第7話
精霊に最も言霊が届くのは日の光が真上に昇った時。それはこの世界で当たり前のように知れ渡っていることだ。だからどんな儀式も昼間に行われる。
「さあ、準備は良いか?」
タンガスは二人に聞いた。キディアとダルニスは一瞬視線を合わせ、そしてタンガスを見て頷いた。
三人は膝をついて、胸の前で手を組む。そして目の前にある岩をしっかりと見据え、祈りを捧げた。
この世に光がある限り
その光の下に存在し得るドゼルの精霊よ
どうか私共にお力をお貸しください
私共は誓います
この世に光がある限り
命の存在を愛おしむことを
どうか私共に命をお授けください
呪文のようにその言葉を繰り返す。キディアは祈りを捧げながら、ダルニスと一緒に見たハンクスの姿を思い出していた。
ハンクスがトーヤを授かった時、キディアはまだ十にも満たない子供だった。今のトーヤよりも幼いキディアは、なぜハンクスが子を授かろうとするのか分からなくて、山に登る前にタンガスに聞いた。
「なんでハンクスは子を授かろうとするの?」
そう聞かれたタンガスは面食らったように目を丸くした。そして次の瞬間、弾けたように笑いだした。
「そんなこと聞かれるとは思ってなかったな」
なにか恥ずかしいことでも聞いてしまったのかと思い、キディアはうつむいた。それに気付いたタンガスは
「すまん、キディアが恥ずかしいことを言ったわけじゃねえ。ただ、子供は面白いことを思いつくもんだと思ったんだ」
慰めるように頭をなでながらそう言ったが、キディアはなにも納得ができずに口を尖らせた。
「子が欲しいなら俺やダルニスみたいに拾ってくれば良い」
キディアはそう言ってしまってから後悔した。なぜならタンガスが自分を憐れむように見たからだ。
「そうかもしれない」
しかし、タンガスから出た言葉はそれだけだった。それ以上は何も言わず、キディアのことを抱き上げた。
「俺はタンガスに拾われて良かったって思ってるよ」
タンガスの肩に乗りながらキディアは取り繕うように言った。しかしその言葉はタンガスに届かなかったらしい。返事はなかった。
それから数日後、キディアはハンクスがトーヤを授かる姿をその目で見た。ハンクスとタンガスは山の頂上にある岩の前に膝をついた。キディアがダルニスの手を強く握ると、ダルニスもそれに応えるように手を握り返してくれた。
日の光がじりじりと皮膚を刺激し、じんわりと汗が滲むのがわかる。だけどそれよりも、これから起こることの方がキディアの心を刺激していた。きっとハンクスにとんでもないことが起こるに違いないと思っていたからだ。
しばらくするとタンガスとハンクスの前にある岩が光った。その光はよく見ていないと気付かないくらい淡い光だった。握っていたダルニスの手が、さっきよりも強く自分の手を握る。その力があまりにも強かったからダルニスの方を一瞬見たが、ダルニスの視線はしっかりと祈りを捧げる二人に向けられていた。
キディアもこれから起こることを見逃すまいと視線を戻し、食いつくようにその後の展開を期待したが、それだけだった。数秒岩が光っていたかと思うと、それはしだいに失われていった。そしてハンクスとタンガスは祈りを捧げるのをやめ、立ち上がってこちらに向かって歩いてきた。
「もうおしまい?」
キディアはちょっとがっかりしながらそう言った。その言葉を聞いて他の三人はきょとんとしている。
「もっと長いのを期待してたか?」
タンガスがいつものようにひょいとキディアを肩に乗せながら問う。
「だって岩がちょっと光っておしまいだったよ」
「キディアは何を見ていたの?私は光がハンクスの中に入っていったのを見たよ」
キディアにそう抗議したのはダルニスだった。
「それにだいぶ長い間ハンクスとタンガスは祈りを捧げてた。見て」
ダルニスはそう言って空に向かって指をさした。
「日が一番高い時に祈りをはじめたのにもうあの位置まで落ちてる」
キディアはダルニスの指の先を見る。確かにまだ夕刻とは言えないが、日が傾いているのが分かる。
「でも、俺にはあっという間に感じた」
まるでダルニスに責められているようで、居心地が悪く感じたキディアは弱々しくつぶやいた。
「ダルニス、その辺にしときなさい。キディアにはあっという間に感じたんだろう」
ハンクスが腹をなでながら穏やかに言った。ダルニスは腑に落ちないとでも言うように「はい」と一言だけ返事をすると黙ってしまった。
あの時、自分には本当に短い時間に感じたし、ダルニスが言うような光がハンクスに入っていくところなんて見えなかった。しかしダルニスが言っていたことが嘘だとは思えないし、ハンクスとタンガスの反応からして二人もダルニスと同じものを見ていたのだと思う。
———— 今日は他の二人と同じ景色が見れるだろうか ————
キディアは祈りを捧げながらそんなことを考えていた。すると、目の前の岩が光った。その光はあの時見たものとは比べ物にならないくらい強く、キディアは驚いて声をあげそうになったが、それは声にならぬまま意識が遠のいていった。
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