。少しふらつくけど、平均台の上よりは幅がある。あるけれど——怖い。
あまりの恐怖に足の力が抜けそうになった時、後ろから女の子がささやくような声が聞こえて僕は硬直した。
「いい? 驚いて、落ちたりしにゃいでね。いますぐそこから降りてくれるかにゃ?」
え? なに? バランスを崩さないように、慎重に、ゆっくりと振り返ると八階の廊下から、同じ歳くらいの女子がこちらを見下ろしていた。
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