第144話 その頃の運営陣は
「ゲームのシナリオとしては、やっとプロローグに入ったって所ですかね?」
LEDのライトの光に照らされた会社の一室で、グリモワール・オンラインの開発スタッフによる意見交換が行われていた。
「ああ、βのは前日談。正式リリース後のカルセドニー崩壊までが、プロローグだ。とは言ってみてもゲームとして見れば、新規プレイヤーがキャラクター作成後のスタート地点を選べるようにアップデートされたってだけの話だがな」
「でも部長…第一陣のプレイヤーとの交流が出来るように、転送とかテレポート機能が必要になるんじゃないんですか?」
部長は腕を組み、悩みながらも譲れないポイントがあると口を開いた。
「そうなんだがな…瞬間移動ができると折角の没入型VRゲームなのにグリモワール・オンラインの世界が小さく感じるだろう?」
「でも後から始めた友人と合流するのにメチャクチャ不便ですよ。先にプレイしていたプレイヤーが迎えに行くにしても移動時間が掛りすぎるのは問題で、ゲームに参加するプレイヤー全員が一人で始めたのだとしても、友達をゲームに誘いづらくなるのは、プレイヤー人口に関わってきます」
学生時代にオンラインゲームにどっぷりとハマった経験を持つスタッフが、他のプレイヤーとの接点が必要であることを熱く語り、その話が終わると黒縁メガネをかけた事務担当の女性社員が同意の言葉を口にした。
「現実的な話をするとプレイヤーの人数は、会社の収支に大きく関わります。ゲーム開発に多くのリソースを割いている我が社の収入を整理して見れば一目瞭然で、大部分がゲーム内課金と広告収入が占めています。ゲーム開発には国営研究所との連携や付随する支援金もありますので、ゲームの運営費に問題はありませんが、一企業としての利益は多いに越したことありません」
「しかしなぁ…」
「つまり部長は、グリモワール・オンラインの世界を歩いて良く知って欲しいんですよね?」
「うん?」
「私たちも折角の没入感を大事にしたくて、なるべくリアリティを大事にしたいと考えて来ましたが、β版の失敗から避難の嵐で軌道修正を余儀なくされました」
そうだったなぁと部屋の中に同意する声や、重々しく頷くスタッフ達。
「空腹度システムの追加、繁栄と衰退し時に滅びる国家、広く壮大な世界。個性豊かな表情を見せるAI達に支えられたグリモワール・オンラインの世界は、世界初の没入型VRMMORPGとして、世界を五感で体験する初めてのゲームです。この没入感を活かすための方法でしたが、我々は求めるリアリティを間違えていたのでないでしょうか?」
「どういうことだねチーフ」
「はい部長。我々が再現しようと躍起になっていたの現実世界のリアリティです。我々はこの現実世界しか知らない訳ですから、再現しようという話になれば当然現実の世界を再現しようと努力します。ですがそれが間違いだった!」
「間違い?」
「どういうことなの?」
「あっ!」
何が言いたいのか疑問の声が上がる中、一人の男性社員が何かに気が付いたように声を上げた。
「我々が再現しなくては行けなかったのは、現実のリアリティではないのです。グリモワール・オンラインのリアリティだったのではないでしょうか!」
「…グリモワール・オンラインの?」
「え?」
「チーフ…もっと噛み砕いてなして欲しいっス」
「ああ、すまん。つまり現実のリアリティを再現しようすると、どうしても現実的に実現不能な出来事に大きく制限が付く事になります。例えば現実で魔法など使えませんし、ペットボトルの飲み物を手にするのに超能力で手元に引き寄せる事は出来ません」
例えの話を聞いて、次第にチーフが伝えたかった内容を理解する者が出始めた。
「つまりチーフは現実で得られる五感からの情報をゲーム内で再現するのではなく、グリモワール・オンラインの世界を五感を通して感じられるように再現するべきだと言いたいんだ」
「そうです!」
「五感…今の現状でもゲーム内で物を触れば感触はありますし、視覚と聴覚は当然ですが味覚も再現されています。嗅覚は人に因って厳しいので、フレーバーを薄くしていますが」
「ああ、五感の再現に対しての不満はないよ。要は五感から得られる情報を現実ベースで考えるんじゃなくて、異世界グリモワール・オンラインとして考えるんだ。そう現実の何かを再現するにはデータを採取する必要があるが、現実に存在しない物をVR内で作り出し、そこに視覚、触覚などのデータを設定する。あくまで現実のデータは、参考程度に留めてね」
「それなら今までと何が違うんです?」
不思議そうに首を傾げる。
「まったく違います。文明の発展を科学から、魔法に入れ替えるくらい違います」
「ああ、わかった。とどのつまり、現実世界を再現するのではなく、グリモワール・オンラインの世界を再現するんだ。チーフの例を借りるなら、魔法でペットボトルを引き寄せるような」
「…そうか、つまりプレイヤーの移動手段を摩訶不思議なテレポートと捉えるのではなく、長距離を移動する魔法があると認識させればいいのか」
部長の呟くような一言は、参加していたスタッフの耳に入り込み自然と口を噤ませた。
「でもそんな魔法があるとなると、なんでアメシスト帝国は使わなかったんだって話になりませんか?」
「じゃあ馬車で移動…ダメだな時間経過無しの移動手段としては使えないか」
「そうですね…やっぱり手軽に使えるけど、メリットだけってのはダメですよね。村人なり好き勝手に移動してしまいますし」
こうしてスタッフ一同の意見交換から新たな試みが生まれ、ゲームという舞台の上で、新たな
「とは言えカルセドニーを初期拠点として選択できないと不都合だから、カルセドニーを拠点として再建できるクエストを追加するべきだな」
「あ、それなら定期的に行売商人や冒険者ギルドを派遣させましょう。それでクエストや物資を届けてもらいます」
「冒険者ギルドはカルセドニーが本部じゃなかったのか?」
「それは冒険者が建国したから、本部をカルセドニーに移動したって話ですよ先輩。常識的に考えて滅びるのが確定している国に本部をずっと配置しませんって、既に別の国に移動されてるハズです」
「ああ、ギルドマスターも人形が代役を演じていた程だからな。人手不足なギルドが本部って事無いだろうよ」
「正式な冒険者ギルド本部は、ドワーフの国であるクロバクにあります。これは武器類の供給が楽なのと、クロバクが大陸の中央に位置する移動距離などの利便性が理由ですね」
ホワイトボードに書かれた大陸図を指さしながら、担当者が説明する。
「ほーん、それなら住民のセリフパターンに各ギルド情報を話す頻度を上げた方が良いな。プレイヤーがギルドシステム消滅したと思いかねない」
より良いゲームを作る為、全てのプレイヤーに楽しんで貰う為に今日も運営スタッフは意見を交わす。
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