第三十話 誤解
王都とファルケンブルク間で共有すべき情報と、西ガルバニア帝国への対策の話し合いを終えた俺たちは、城を出て晩飯の買い物に向かうことにする。
「義兄上が食事を作るのですか?」
「そうだな、この世界に来た時から作ってるぞ」
「凄いですね、僕は料理をしたことが無いですから尊敬します」
「そりゃジークは王族だしな」
「貴族でも多分食事は自分で作らないと思いますよ義兄上」
「少し前までは貴族でもなんでもなかったしな」
「それにしても毎日食事の準備って大変じゃないんですか?」
「エリナやクレアと作ったりしてるからそれほど大変じゃないぞ。まあ昔から作ってるから趣味みたいなもんだな」
「エリナ義姉上とクレアにも随分と会ってないので楽しみです」
ジークは年上のエリナをエリナ義姉上、同い年のクレアをクレアと呼び捨てにしている。
クレアにも同い年なのだからとジークと呼び捨てにさせていたが、クレアの方は恐縮しまくってたっけ。
「あのふたりには今日ジークが来るって教えてないからびっくりするかもな」
「覚えていてくれればいいのですが」
「大丈夫だよジーク! エリナお姉さんもクレアちゃんもジークは元気にしてるかいつも聞いてくれるからね」
「なら良かったです!」
昔のことを思い出しながらてくてくとジークとちわっこを連れて歩いていく。
いつものように護衛のメイドさんは見えないように警護しているだろうが、王族ふたりを連れているのでかなり心労が重なっていることだろう。
ちなみにクリスとシルは先ほどのジークとの打ち合わせで決まった件で手配したりすることが出来たのでまだ仕事中だ。
「ところでなんでお前たちふたりは俺と手をつないでるんだ?」
「婚約者だから?」
「家族だからですかね?」
悪びれもせず普通に答える王族の姉弟。
「家族は手をつながないぞ。ミコトやエマくらいの年齢ならつなぐけどな」
「そうだジーク! ミコトちゃんとエマちゃんっていう凄く可愛い子がいるんだよ!」
「義兄上のお子さんでしたっけ」
「まあそうだな。一応孤児院の連中は全員俺の養子になってるが」
「僕の義妹みたいなものですか?」
「義弟もいるぞ」
「わあ! 僕に義妹と義弟が出来るんですね!」
「そうだぞ」
「父上は側室を持たずにいたせいで、子どもが私とジークしかいなかったからねー」
「そうですね、なのでずっと弟か妹が欲しかったんですよ義兄上」
「良かったな。いっぱいいるぞ」
騒がしいけどなと心の中でつぶやく。
どうせ飯の時間で判明するんだから今教えなくてもいいしな。
弟妹が出来ると聞いてテンションが上がったのか、ジークはつないだ手をぶんぶんと振りながら歩いている。
十四歳で来年にはラインブルク王に即位すると言ってもまだまだガキんちょなんだな。
しかしこんな子が即位か……。
「ペッ!」
久々だな独身でブサイクなツバ吐きおっさん。
公共事業に従事していたはずだが、西の要塞建設が終わって領内の工事に戻ってきたのかね?
……っていやいやいや!
このおっさん明らかにジークを見てツバ吐きやがった! おっさんから見てちわっこは死角だし!
「おっさんおっさん、ジークは嫁じゃないぞ!」
「義兄上? どうしたんですか?」
ジークが足を止め、必死に言い訳をする俺の腕を両手で抱え、俺を心配そうに見上げる。
「ペッ!」
「だから違うってんだよ! というかツバ吐くのやめろ! 領内は全て石畳にしたし清潔に保ってるんだから汚すなや!」
「チッ!」
あ、舌打ちに変わった。
あと吐いたツバをハンカチで拭き取ってる。
意外と素直なのな。
あと舌打ちは俺に向けてるとは言え、連れているふたりは王族なんだが……。
王族に向かってツバ吐いたり舌打ちしたりって相当すごいぞ。
もちろんふたりを王族とは知らずにやってるとはいえ、俺が伯爵だってのは知ってるはずなんだけど、相変わらずその度胸は称賛に値する。
マジで兵士にスカウトするかな。有事が近いし。
「もういいや。行くぞジーク、ちわっこ。早くしないと食材が売り切れるかもしれん」
「「はーい」」
ツバ吐きおっさん改め舌打ちおっさんを放置して市場へと向かう。
ジークはたしかに中性的な顔立ちで、美少年とも美少女ともとれるような美形だし、線も細いし髪も肩まであるボブカットだから女子に間違えられても仕方がないんだが、嫁と間違われるのは非常に納得がいかない。
何言っても聞く耳持たなかったしなあのツバ吐きおっさん。
ま、そんなことより晩飯のメニューをさっさと決めないと。
野菜売りのおばちゃんや肉屋のおっさんにおすすめを聞いて買っても良いが、ファルケンブルクでしか食べられない料理を出してやりたいし、さてどうするかな。
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