第八話 バトルトーナメント前哨戦
メイドさんたちが庭全体に防御結界を張り終えると、爺さんたち魔導士協会の連中が現れる。
「ようトーマ」
「爺さんか、魔導士協会長なのに暇なのか?」
「領主なのに暇そうなお前さんに言われたくはないのう。しかし一ヶ月ぶりか」
爺さんをはじめ魔導士協会の連中がベンチに座る。もう慣れたもんだな。
エリナたちもすでにベンチに座り、クレアは更に観客席全体を防御結界で囲う。
準備万端整ったが、いまだにシルが現れない。
「お待たせしました!」
「なんだあの鎧?」
シルがクリスや俺たちの待つ庭に現れたが、不思議な意匠の鎧をびっちり纏っている。
攻撃魔法も防御魔法もあるこの世界では、
魔法を扱える貴族の子弟のみで構成された騎士団の鎧は喧伝や威圧の目的もあるために華美ではあるが、実は軽量に作られていて、防御力は見た目ほども無かったりする。
そんな
「トーマよ、あれは儂たちが開発した
「またアホなものを。じゃああれは爆発に反応する装甲じゃなくて、魔法攻撃に反応する装甲板なのかよ。防御魔法があるんだからいらないだろそんなの」
「防御魔法が使えなかったり、防御魔法の支援が受けられない場合を想定した試作品じゃからの」
「防御結界封じ込めた魔石を使った魔導具でも持たせれば良いんじゃないのか? 実際騎士団の連中はそれを常に携帯してると聞いたが」
「結局コスト面や運用面を考慮して魔導具を携帯する方式に落ち着いたからの。無駄になった魔力反応装甲の引き取り手を探していたら、シルヴィアの嬢ちゃんが欲しいということで譲ったんじゃよ」
「駄妹は何を考えてるんだ」
「バトルトーナメントは魔法あり部門でも初級魔法までしか使用できないし、魔導具の持ち込みは禁止じゃからの。魔力反応装甲があれば相手も攻撃魔法を気にすることなく攻撃に専念できると言うとったぞ」
「もはやあの鎧は魔導具のカテゴリーじゃないのか?」
「魔導具ではなく、魔法剣とか魔法鎧の扱いらしいから問題無いらしいぞい」
「魔法剣や魔法石を仕込んだ武器はそもそも禁止だろ。だからこそバトルトーナメント用に武器が用意されてるんだし」
「じゃが魔法鎧は特に制限が無いからの」
「携帯した魔導具で代替できてたから魔法鎧自体が作られてないんだよな。今年はもう間に合わないから来年からはルールで禁止しないと」
ルールの隙をつくとは駄妹にしてはやるじゃないか、と変なところで感心してしまった。
「姉上! バトルトーナメントのルールに則って戦いたいと存じますがよろしいですか?⁉」
鎧をガチャガチャ鳴らしながら、駄妹は割と卑怯なことを言い出した。
全力というか中級以上の魔法をクリスが使うと、駄妹の攻撃手段じゃ防御結界を突破できないからな。
「ええ、構いませんわよ」
「ありがとう存じます! お兄様、開始の合図を!」
なぜか毎回審判をやらされるのだが、一度も承諾した覚えはない。
ただこのまま放置しても時間の無駄だからさっさと始めさせるか。一瞬で終わるだろうし。
二人の様子を見ると、五十メートル程の距離をあけた状態で対峙し、俺の合図を待っている。
「じゃあ準備はいいかー? 始め!」
俺の合図と同時に駄妹がクリスに向かって駆け出す。
ガチャガチャ金属音を鳴らしながら走ってるが、重そうな全身鎧を纏ってるにしては速いスピードだ。移動速度を上げる魔法は中級以上だからこれ以上速度は上げられないだろうが。
「
「ふふふ! 効きませんよ姉上!」
クリスが氷の矢を発射するも、疾走するクリスの纏う鎧に着弾した瞬間にポンっと音を立てて氷の矢が消失する。
「
「無駄ですよ!」
クリスは氷の矢を消された瞬間に次の魔法を放つが、これも一瞬駄妹を霧のようなものが包み込んだだけですぐに霧散してしまう。
「おお、予想より反応装甲の派手さはないけど、ちゃんと無効化してるな!」
「そうじゃろ? 魔法が効かない鎧ってだけで浪漫じゃろ?」
「わかる」
浪漫大好き爺さんの意見を肯定していると、駄妹がクリスとのクロスレンジにまで到達した。
近寄られる前に落とし穴に落とせばいいのにと思ったが、バトルトーナメントルールだと試合会場を大きく変形させたりする魔法は初級でも禁止のルールだった。落とし穴が使えたらあっという間に終わるからな。
だからこそ駄妹はあんな重武装で挑んだんだろうけど。
「せいっ!」
一気にクリスとの距離を詰めた駄妹が模擬剣を振るう。
「甘いですわ
左手に風の防御魔法を発生させたクリスは駄妹の剣撃を防ぐ。
「
「
続いて駄妹が発動させた氷の槍もクリスは空いている右手に防御魔法を発生させてこれも防ぐと、両手を広げたような格好になる。
それを見て取った駄妹がクリスに抱き着くように一瞬で密着すると、密着した場所からファイアーボールのような魔法を発動させ、クリスを十メートル程吹き飛ばした。
駄妹は鎧のおかげか、その場に平然と立っていた。
「姉上に勝った!」
「そんなわけないでしょう」
吹き飛ばされたクリスが一息に距離を詰め、勝利宣言した駄妹に蹴りを入れる。
「くっ!」
今度はクリスがお返しとばかりに駄妹を十メートルほど吹き飛ばす。
「なるほど、そういえば
「へっ?」
「だから詰めが甘いのですよシルヴィア……
クリスが虚空に数百本もの氷の矢を生み出し、一斉に駄妹に向かって射出する。
「姉上! 私に魔法は効きませんよ!」
豪雨のように降り注ぐ氷の矢。
そういや今日は水魔法しか使ってないなあいつら。火は危ないし、土は視界が悪くなるしで色々考えてるんだろうけど。
「兄さま姉さま、少し寒くなってきたので暖房魔法を結界内で使いますね」
「ありがとークレア!」
そういやクレアとエリナ、ミコトとエマも一緒に観戦してたのを忘れてた。
というか観戦側は随分緩い空気なのな。たしかに氷魔法の応酬で寒くなってきた気がする。
再び視線を戻すと、初回の攻撃をすべて無効化した駄妹に向かって、クリスは再度同じように氷の矢を降らせる。
「シルビア、その
「へ? 永続じゃないのですか?」
「そんなに便利なわけがないでしょう。魔法を無効化するのに鎧のあちこちに仕込まれた魔石の魔力を消費しているのですよ」
「え? では……」
「どれくらい持つのか身をもって体験なさいシルビア。魔石に込められた魔力が無くなって無効化の効果が切れたら、貴女の初級魔法ではわたくしの攻撃魔法は防げないのですからね」
「ちょっ! 待っ!」
「問答無用!」
大量の氷の矢をぶち込まれてあっという間に魔法を無効化できなくなったあとは「痛いです! 姉上! ごめんなさい!」と駄妹の声が響き始める。
無表情で威力を弱めた攻撃魔法をちまちま当てまくるクリスが恐ろしい。
よっぽど先ほどの悪口が頭に来てるんだろうな。
「シルお姉ちゃん今日も残念だったね!」
「ゼロ距離で攻撃魔法を使うのは他の人には有効かもしれませんが、クリス姉さまは全身を防御魔法で覆えるほど形を操れますからね」
「クレアも結界の形は自由に変えられるだろ?」
「クリス姉さまは本当に全身に纏えるんですよ。動くたびに形状を変えているんです。私にはそこまでの技術は無いですよ兄さま」
一般の術者の行使する防御魔法は一番力場を安定させるのに簡単な球形が一般的である。同じ力場を形成する風縛などもそうだが、熟練すれば球形以外にも自由に形状を変化させることが出来る。
ただし自分の動きに合わせて常に形状を変化させるのは高度な技術なのだ。
今回の駄妹は、両手を広げさせたクリスに密着して攻撃魔法を防御魔法越しに直接当てようという作戦だったんだな。失敗したけど。
「そろそろ終わったかな?」
「さっきからシルお姉ちゃんが『降参します!』って叫んでるよお兄ちゃん」
「武器を手放してないからルール上、降参は認められないんだよな。あれは氷魔法かなんかで武器と手を接着されているだろ。毎度のことだけどえげつないな」
「気絶するまで待つしかないのかなあ? シルお姉ちゃんがんばれー!」
「「がんばれー!」」
エリナが駄妹を応援すると、ミコトとエマも一緒になって応援する。この状況で応援してもな……。
結局、今回の姉妹喧嘩もいつも通りクリスの勝利で終わったのだった。
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