第149話 ドロウ、モンスターカード!

「それは、どうしてですか?」


 カエデはユンを真っ直ぐに見据えながら、頭に浮かんだ疑問を素直に言葉にした。


「理由は幾つかあるわ。まず第一に時間の都合、これは比較的に時間を作り易い大学生の私たちと違って、中高生が学校に拘束される時間は短く無い」


 ユンは指を立てて、一つずつ理由を説明する。


「二つ目は、元々私たちが別行動していたからね。いつまでも一緒に行動する理由も無いし、ダンジョンに挑戦するのなら、最初ぐらい慣れているいつものメンバーで攻略したいの」


 離れた席に座る三人の冒険者が酒を煽りながら、カードゲームに興じている。余程できあがっている様子で、ジン達が多少騒いだ所で周囲の雑音に飲み込まれ誰も気に留める者はいない。


「三つ目はダンジョンの内部構造が分からないこと。私たちは今七人で戦闘が出来るけど、ダンジョンの中でこの人数が十全に動ける広さがあるとは思えないの」


 ジン達はユンとヤッパーから聞いたダンジョンの場所を思い出して、その言葉に納得した。地のダンジョンは洞窟、火のダンジョンは火山であり、どちらの地形も七人もの団体で戦える十全に戦えるとは思えない。


「それにダンジョンに入るのには、人数制限があるかも知れません」


 ツバキがユンの提案に賛同する言葉を並べる。


「そうね…素材が他国に流れるのを嫌うドワーフ達の措置を考えれば、十分にありうる話ね」


 ジン個人の立場から言えば、別行動自体は賛成である。元々集団での行動が苦手だという事実を横に置いて考えても、家族でずっと行動するのは座りが悪かった。


「俺は賛成するよ。みんな友達同士で遊びたいだろうし、一緒に遊びたいならまた連絡を取れば良いんだ」


 何も別行動になったからと言って、二度と共に行動しないなどとは言っていないと言外に告げる。


「それじゃあ、お母さんはスファレに戻ります」


 話が終わったタイミングを見計らって立ち上がり、颯爽とギルドを飛び出して行った。


「母上は父上の事が大好きですから…」


 小さくなる背中を見送りながら、カエデはポツリと呟いた。


「…コホン。それじゃ、私たちも解散しましょうか」


 ユンの声を聞いて我に返ったジン達は、其々の方針を決める為にパーティーごとに分かれた。


「…クロバクのクエストを見ておくべきだよな」


 以前カルセドニーからアーロックに辿り着いた時に、ギルドで扱っているクエストの内容が大きく変わっていた事を覚えていたジンは、張り出されている依頼書を確認しようと席を立つ。


 酒場の中は相変わらずの騒音に包まれている。


「…おおっと!」


 依頼を確認しようと依頼書の張られている掲示板に向かって歩いていると、別の席についてカードゲームに興じていた酔っ払いにぶつかった。


「おお、悪いなアンちゃん…飲みすぎちまったみてぇでよ」


 仕事を終えたばかりの冒険者と言った様子の男は、良くる事なのかあまり気にした様子も見せず、場当たり的な謝罪を口にする。


「…いや、気にしないで良い」


 酔っ払いに体当たりされたくらい痛くもかゆくもない。これが進化する前であったなら、HPが1しかなかったため即死であっただろうが。


「アンちゃん、カードは持ってるか?」


「カード…いや、持ちわせていないが?」


 この冒険者がカードゲームを楽しんでいた事には気が付いていたジンだが、それは多くのゲームを行う事ができるトランプだろうと思っていた。故に足りないカードがあって、他の人からトランプを借りようとしているのだと思い至る。


「そうかぁ…じゃあ俺のデッキ貸してやるから、やってみないか?」


「デッキ?」


 男のデッキという言葉からトランプのイメージが払拭され、正体不明のカードゲームの存在が興味を引きたてる。


「お、興味があるって顔だな。大丈夫だルールは簡単だし、偶に大会だって開かれてるくらい人気があるんだぜ」


 男はジンの肩を掴んで、自分達のテーブルに案内すると、丸椅子に座らせてカードを渡した。


「これがカードだ」


 受け取った木製のカードには精巧なゴブリンの焼き印が押され、カードの下部に用意された空白には、モンスターの特徴が書かれている。


「ゴブリンのカードか?」


 男はニヤリと笑う。


「元々は街のガキどもにモンスターを教える教材だったのが、このカードの始まりだ。ガキどもは勉強なんざ直ぐに飽きて、カードで遊び始めた」


 ジンを連れて来た男が解説を始めると、テーブルの男たちがニヤニヤと顔をあくどい顔を作り始める。


「ガキどもはルールを作り、製造元が金になると乗り気になったもんだから色々とあって世界中に広がったって訳だ」


「…色々?」


「おう、色々だ」


 男はジンの目の前にカードを置き、山札に手を乗せると撫でるようにスライドさせた。扇状に広がったカードを前に男はゲームのルールを語り出した。


「ゲームに使用するカードは、自分と相手のデッキ10枚。デッキのカードが無くなっても負けないが、かなり不利になる。おい、ジョージ相手になってくれや」


 テーブルに頬杖をついて眺めていた男が、ぶっきらぼうに返事をすると10枚一束のカードを取り出した。


「さぁ、デッキを置いてゲーム開始だ」


 目の前のカードを素早く一つの束にすると、デッキをシャッフルする。


「ゲームを開始すると山札の上から、カード5枚を手札にする」


 男の声に従って、山札からカードを5枚引いてくる。


 ゴブリン、ゴブリン、ボア、ゴブリン、ゴブリン。


「よーし、良い手札だ。先行はこっちだから、先にカードを場に出すことが出来る。ゴブリンを出してみろ」


 ジンは場がどこに相当するのか分からなかったが、取り合えずカードの絵柄が見える様にテーブルに置いた。


「良し、良いぞ。自分がカードを出したら、次は相手がカードを出す番だ」


 その言葉に呼応する様に対戦相手の男は、ボアのカードをテーブルに置いた。


「おっとボアが出て来やがった。ボアはゴブリンの上位互換の性能があるが、まだ勝ち目はある。このゲームはカードを3枚までを交互に出して、その総戦力を競うゲームなんだが、ゴブリンの戦力は1でボアの戦力は2な訳だ」


 これではゴブリンをいくら出した所で、相手がボアを出してしまえば勝ち目がない。


「手札のボアを出したい所だろうが、もう一度ゴブリンを出してみな」


 ジンは少しの躊躇いを覚えたが、あと2枚カードを出せねばならないのだから、先にゴブリンを出した所で問題がない。


 ジンが手札からゴブリンを場に出すと、カードの縁が緑色に輝いた。


「これがこのゲームを支える根本的なルール、コンボだ!」


 男は得意げに説明してくれた。


 同じ名前のカードが場に出た時に適用されるルールで、同じ名前のカード同士の総戦力は、そのカード達の総戦力×枚数となる。これが今の自分に置き換えると、戦力1のゴブリンが2枚で総戦力が2。場にあるゴブリンのカードが、2枚あるので2×2で4となる。


 3枚目のゴブリンを場に出せは、3×3の9となり戦力は拡大される。数が増えるだけで、厄介になるモンスターを再現したルールのように感じる。


「俺はゴブリンを場に出すぞ」


 説明役の男が興奮している間に対戦相手は、次のカードを場に出してきた。


「おっと、じぁあもう一枚のゴブリンを場に出してやれ!」


 三度ゴブリンのカードを場に出せば、総戦力が9となったゴブリン軍団が誕生した。


「こっちの番だな。ゴブリンのカードを場に出す」


 これで相手の総戦力は、ゴブリンのコンボが戦力4とボアの戦力2を足した6になり、ジンの勝利が決まった。


「一度目の戦いが終わったら、使用したカードはデッキの横にでも置いて、デッキから使用したカードの枚数分ドロウする。今回はお互いに三枚だ」


 引いて来たカードは、戦力5のジェネラルゴブリンと戦力2のボア、戦力1のホーク。


「良い引きだな。今度は自分でやってみな」


 ジェネラルゴブリンとボアのコンボを使って、ジンは危なげなく勝利を収めた。


「三回の戦いで、先に二勝した奴が勝者になる。アンちゃんが二回連勝したから、アンちゃんの勝ちだ。他にもカードの名前が違っても出来るコンボとか、手札を捨てないと場に出せないカードなんてのもあるんだぜ」


 ナナやカエデが酒場を去ってクエストに出かけたが、ジンはしばらくの間カードゲームを楽しんでいた。

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