第十七話 調理部


「あ、兄さま」


「クレア、忙しいところすまんな。少し見学させてくれ」


「クレア!」


「ママ!」


「くれあまま!」



 エリナたちがクレアにがばっと抱き着くが、一時間も別れてないだろお前ら。

 ちなみにヤマトとムサシは、ミコトとエマの服の胸元に備え付けられた専用ポケットの中に入り首だけを出している状態だ。

 調理部の部室に鳥なんか入れられるわけがないだろうという俺の意見に、昨日クレアがふたりの服に急遽ポケットをつけたのだ。



「ヤマトとムサシはそこから出たらダメですよ?」


「「(コクコク)」」



 クレアに注意を促されたヤマトとムサシはうんうんと頷いて返事をする。完全に言葉を理解してるじゃねーかこいつら。

 鳴くのも禁止されている徹底ぶりだ。

 そこまでの対策をしても給食室とか食品加工工場にはヤマトとムサシは入れてもらえない。

 調理部限定の特別の配慮なのだ。

 もちろん調理部も部内で消費する食べ物を作る日のみという条件もあったりするのだが。



「調理部は収穫祭の時の出店を何種類も出すから顧問のクレアも大変だろ」


「いえ、副顧問の先生もいらっしゃいますし、部長さんや課長さんもしっかりしてますから」


「課長って……。部活動の部長はあくまでも部活動の長であって、会社組織の部署とかとは違うんだぞ」


「いえ、色々ありまして、調理部の中に課が出来たんですよね……」


「意味わからんぞ」


「あ、ミリねーだ!」


「みりねー!」



 ミコトとエマが、調理部の片隅でミリィを発見し、ほこりを立てないようにそろそろとミリィのもとに向かっていく。

 銀色の髪を最近伸ばしはじめたミリィはエプロンドレスを着け、ボウルに入れたお菓子の生地か何かをかき混ぜている最中だった。



「ミコトちゃんエマちゃんだー。おにーさんもエリナおねーさんもー」


「ミリねー!」


「みりねーなにをつくってるの?」


「んー? ラスクだよー」



 またラスクかよ……。



「兄さま、ミリィが調理部ラスク課の課長なんです……」


「アホだろ」



 調理部ラスク課って……。わざわざ調理部に入部してラスクしか作らんのか。



「なんでも究極のラスクを目指すとか」


「おにーさんのラスクの味にはまだまだだけどねー」


「いやいや、ハードル低すぎだって。っていうかラスクを作ってるんだろ? 今何をかき混ぜてるんだ?」


「ラスクにディップするカスタードクリームだよー」


「なるほど、ラスクオンリーでもフレーバーとかディップとか色々あるんだな」


「なのでミリィだけラスク課で独立宣言したんですよ兄さま」


「相変わらず訳が分からんなミリィは」



 ミリィはミコトとエマを見て軽く微笑むと「ミコトちゃんとエマちゃんもやってみる?」と、先ほどから目を輝かせているふたりに声をかける。



「「うん!」」



 ミコトとエマの返事に大きくうなづいたミリィは、調理台の隅に置かれた、カスタードの入ったボウルとは別のボウルを取り出す。



「じゃーこねこねしてみようかー」


「「わー!」」



 ボウルをひっくり返すと、発酵が終わったと思われるパン生地を取り出して、平たく伸ばし、ガス抜きを始める。



 「じゃーこれねー」



 ミリィが握りこぶし大のサイズでパン生地をちぎり、ミコトとエマに渡す。



「「わーやわらかい!」」


「好きな形にしていいからねー」


「じゃあわたしはヤマトをつくるよ!」


「えまはむさし!」



 ポケットの中のヤマトとムサシは名前を呼ばれてもピクリとも体を動かさない。

 追い出されるのが相当嫌なんだなこいつら。


 ミリィは慣れた手つきで、伸ばした生地を細長く畳み、クルクルとロールパン状にしていく。

 それをいくつか作ったあと、食パン用の型の内側にハケで油を塗り、ロールパン状にした生地をどんどん入れていく。

 生地を入れた四つの型をオーブンに入れる。



「なあ、ラスクを食パンから作ってるのか?」


「そうだよー」


「ラスク課の食パンはサンドイッチを作るのに人気なんですよ兄さま」


「しかも耳だけ使うのかよ」


「できた!」


「えまも!」



 ミリィのアホさ加減に呆れていると、ふんすふんすとパン生地をこね回していたミコトとエマが声を上げる。



「って! 完成度半端ねえ!」


「ヤマトにそっくりだねエマちゃんのパン!」


「みこねーのもやまとそっくり!」



 瓜二つと言っていいほどのリアルな小鳥(パン生地製)が、ミコトとエマの手のひらに収まっていた。

 ヤマトとムサシに小麦粉ぶっかけたわけじゃないんだよな。ちゃんとポケットにいるし。

 そういやこの前の夏休みに行ったリゾートビーチで作ってた砂の城のクオリティも半端なかったな。



「これ焼いたらボロボロになるだろ」


「「えー! じゃーやかない!」」


「じゃあどうすんだよ」


「「うーん。うーん」」


「ミコトちゃんエマちゃん、ちょっと固くなっちうけど、魔導オーブンで一気に焼いちゃえばそのままの形でパンになるよー」


「「おー!」」



 ミコトとエマから大事そうにパン生地を受け取ったミリィは、皿に乗せて魔導オーブンとやらに入れる。



「はい完成ー」


「「わー!」」


「早いな」


「魔導オーブンだからねー。調理時間は早いけど微調整が効かないからメニューが限定されちゃうんだよねー」


「初期の頃の試作品か」


「だねー。はいミコトちゃんエマちゃん」


「「ありがとーみりねー!」」


「うんうん。上手にできたねー」


「「えへへ!」」



 嬉しそうに焼きあがったヤマトとムサシ型のパンを抱え、「あとでいっしょにたべようねヤマト!」「むさしもね!」と、ポケットの中のモデルに話しかける。



「「ピッピ」」


「あーないちゃだめー」


「だめだよむさし」



 最後の最後でとうとう鳴いてしまったヤマトとムサシだが、煽ったのはミコトとエマだし頑張ったから許してやるか。

 まあ羽毛が飛び散るわけでもないし、鳴くくらいなら問題なかったんだけど。



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