第119話 真実の禁2

 百年以上も続く長い戦争によって、多くの人々は飢餓に苦しみ。そして、死んでいった。


 建国の冒険者クレイク・ファーバーが生まれたのは、そんな約二百年前の事だった。そこはアメシスト帝国の辺境にある山村で、作物が国に召し上げられても山の恵によって何とか命を繋いでいた。


 戦争が日常となっていた世代。不満が有れどそれが当たり前で、嘆くのは戦争の無い時代を聞かされて育った老人たちだけ。そんな悲惨な時代であったと言う。


 ある日、クレイク・ファーバーは何時もの様に山で遊んでいると、見覚えのない男が倒れているのを見つけた。


 それが、賢人パラケウスとの初めての邂逅であった。


 自分の家に連れ帰ったクレイク・ファーバーは、目を覚ましたパラケウスから世界中で起きている不可解な現象を語った。水害、嵐、地震と自然災害とも思える事態ではあったが、共通して付近で巨大な魔獣の姿が確認されていると。


 パラケウスはその調査をたった一人で行っているのだと。


 当時、とうにも満たなかったクレイク・ファーバーは、自らの好奇心を抑えきれずパラケウスに自ら同行を希望した。


 賢人パラケウスは、子供を連れて危険な旅を続ける訳には行かないと断ったが、戦乱続く時代に安全な場所などないと連れて行くよう母親に説得された。


 命の恩人に頭を下げれられたパラケウスは断り切れず、幼きクレイク・ファーバーを連れて旅に出る事になる。そしてその日から賢人パラケウスは、クレイク・ファーバーの師となった。


 クレイク・ファーバーが最低限の力を付けるまで、二人は山村に滞在したと伝わっている。


 パラケウスは魔導師であったが、クレイク・ファーバーには魔法を使う才能が乏しかった。才能がないと落ち込む弟子にパラケウスは、何処からともなく巨大な剣を取り出すと「一つの力に固執する事は無い」と告げた。


 剣を扱う事はパラケウスには出来なかったが、彼は魔法を用いた訓練をクレイク・ファーバーに課し、いつしかパラケウスに並び立つ剣の担い手になっていた。


 訓練の中、パラケウスは自らの力をクレイク・ファーバーに告げた。それは、賢人パラケウスの身に宿った原初の魔導書であり、現存するグリモワールの祖であったと伝わる。


 二人が旅を始めても戦争は続いていた。


 パラケウスの旅は、魔獣の存在を除いて手がかりも当てもない終わりの見えない旅であった。


 ある日、パラケウスは自然災害と魔獣の出現が、各国の情勢と連動している事に気付く。一国が負けそうになれば地震を起こし、情勢が傾けば不作となって食料の供給が止まり、兵が足りない国に唐突に傭兵団が到着する。


 注視しなければ気が付かないほど巧妙に隠された魔獣に因る妨害工策、偶然のような奇跡。


 明らかな異常事態であった。


 本来、魔の物は意思があっても自らの力を過信し、策を練らず正面からの戦いを好む。その魔獣が明らかに作為的な戦争のコントロールを行っている。


 パラケウスは直感した。何者かが糸を引いている事を。


 二人が旅を始めて、十年余りが経過した。長い旅の中で種族の枠を超えて、多くの仲間が彼等には出来た。歴史に名を刻む五人の英雄を連れた賢人パラケウスは、ついに魔獣の一体が根城にしている山を突き止める。


 その魔獣は雄々しく翼を広げ、語る。


「何用だ。若木わかぎ共よ」


 暫らくの間、魔獣と賢人達の問答が続き、やがて戦いが始まった。


 その戦いは死闘と呼ぶに相応しく、戦いの余波で山が唯の地平線に変貌してもなお続いた。戦いに敗れた魔獣は、一片の紙に姿を変え原初の魔導書に封印された。


 力強い竜の絵が浮かぶ一片の紙は、その魔獣の名前が刻まれていた『死滅のエピローグ』と。


 戦いの最中、片腕を失ったクレイク・ファーバーは、師と分かれその地に住む事を決めた。生まれ育った山村の住民や戦争で行き場のなくなった者達と共に生活を始めた。


 『カルセドニー』の歴史の始まりである。


 クレイク・ファーバーが国王となってから、旅の身分として冒険者として全国での活動を多くの者が知っていた。それから冒険者が建国した国カルセドニー、冒険王と噂を呼び、カルセドニーは各国から冒険者の国と呼ばれた。


 クレイク・ファーバーは即位する際に民衆へと語りかけた。


「私は冒険者として生きて来た。師から才能がないと言われ挫折し、多くを師から学んだ。いつしか剣を持ち仲間を守る事が私の誇りになった。この地を勝ち取る戦いで片腕を失くした時に私は愕然とした。絶望した。そして思い出した。あの挫折を!あの言葉を!戦う事だけが師の、友の力になる事ではない。そう、『一つの力に固執する事は無い』のだと。立場が変わっても例え、傍から離れても同じ意思を…平和を実現するために!」


 思いの丈を吐き出すその姿は、紛れもなく冒険王の姿であった。

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