第四十二話 留学制度


「旦那様、アイリーンが参りました」



 朝の弁当販売のサンドイッチを作っている最中にクリスが厨房に入ってくる。



「緊急か?」


「いえ、朝食後でも結構とのことです」


「ならリビングに通しておいてくれ。エリナもいるし」


「かしこまりました」



 朝の弁当販売は順調すぎて、俺一人でサンドイッチを用意しても間に合わないほどだ。

 寮母はじめ寮の職員を総動員して対応している。それでも一時間もかからずに売り切れてしまうのだが。

 一号たちの物販コーナーも好調だ。と言っても学校が始まっている関係上、昔ほど工作物が作れないので受注メインの販売に切り替えている。


 昼にも売って欲しいという声は多い。

 そろそろ専用の職員を用意するころかな。雇用拡大にもつながるし。

 あまり大々的に売り出すと他の店の売り上げが下がったりしそうだけどな。



「クレア、もし店員や調理人を雇うとなると朝と昼の販売だけで給料どれくらい出せる?」



 サンドイッチを量産しまくってる俺の横でパスタソースを作っているクレアに聞いてみる。



「お昼の売り上げ次第ですけれど、朝の仕込みから来ていただけるならフルタイムのお給料を出せると思いますよ」


「人を雇ったうえで孤児院の資金と人件費が出ればいいんだけどな」


「単価が安いですからねえ」


「まあちょっと頭の隅にでも置いておいてくれ。雇用を増やすのは大事だけど、他の店の売り上げを奪って潰しちゃったりでもしたら本末転倒だ」


「そうですね、色々考えておきますね兄さま」


「頼むなクレア」



 だがクレアはまだ十二歳だ。なんで経営の相談とかしてるんだ俺は。しかも同業他社を潰さないように考慮しろとか随分めんどくさい内容だぞ。

 それでもクレアなら何とかしちゃうんだけどな。



「兄さま、今日の分のパスタが終わったのでさんどいっちを手伝いますね」


「おう頼む」



 クレアも加わったおかげで、俺たちのノルマは終了した。

 あとは寮母たち職員の作った分と合わせて販売するだけだ。



「朝食の支度を始めちゃいましょう」


「今日はアイリーンの分もあるからな」


「はい兄さま」





 朝食が終わると、同じく朝食を食べ終えたアイリーンが書類を持って俺の側にやってくる。



「閣下、お時間を頂きありがとうございます」


「仕事だし気にするなっての」



 アイリーンの差し出してきた書類を受け取り内容を確認する。

 王都の孤児院長と孤児をファルケンブルクの学校寮に受け入れる件は前々から協議していたから良いとして……貴族の留学生?



「留学生って?」


「はい。来年度より王都在住の貴族の子弟を十人ほど留学させたいということです。一人当たり年間金貨三枚の受講料兼生活費を支払うとのことです。魔導士協会の協会員がほとんどファルケンブルクへ異動しましたからね。魔法を教えてくれる家庭教師の数が激減しているのです」


「なるほど、それで高騰した家庭教師料の払えない貴族の子弟を受け入れてほしいと」


「王都の貴族学校へ通っている男爵以下の貴族は魔法科の授業があるので問題はないのですが」


「ちょうど中間層あたりの貴族が困ってるわけか」


「王都の貴族学校は定員がありますし、下位から順に採用される規定ですからね」


「魔導士協会の本部がファルケンブルクに置かれた弊害か」


「王国宰相代理閣下のおっしゃるところでは、これを奇貨にしろと」



 奇貨か。王都の貴族連中に学校制度の有用さを見せつけて、王都でも貴族平民の区別なく学校制度を導入させるって感じかな。

 流石シャル。有能だな。

 あとは本格的な学校制度を始めるなら魔導士協会の連中を何人か王都に派遣するってのを交渉材料に使ってもいいか。そのあたりは爺さんと相談だけどな。


 シバ王がしばき倒した地竜は、全身に打撃痕があるだけでそれ以外の外傷が全くなく、心肺停止していただけというこれ以上ないくらいの状態だったとかで、魔導士協会の連中全員が総出で是非売ってくれと懇願されたほどだ。

 アイリーンが価格交渉をしてた時、爺さんは真っ青な顔で「分割でお願いしますじゃ」と土下座してたなそういや。全額領地の予算にして良いっていったからいくらで売ったのか知らんけど。

 天竜、火竜と超高額素材の買取が続いて資金不足に陥ってる魔導士協会なら、ローン残高のいくらかを免除するって言えばこちらの要望を飲ませられそうだし。



「わかった。せいぜいもてなしてやるか。連中が王都に帰った時に、学校制度の良さを喧伝してもらえばシャルも動きやすいだろ」


「特に魔法科の授業はロイド卿、クリス様をはじめ、王国内でもトップクラスの講師陣を擁していますからね。子弟の留学を希望する上級貴族も一定数いるとの噂があるようです」


「魔導士協会の連中はほとんどこっちに来ちゃったからなー。王都に残った副協会長も凄い人らしいから、シャルの周囲の安全は保障されてるって話だけど」


「副協会長はほぼ無傷の地竜を見に来ていらっしゃいましたよ」


「簡単に王都から離れるなよ……」


「宿場町が完成したので宿場町からファルケンブルク領へは、朝出立すれば日が落ちる前に到着できるようになりましたからね」


「王都側も、未明に出立すれば日が変わる前には宿場町に入れる程度には整備されたからな」


「王都とのアクセスが良くなったおかげで王都への輸送コストが下がりましたからね」


「宿場町自体でも利益が出てるんだろ?」


「野営の道具が必要なくなり、食料や飼料をそれほど持たなくても宿場町で購入すれば良いということで、その分積み荷を増やす業者が増えました。宿泊所もそうですが食料品なども順調に売れております」


「今まで二泊分の食料や野営道具を積んでいたスペースが有効利用できるようになるわけだからな。しかも野営より官営の宿泊所の方が安全なのは間違いないわけだし」


「宿場町から王都までの街道敷設工事は本年度中に終了見込みです。それが終わり次第、東の宿場町から亜人国家連合までの敷設工事を計画しております」


「それはまた壮大な」


「まだ計画段階ですけれどね。さすがに工期が長くなりすぎるので、魔導士協会の協力を仰ぐ形になりますが」


「使えるモノは使わんとな。こちらに負い目を感じてるうちに」


「星型要塞工事もそろそろ始まります。彼らは必死に働くと思いますよ」



 ニヤリと微笑むアイリーン。ちょっと怖い。

 とはいえ留学生を受け入れるのは有用だな。授業料もそこそこ高額だし。

 ファルケンブルク領の平民がすでに魔法を使えるっていう現状を見れば、王都でも学校制度を作ろうって話になるかも。


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