第134話 船出の時

 自らの正体を王族だと名乗った宿屋のおやじは、国を守りに行くと言うジンを呼び止め、落ち着いた様子で語り始めた。


「カルセドニー王国ってのは、もうとっくの昔に滅んでいるのさ」


「は?」


 カルセドニー王国が既に滅んでいるのなら、いま俺がいるこの国は何だというのだろうか。


「カルセドニー王国は賢人パラケウスの弟子である初代国王が建国した国な訳だが、こいつは初代国王のクレイク・ファーバーが残した古い契約だ」


「契約で国が亡びるってのか?」


「結果としては、この契約が今まで国を守っていたのさ。親父が言ってたっけな『カルセドニーは歴史を隠し、隠された歴史は国土を守る』か…」


 隠された歴史という言葉に引っ掛かりを覚える。


「この間、果たされたクレイク・ファーバーの遺言の事さ。といっても本来、隠されていたのは賢人パラケウスの部分だけだがな」


「国王が話してくれた賢人パラケウスの逸話か…しかし、隠すべき歴史が賢人パラケウスの情報だけなのであれば、国の歴史そのものを隠す必要は無いんじゃないか?」


 隠したい情報にたどり着く前提条件から消してしまえば、完全に隠し通す事も出来るかも知れない。だが不特定の誰かにこの情報を渡したいなら、完全にたどり着けない様にするのは、元の目的を達成する事が出来ない。


「そりぁ、隠したんじゃなく忘れ去られたのさ。語り継ぐ者がいなければ、歴史なんて思い出話にもなれないんだ」


「なに?」


「カルセドニー王国の総人口は、5人…お前たち冒険者は入れないにしてもな」


「は…?」


 5人。じゃあ、あの武器屋のおっさんやケーキの美味い喫茶店の店員は、国外の労働者だとでも言うのか。


「俺と国王役の兄貴と、城の管理をやっている夜郷族の二人。後は食糧管理をしてくれている生産ギルドの爺さん。…この5人だ。だから驚いたぜェ、俺の所に駆け込んでくるんだからなぁ。この張りぼての国について、問い詰めに来たのかと…「じゃあ!」あん?」


「じゃあ、酒場で知り合ったジョナサン、一緒に護衛を果たしたドーン、喫茶店の店員やギルドマスターは…」


「ああ、この国の住民の事か…アイツらは人形だ」


「にんっ!」


「魔法人形1型…まぁ、魔力を込めれば人の様に振る舞う芸達者な役者人形だ。おかしいとは思わなかったか?」


「何が…」


「何度も繰り返される下水道の盗賊退治、ギルドで飯を食えば声を掛けられる護衛依頼。当たり前の様に何度も起きていて違和感を覚えなかったか?」


 戦争が始まるというのに、いつもと変わらない様子で門を開け放っている門番を見て確信した違和感。


「この国は同じ一日を演じる様に作られている」


「…っ」


「ゴブリンの時はこの国も終わったと思ったんだがな…お前たちはカルセドニーの為に戦ってくれた。正直な…嬉しかったよ」


「おっさん」


「…アメシスト帝国がいつやって来てもおかしかねぇ。良いかアメシスト帝国てかこの大陸全ての国との契約はこうだ。カルセドニー王国は人口減少により、国の維持が困難になった事で、賢人パラケウスへの恩義に報いることが出来なくなる事を恐れたクレイク・ファーバーは、周辺国へとこの契約を結ぶように迫った。グリモワールを携えた人物が現れ、その人物にある情報を渡すまでの間に国としての体裁を維持すること。そして、それが叶った時には国では無く未開発の土地として領土を扱ってもよいとするものだ」


「未開発?」


「要するに目的が叶えば、カルセドニー王国って国じゃなくて持ち主不明の開けた土地になるって事だ。当時のアメシスト帝国は別の大陸から逃げて来た民衆の集まりでな、豊かな土地は欲しかったが争って奪える力がなかった。それが幸いして契約を結んでくれたのさ。戦もせずに土地が手に入るってな」


「じゃあ他の国とはどうして戦いにならなかったんだ?」


「当時の国王たちは全員賢人パラケウスの弟子だ。身内での戦争に興味を持たなかったのと、敵国になり得るのはアメシスト帝国のみだったから、アメシスト帝国と隣接するカルセドニー王国との戦争が起きなければ、例え戦争になっても進軍ルートが絞られるってんで断る理由もなかったんだよ」


 この戦争はクレイク・ファーバーが交わした国際契約に端を発するものだった。彼は国民の減少から、国としての体裁を維持できなくなることを悟り、賢人パラケウスの残した逸話を後世へと残す契約を結ぶ。


 そして残ったのは5人の国民。他者から見れば何の価値もない延命(契約)で持って、その子孫たちは約束された終わりを待ち続ける。


「お前は自分の土地を持っていたな。早くそこに逃げ込みな、船なら持って行っていい。…どうせもう使い道はない」


「おっさんはどうするんだよ?」


「…最後くらい兄貴一人に押し付けてられねぇからな。ほら、選別だ持っていけ!」


「これは…」


「大会…情けねぇ姿だったな。それでも読んでちったぁ戦い方を身につけな!」


 俺は頭を下げると港に向かって走り出す。


 もう残された時間は、少ないかもしれない。


「あばよ…こんな国の為に、いままでありがとよ」


 クランプの瞳から一筋の涙が頬を伝う。


「死にたかねぇなぁ…兄貴」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る