第三十一話 町を大きくしよう


 女官の淹れてくれたお茶を飲みながら、先ほどアイリーンが口頭で報告した収益の報告書に目を通していく。

 公共事業の分を含めても黒字なのか。

 まあ領主家の財産も突っ込んでる状態だし魔導士協会の無償援助とかもあるしな。



「収益に関する報告はこれでいいとして、次の議題は?」


「町の拡張に関する議題ですね」


「第三城壁か」



 現在ファルケンブルクの町は、城を中心に貴族街を囲っている第一城壁、そして町の外郭を形成している第二城壁構造になっている。

 とは言え第一城壁の一部は撤去されており、すでに防御施設としての機能は有していない。

 裏口は学校の校庭と繋がってるしな。

 貴族街との往来をチェックする関所として機能しているだけだ。



「現在ファルケンブルクの町は二キロ四方の正方形の城壁に囲まれておりますが、更に拡張した城壁で囲う計画がこちらです。プランとしては二つあります」



 アイリーンが女官に目配せをすると、俺の前に三枚の計画書が置かれる。

 一枚は費用や新設部分の施設や移住計画などを纏めたもの、そしてもう一枚が現在のファルケンブルクの城壁をそのまま一キロほど拡張させた正方形の予定図、最後の三枚目は滅茶苦茶手が込んでる拡張予定図なんだが……。



「三枚目のこれってさ、五稜郭、いや星型要塞って言うんだっけ」


「流石閣下、お目が高い。そちらの計画でよろしいですね?」


「なんでだよ。どこと戦うつもりなんだよ」


「仮想敵としては王都、亜人国家連合など周辺国家全てを常に想定しておりますが」


「考え方が物騒なんだよ! たしかに星型要塞にロマンがあるのは認めるが、生活するには明らかに不便だろ」


「しかし火砲や魔法攻撃に対抗するにはこの形の方が……」


「だからどこが攻撃してくるんだよ……」


「ちとよいかトーマよ」


「なんだよ爺さん」


「このあたりは地竜や火竜が出るじゃろ? アレに対抗するにも星型要塞は便利なんじゃよ。バリスタや投石機、高射砲なんかも用意するから天竜や空竜にも対応できるぞい」


「それを言われると反対できないな。現に半年かそこらの間隔で一匹湧くような状態だしな……」



 たしかに地竜やブレスを吐く火竜が今の城壁で防げるかは怪しいところだしな。

 高射砲という単語の意味が分からんが、前に見たワイバーンですら現状だと防ぐ手立てが魔法しかないんだよな。



「それに実際に建築するのは儂らじゃしの。城壁建設に関しては領地の予算は気にしなくてよいぞ」


「地ならしや城壁建設を魔導士協会でやってくれるのか?」


「そうじゃ。もちろんこちらにもメリットはあるんじゃがの」


「メリット?」


「新区画の一部を譲渡してもらうんじゃ。あとは星型要塞の各先端部分にも防御施設を兼ねた出張所を建てるぞい」


「アイリーンが許可してるなら構わんが、今の魔導士協会の建物はどうするんだ? 学校の敷地に建てたやつ」


「あれはそのままじゃな。公園の遊具の管理や城、学校への人員の派遣などがあるしの」


「あまりこっちに魔導士を連れてきちゃうと王都の魔導士協会本部がスカスカになるんじゃないか?」


「ん? 魔導士協会本部はこっちに移したが」


「なんでだよ、シャルに協力してやってくれよ」


「王都の魔導士協会はシャルロッテ王女、いや王国宰相代理シャルロッテ・クズリュー伯爵夫人の私設組織として編成しなおしたから、寧ろ以前より協力的じゃぞ」


「極端すぎだろ」


「一応魔導士協会支部としての機能も残してあるから心配はいらんぞい」


「お前らの心配は最初からしてないぞ爺さん」


「冷たいのう……」


「実際シャルの立場はまだまだ確立できてないんだぞ。魔導士協会の後ろ盾あってのものだからな。そこは忘れるなよ」


「そこはトーマとの約束じゃし任せとけ。幸い良好な関係を築いておるしの」



 爺さんがドヤ顔でお茶を一口飲む。

 シャルに協力的ならば別に構わんか。本部と支部機能の違いなんぞわからんからどうでもいいしな。



「閣下、星型要塞にする場合には魔導士協会が全面協力をしていただけますし。どうでしょうか? 是非星型要塞にしましょう」


「ファルケンブルク単独でこれだけの工事をやろうとすると上級の土魔法を使える術者も少ないしな」


「といって外部から術者を招聘すると人件費も高額になりますからね」



 そうなのだ。

 ファルケンブルクで役職付きで働いてる官僚や文官を動員する場合なら特別手当程度で済むが、魔導士協会や、王都、周辺諸侯領にいる術者、フリーの術者あたりを招聘するとかなりの金額になるのだ。

 普通に土木工事業者に依頼したほうが安く済むのだが、魔法を使って行う土木工事は工期が極めて短くなるメリットがある。

 

 だが一番の問題は、招聘した術者に高額な報酬を渡しても、王都や周辺領でその金を使われることなのだ。

 ファルケンブルクで得た金は、できるだけファルケンブルク領内で消費してもらいたい。

 それを考慮すると、公共事業は領民を雇用して報酬を渡し、領内でその金を消費するというサイクルに組み込めるので、経済効果的にはメリットしかないのだ。



「拡張した区画の一部と、五芒星の各頂点部分に魔導士協会員が数名常駐できる施設の土地を融通するだけで無料でやってくれるならありがたいくらいだけどな」


「はい。希望の区画も北側の一等地ではありますが、それほど広くはありませんので」


「王都側か。まあ良いんじゃないか? 仕方ない。ならこの三枚目の星型要塞の図面で作るか」


「第二城壁の撤去や外郭の水堀も魔導士協会が行うとのことですので、こちらは大分助かりますね」


「うちでやるのは各区画にどんな施設を作るかってことか」


「『トーマディスティニーランド』略して『TDL』は南側のどちらかの区画に作る予定です」


「おい馬鹿やめろ」


「何故でしょうか?」


「危険だからだ。あと俺の名前を使うな、ディスティニーの意味も分からんし」


「でしたら『アルティメットスーパージョイランド』略して『USJ』とか」


「それならUSJLだろ。危険な方に寄せていくな!」


「でしたらどうすれば……」


「『ファルケンブルクランド』とかでいいだろ」


「ドイツ語の地名にランドをつけるなんて非常に頭わ……非常にシュールですね閣下」


「ドイツ語とか言ってんじゃねーよ。でもたしかにドイツ語読みだとラントになるんだっけ? ならパークでもいいか」



 言語変換機能がもうわけわからない状態だな。

 あと頭悪いって言いかけなかったか? まあいいけど。

 いろんな国の言葉を混ぜて造語するのって日本人特有なのかね。

 アイリーンも亜人国家連合との交流が始まった関係で日本語を勉強してるからな。言語翻訳機能越しだと現地語か日本語かどうかの区別がつかん。



「でしたら『ファルケンブルクパーク(仮称)』にしましょう」


「まあ名前なんて適当でいいんだけどな。しかし星型要塞ね、かなり大規模になるっぽいな。敷地的には倍以上になるのか」


「ファルケンブルクも住民が増えて少し手狭になってきましたからね。ゆくゆくは十万の領民を抱える城郭都市になるかと思いますよ」


「今の倍になるって簡単な事じゃないとは思うが、あらかじめそれくらいの住民を許容できるような都市計画は必要だろうな」


「現時点でも弊害が出てきていますからね」



 土地が足りてない状況になっているにもかかわらず、貧民街とか旧貴族の別荘地なんかには人が寄り付いてなかったからな。

 導線や利便性なんかも含めてここで一気に町の区画を整理する予定だ。

 下水道も完全に繋げて衛生状態も良くしていかないと。



「あとは集合住宅だな」


「集合住宅に関してはひとまず公営で運用します。貧民街から移住してもらう場合は固定資産税や家賃は格安で提供する予定です」


「それでも払えない場合は職業斡旋ギルドで生活支援金の一部として家賃の負担なんかもできるしな」


「はい。ある程度計画が進み次第、住民の移住をお願いに回る予定です」


「何度も言うけど決して強制的な移住は駄目だからな」


「はい。お任せください」



 そのまま城壁を広げる拡張工事だと思ったらなんと星型要塞になっていた。

 でも竜対策って言われたら賛成するしかないんだよな。実際に頻繁に遭遇してるし。

 よく今まで竜の被害が出なかったなこの町。

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