第87話 宿のお食事
朝の事は忘れようと思う。なに正座を二時間ばかり強要されただけだ。大した事はないさ。そのせいで学校に行く時間が遅くなって、結果的に行くのを止めたけど何の問題も無い。
≪空腹度の値が限度に達しています。全てのステータスが半減します≫
「…うん?」
どうやら空腹状態の解消をしなければ、ならない様だ。全ステータス半減は何をするにしてもデメリットにしかならない。
「食事か…どこですればいいんだ?」
ステータス操作の度に行っていた喫茶店は、軽食があるだけで本格的な食事を出してくれる訳ではない。そういえば宿屋のおやじが飯付きとか言っていた気がする。
よし、とりあえず宿で食事にするとしよう。
「らっしゃ…あんたか」
宿屋に入ると店のおやじが、妙な目付きで俺の顔を確認している。
これは、あれだ。不審な人物を見つけた小学生の娘を持つ母親の様な目だ。
「飯を頼む」
「あ、ああ。それは構わねぇが、昨日はどこ行ってたんだ?」
宿側としては当然の疑問だよな。
部屋を取っておいたのに出かけたきり帰ってこなかったんだから、疑問に思うのは無理もない。
「疲れすぎて、宿に戻る前に力尽きた…」
「そ、そうか」
詳しく話すような間柄でもないし、適当に誤魔化す事にした。そんな話より、飯を出せと言いたい。
「ほらよ。海鳥のシチューとパンだ」
「旨そうだ」
「ふん、旨いと言わせてやるよ。さっさと食いな」
食事をテーブルまで運び、腰を降ろす。
「いただきます」
しっかりと両手を合わせて、合掌すると食事を始める。
「むぐ」
…旨い。
シチュー自体の味付けも然る事ながら、一緒に煮詰められた海鳥の肉が柔らかく、また味が染み込み舌に残る。パンは普通より硬めのパンであったが、シチューにはこちらの方が合う。固いパンを湯気の立ち昇るシチューに付けて、口の中に放り込む。
「もぐもぐ」
旨い。濃い目の味付けが、パンと言う土台によって丁度良い塩梅に感じられる。
肉以外にも野菜の食感を十二分に感じることができ、野菜本来のやさしい甘さが後を引く。
「…旨いな」
「そうだろう?」
おやじが自慢気に腕を組み、こちらを見下ろしている。
確かに旨いのだが、何か違和感を感じる。
「おやじが作ったのか?」
「おうよ。うちの宿は看板娘も居ねぇし、主人の態度だって悪いがよ。だがこの飯だけの為に来る客は後を絶たねぇ!」
「…主人だったのか?」
「こんな大してデカくも無い宿屋には、従業員を雇う余裕も無いのさ」
「そんなもんか」
「そんなもんだな」
おやじ改め店主と無駄話に興じている間に、料理の違和感の原因に思い至った。
俺の感じた違和感は、満腹感にあったのだ。
ここはゲームの中なので、実際に現実で料理を食べた訳では無い。空腹度が満たされたからと言って、実際の空腹は解決しないのだ。恐らくそれを理解させる為に、満腹感の様な満足感をカットしているのではないだろうか。
「美味かったよ」
料理の代金を支払うと宿屋を後にする。
≪空腹度の値が正常値に戻りました。バットステータスが解除されます≫
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