第七話 姉妹喧嘩


「えっ? 今年ですか? 出ませんわよ」


「なぜですか姉上!」



 ある日、朝の弁当販売を終えてリビングに戻ると駄姉妹が言い争いをしていた。

 というかシルが一方的にクリスに絡んでいるような状況だったが。



「忙しいからですけれど……。今年はアイリーンの代わりに文官採用試験の面接官をしなければなりませんの」


「そんな! では姉上の勝ち逃げではないですか!」


「シルヴィアの勝ちで良いですわよ」


「くっ! そうですね! もうとうが立ってしまった姉上には、若さ溢れるわたくしにはもう手も足も出ないでしょうからね!」


「……今なんとおっしゃいまして?」



 周囲の気温が一気に氷点下になったような錯覚を起こさせるほどのクリスの低い声がリビング内に静かに響き渡る。

 おい馬鹿やめろ駄妹……。

 ガキんちょどもはすでに登校済み。サクラは育苗で朝から登城し、一号も鍛冶場に向かった。ミコトやエマはエリナとクレアと一緒に外にいるので、今はリビングには俺と駄姉妹以外は誰もいない状態だ。



「待て待て駄姉、こんなところで威圧するな」


「久々に旦那様に駄姉と呼んでいただいて嬉しいのですけれど、流石に今のシルヴィアの発言は許せませんわ」


「駄姉って呼ばれるのが嬉しいのかよ……」


「愛が籠っておりますから」


「籠めてるつもりはない」


「お兄様からも姉上に言ってやってください!」


「駄妹もいい加減にしろ」


「ああ! お兄様から久々に……いえ先日も駄妹と呼ばれましたね。やはりわたくしはお兄様に愛されているのですね! 姉上と違って!」


「おい馬鹿やめろ駄妹。そういう所だぞ」


「シルヴィア……貴女は命が惜しくないようですわね……」



 しんと静まり返った氷の世界のようだったリビングに、今度は<ゴゴゴ>と今にも火山が噴火しそうな音がする。

 もうやだこの駄姉妹。



「待て待て待て! まずはなぜこんなことになってるのか説明しろ! 全然わからんぞ」


「聞いてくださいお兄様! 今年のバトルトーナメントに姉上が参加しないって言うんです!」


「クリスは去年の優勝者だろ? なぜ出ないんだ? そりゃクリスにしてみれば賞金の額も副賞もしょぼいけどさ」



 そうなのだ、クリスは一昨年、昨年に行われたバトルトーナメントの魔法あり部門で連覇を成し遂げている。

 シルは毎年クリスに敗北して連続二位という結果だ。

 ちなみに優勝賞金は金貨十枚、副賞として名馬一頭、平民身分であれば騎士爵への叙爵、爵位持ちであれば陞爵しょうしゃくも考慮されるのだが、領主夫人の立場と伯爵位を持つクリスにとっては必要のない物だろう。



「報酬の問題ではなく、単にわたくしが忙しいからですわ旦那様」


「そういやさっき言ってたな、面接官をするんだって?」


「ええ、当日は王都からこの春に入寮する貴族の父兄が説明会を兼ねた見学会の為に来訪いたしますからね。入寮するのは王都の下級貴族の子弟ですから、伯爵位のわたくしが案内するわけにも参りませんので」


「騎士爵のアイリーンなら下級貴族の相手にちょうどいいってわけか」


「ええ」


「ならシルが今年の優勝候補筆頭じゃないか。よかったなシル」


「お兄様! 姉上が不在の大会で優勝しても意味がないではないですか!」


「言われればその通りなんだけどな」


「と言われても、文官の採用試験である採用試験の面接と、武官の採用試験であるバトルトーナメントは同日開催ですからね。バトルトーナメントへの参加は公務を優先させますので不可能ですわ」



 採用試験は一週間にわたって行われるが、面接試験は最後の三日かけて行う。この三日間でバトルトーナメントを開催するのだ。

 文官試験と武官試験の日程をずらせばいいんだけどな。実際、宿泊施設とかこのイベントのせいで満室状態になるし。

 受験者の宿泊所は確保済みなのだが、バトルトーナメント観戦の為に周辺領から大量に見物客が訪れるのだ。



「しかし勝ち逃げはずるいです姉上!」


「めんどくさいなシルは」


「でしたらこうしましょう」


「何かいい案でもあるのかクリス」


「シルヴィア、今すぐ武装して表に出なさい。ぼっこぼこにしてやりますわ」


「落ち着いたかと思ったら滅茶苦茶怒ってるじゃねーか!」


「望むところです姉上!」


「お前も毎回のように姉妹喧嘩しても手も足も出ずに負けるんだからいい加減に理解しろよ!」


「今すぐ準備してきます!」



 俺の制止も聞かずにシルは自室にダッシュする。装備はマジックボックスに収納しているだろうから何を取りに向かったんだ? 相変わらずあいつの思考が読めない。

 あ、着替えかな? この場で脱ぎ出さないでよかった。



「なあクリス……」


「ご安心くださいませ旦那様。命までは取りませんわ」


「余計心配だわ!」



 頭に血が上っているのか、物騒なことしか言わないクリスをなんとか止めようとするが、そもそもこいつは物騒なことしか言わない人間だった。 

 もうこの駄姉妹は放置して見捨てるかと考えていると、エリナとクレアがミコトとエマを連れてリビングに入ってくる。



「お兄ちゃんどうしたの? そんなに大きな声を出して」


「姉妹喧嘩だよ。またシルがクリスに喧嘩を吹っ掛けやがった」


「シルお姉ちゃんは元気だね!」


「そういう問題じゃねー!」


「旦那様そろそろ表に出ましょう。旦那様には審判をしていただきたく存じます」


「毎回俺を巻き込むなよ……」


「兄さま、クリス姉さま、防御魔法はお任せください!」


「クレアちゃんの防御結界なら最上級魔法でも防げますからね、国内でも有数の使い手ですから安心ですわ」


「てへへ、クリス姉さまほめ過ぎですよ」


「お兄ちゃん楽しみだね!」


「もうやだこの嫁たち」



 まだ自室で着替えてると思われるシルを放置して、俺たちはぞろぞろと家の外へ出る。



「お兄ちゃん、今日こそはシルお姉ちゃんが勝てるかなあ?」


「無理だろ、クリスの防御結界を突破する手段が無いんだぞ。っとそうだメイドさーん」


「お側に」



 メイドさんを呼ぶと、いつものようにミニスカメイドさんが現れる。



「念のため魔導士協会で手の空いてるやつを連れてきて、特に防御結界と治癒魔法系が得意な奴。あといつも通りメイドさんたちで防御結界を張っておいてくれ」


「はっ」



 そう短く答えたメイドさんは、短いスカートをはためかせて一瞬で姿を消す。

 めくれそうでめくれないのが凄い技術だよな。



「お兄ちゃん! もう!」


「はいはい。すまんすまん」



 エリナの抗議を聞き流しながら、いつの間にか姉妹喧嘩の定番の場所になった庭先に向かう。

 ベンチなども設置されており、ガキんちょどもがいるタイミングで姉妹喧嘩が勃発した場合でも全員が座ってゆっくり観戦できるのだ。

 毎回一瞬で終わるけど。


 今回は何秒で終わるのかね。



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