第2話
この世界ではいたる所に精霊が住んでいる。山も湖も森も。そして、そこに住んでいる精霊の名前が山の名となり、湖の名となり、森の名となったと言われている。「言われている」というのは、精霊には滅多にお目にかかれるものではなく、古くからの言い伝えなどによってこの世界に浸透しているものだからだ。
むかしむかし おおむかし
光の精霊が生まれました。
光のあるところに水が生まれ
水のあるところに土地ができ
土地のある所に緑が溢れました。
そんな文言から始まる昔話が、いたるところで子供たちに聞かされる。
この世界では寝食を共にする者たちをメルイトと呼ぶ。メルイトは一般的に五人から六人程度の者たちで構成されていることが多いが、十人以上の者たちが属するメルイトも存在する。あるメルイトは農作業をし、あるメルイトは狩猟をして暮らす。そうして手にした物を、自分たちが手にできない物と交換して生活を成り立たせる。誰かが必要とすれば業となり、それを生業とするメルイトが現れる。そうして繁栄するメルイトもあれば、衰退するメルイトもある。しかし、どのメルイトにも必要となるのが「精霊の力」だ。
精霊は生命の源である。命あるところには必ず精霊の力が必要となる。田畑を耕して種を蒔いても、精霊の力がなければその芽は育たない。森に入り特定の動物を必要以上に狩り続ければ、森の精霊の怒りをかってその種は根絶してしまう。だから人は精霊たちに祈りをささげる。田畑を耕して種を蒔いたら芽が出るように。森に入って狩りをしたら新しい命が生まれるように。旅をしている時には災いが降りかからないように。精霊の怒りをかわないよう、人々は精霊の力を借りて生活しているのだと、幼い頃から言い聞かされて育つのだ。
ダルニスは農作業をするメルイトの中に生まれた。農作業をするメルイトは人手が必要なため大人数であることが多い。ダルニスの生まれたメルイトは、その中でも珍しいほどに人数が多かった。ダルニスはまだ幼かったので、そのメルイトのことをあまり覚えていない。しかし、狭苦しい部屋にたくさんの人がひしめき合って寝ていたのを覚えている。中には座って寝ている者もいたほどだ。そして、そのメルイトは貧しかった。
物心ついたころからダルニスはそのメルイトで仕事が与えられた。大人たちの見様見真似で田畑を耕し、水を汲み、木の実を集めた。食事は十分に与えられていたものの、それ以上のものを与えられることはなかった。大人たちはみな、子供にかまっている余裕がないように思えた。ダルニス以外にも子供はいたものの、大人たちの背中を見て育った子供たちが助け合うことは少なかった。同じ家でたくさんの人が暮らしているのに、そこは孤独だった。
ダルニスがそんなメルイトに生まれて五年の歳月が経とうとしていたある日、メルイトの大人の一人が「これから森へ行く」とだけ言ってダルニスを家から連れ出した。空はキラキラと光り、真っ白な雲が浮かんでいた。前を歩く大人は時折後ろを振り返り、ダルニスがちゃんとついてきていることを確認しながら進む。ダルニスはいつもだったら仕事をする時間に出かけられるのが嬉しくて、そんなことには気付かずに、空に浮かぶ白い雲に山の形や木の実の形、葉の形を当てはめて遊びながら、ゆっくりと大人の後をついて歩いた。
しばらく歩いて喉が渇きだした頃、集落のはずれにある森の入り口に二人の人影が見えた。前を歩いていた大人はその人影を見つけると、ダルニスのことを気にしつつ足早にその人影に近づいて行った。しばらく三人で話していたが、二人のうちの一人がダルニスに近づいてきた。
「初めまして」
金色の長い髪をしたその人は、ダルニスの視線に合わせるよう、かがんで声をかけてくれた。メルイトの大人でさえも滅多に話したことのないダルニスは、なんと言ったら良いのかわからず、もじもじとその場に立っていることしかできなかった。
「あなたの名前を教えてほしい」
そう尋ねる声色は穏やかだった。
「ダルニス…」
もじもじしながらそう答えると、目の前のその人はにっこりと笑った。
「ダルニスって言うのか。私はハンクス。これからよろしく」
ハンクスと言ったその人は、ダルニスの頭を優しく撫でた。その手は大きくて暖かかった。そんな風に触れられるのは初めてだったのに、不快ではなかった。むしろ人の手はこんなにも暖かいものなのかと、ダルニスはとても心地良く感じたのを覚えている。
「ダルニス、元気でな」
話し込んでいた二人がいつの間にか近くにいた。ダルニスをここに連れてきた大人は両手に何かを抱え、来る時よりも少し和んだ表情でダルニスにそう言った。ダルニスはなんだかよくわからないまま、こくんと一つ頷いた。それを見ると、その人はハンクスともう一人に軽く挨拶をしてその場を去った。
「ダルニス」
大人の姿が見えなくなると、ハンクスが名前を呼んだ。
「この人はタンガス」
ハンクスが指をさした先には、気難しそうな顔をした人が立っていた。タンガスと呼ばれたその人は、ハンクスが先ほどそうしたように、ダルニスと目線を合わせるようにかがんだ。
「よろしくな、ダルニス」
近づいたタンガスの顔は日に焼けて真っ黒で、首と腕が今まで見たどんな人よりも太かった。
「よろしく」
ダルニスは消え入りそうな声でそう言ったが、それを聞いたタンガスは少し嬉しそうに、同時に、少し安堵したように笑った。そして太い腕でタンガスをひょいと持ち上げ、肩に乗せた。
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