第十四話 マリア・メディシス


「閣下、メディシス殿の試験結果です」



 そういってアイリーンが渡してきた書類に目を通す。



「筆記も口述も一次面接も最高評価か」


「はい、更に自由論文なのですが……」


「空気中に漂う魔素を蓄積し、その魔素を利用する魔導具の技術開発……?」



 俺が声に出した途端、バタン! と爺さんがぶっ倒れる。



「な、なんじゃとトーマ! もう一度言ってくれ!」


「ロイド卿、公式の場ですよ」


「すまん、いや、申し訳ないアイリーン卿」


「あー、マリア・メディシスと言ったっけ。この魔素を使った魔導具というのは?」



 マリアはちらりとアイリーンを見て発言してもいいかと目で訴えかける。

 アイリーンから肯定の意味の頷きを見た途端、目を輝かせると同時に口を開く。



「はい! エルフ族は空気や万物に含まれる魔素を取り出すことが出来るのですが、取り出した魔素はあくまでも自身の使用する精霊魔法にしか使用できません」


「精霊魔法というのは?」


「エルフ族の使用する魔法の事ですね。普人、いえ、伯爵閣下たちが使われる魔法とは根本的に別系統の物ですので、そちらの技術である魔石に魔力を充填したり、魔法石を使って増幅したりといった使い方はできません」


「俺たちの使う魔法はエルフには使えないのか?」


「エルフ族は体内で魔力を生成することが出来ませんし、魔素を体内に蓄積することもできませんので」


「だから周囲から魔力、いや魔素を得て魔法を行使するのか」


「はい。ですので魔素を蓄積できる技術、およびその蓄積した魔素を使用した魔道具を現在研究開発しているのですが……」


「なるほど、それでうちで研究したいと」


「はい!」


「エルフ国で研究するわけにはいかないのか?」


「いつまでもなどと呼称してる種族ですよ。なんて存在しないのですけどね」



 存在しないんだ精霊……。

 たしかに神秘的な力を科学的に解明しようとすると反発する連中はいるだろうな。マリアもそういう研究をしてて妨害に合ったりしたのかもしれん。



「どう思うクリス」



 小声でクリスに話しかける。

 察したクリスは、俺とクリスとシルを防音魔法のフィールドに包み込む。



「身辺調査はこれからですし、エルフ国との関係性も考えなければなりません」


「祖国に異端扱いされている研究者を雇うリスクはあるよな。エルフ国を敵に回すのは避けたい」


「ですが、わたくしはそれでもマリア殿を採用すべきと存じます」


「メリットの方が大きいというわけか」


「他領に流出させたくないという理由ですわね。何よりマリア殿の身の危険が考えられます」


「身辺調査にはどれくらいかかる?」


「エルフ国の場所ですら不明ですからね。マリア殿から聞き出せれば良いのですが」


「だよなあ」


「ひとまずは一ヶ月ほど、マリア殿に尾行や接触を図る者がいるかどうかなどを調査したいと思います」


「マリアからエルフ国の場所を聞き出せたらどうする?」


「マリア殿の件は隠したまま、友好関係を結ぶためという理由で使者を派遣します。そこから探りを入れても良いですし、可能であれば国交は結びたいですから」


「遠すぎなければいいけどな」


「まずはマリア殿の保護が最優先ですし、そこから先のことはこれから考えましょう」


「行き当たりばったりというやつだな」


「状況に合わせて臨機応変に柔軟な対応をしていく、ということですわ」



 いや、だからそれは行き当たりばったりであってるだろ……。

 しかしなるほどね、採用というよりは保護か。エルフ国から追手が掛かってる可能性もあるしな。

 少なくとも身辺調査が終わるまでは手元に置いておいたほうが良いだろう。

 エルフ国にバレたら身柄を送還しなきゃならなくなるかもしれないからそのあたりは慎重にやらないとな。


 わかったと頷いて見せると、クリスは防音魔法を解除する。



「マリア・メディシス、採用だ」


「ありがとうございます! 伯爵閣下!」


「ただし、身辺調査が終わるまでは仮採用だ。住む場所も指定するし、領外に出ることも禁止。領内を出歩くときも監視の人間をつける」


「身辺調査……」


「エルフ国から追手が掛かってたりしないのか?」


「一応、国から許可を得て旅に出ましたから」


「その研究は禁忌だったりしないのか?」


「異端ではありますが、忌避されるようなものではなく、変わり者扱いされてたくらいでしょうか?」


「あれ? うちで研究開発しても問題ない?」


「その件は問題ないと思いますが、それでも身辺調査は必要なのですか?」



 身辺調査という言葉にやけに反応するな。どこかのスパイだったり、犯罪を隠してたりするんだろうか?



「エルフ国以外にもどこかの国のスパイだったり、過去に犯罪行為をしてないかとかは流石に調査するぞ。身分証を作るからある程度は判明するけどな」


「そういえば普人の国家には深層意識を表示できるという先史時代の失われた技術ロストテクノロジーが使われたアイテムが存在してましたね……」


「その身分証を使えば過去に犯した犯罪なんかもわかるからな。まずはそれでチェックして、一ヶ月ほど怪しい人間と接触がないかとか調べさせてもらう」


「旦那様……」



 なんで喋ってしまうのですか? と言いたげなクリスの抗議を無視する。

 きちんと監視するぞと初めから言っておいたほうが良いだろうしな。俺なら勝手に監視されたら気分悪いし。



「そうですね……先ほどの面接で待遇に関してお話をしていただいたのですが、研究資金に関しては各部署と調整して可能な限り優遇するとの回答を頂きました。それ以外の支度金やお給金の方は間違いないのでしょうか?」



 アイリーンを見ると、コクコクと頷いている。

 給料の額とか待遇面に関しては全く知らないからな。技能とか年齢、経験とか加味されて算出されるし。



「それは間違いない。仮採用中にも給料は満額支払うし、仮採用期間が終わって正式採用になれば支度金も支払う」


「でしたら問題ありません!」



 ああ、手持ちの金が尽きてるとかで困窮してたのか?

 エルフ国ってあまり貨幣が流通してるイメージないわ。工芸品とか鉱石を物々交換してる感じはする。

 そんな状況じゃ研究開発なんか大変だろうし、それでうちで研究したいと考えて応募してきたのかね。



「ではこれからよろしく頼むなマリア」


「はい! こちらこそよろしくお願い致します伯爵閣下!」



 とにかくこれでエルフ国の人間がファルケンブルクに加入することになったわけだし、エルフ国とも友好関係を築ければいいんだけどな。

 もちろん魔素を有効活用する技術も確立できればいいんだけど。



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