第三十話 仕事始め
休暇も終わり、城で働く連中は今日から仕事始めだ。
と言っても休めない部署もあるので交代制で勤務してた連中はいるのだが。
新年の顔合わせも兼ねて今日は領主会議を行うのだ。
今日は学校も新学期が始まるのでクリスとシルはすでに学校へ行っている。
生徒の健康診断と魔力量の検査も実施する関係上、子ども達が気を許しているクリスは特に外せない。
年末年始食わせまくったから健康診断の結果が怖いな。魔力量もひょっとしたら増えてるかもしれない。
「では閣下、参りましょうか」
昨日うちで強制的に眠らされていたアイリーンと一緒に城へ向かう。
魔導コースターでな。
通勤列車扱いだが、大人二人で乗り込む姿がシュール過ぎるだろこれ。
まあ仕方がないと観念してアイリーンと二人で乗り込む。他に乗客はいないので俺が会議に出席するためだけに動かすのだ。
魔力の無駄遣いだな。
こんな利用状況なのに、魔導士協会から派遣された運行管理の係員が一人常駐している。
試験運用中ということで人件費は無料だが、この辺りも考えていかないと。
俺たちが安全ベルトを締めたのを確認すると係員が魔導コースターを発車させる。
カタカタと音を鳴らしながらコースターがゆっくりと進んでいく。
「乗り心地は良いんだけどさ、校舎の中を通過する時の騒音問題とかはどうなってるんだ?」
「防音魔法で車両の周囲をまるごと覆っておりますから外部には漏れませんよ。レールを伝わる振動も消していますしね」
「無駄に技術力を発揮してるな。今回は材料費だけで済んだから良いけど、本番はコストもちゃんと考えないと駄目だぞ。維持管理費もあるんだし」
「はい、かしこまっております」
コースターが学校の校舎内を抜け、城のバルコニーへと到着する。
所要時間は学校のベランダに停車した時間を入れなければ十分くらいか?
家から馬を使って城へ行く方が到着時間が早いのな。
コースターから降車して会議室に向かって歩いていく。
「そうだ、クレアから昼食とおやつの差し入れがあるから渡しておく」
「はっ。いつもありがとうございます」
バルコニーに到着したときから俺たちに付き従っている女官にアイリーンが視線で促すと、俺がマジックボックスから取り出した大量の弁当箱を次々と受け取っていく。
会議参加メンバー分の昼食とおやつを女官に渡したあとは、アイリーンと二人で会議室に入る。
「みんな揃ってるみたいだな。っていうか今日は爺さんもいるのか」
「今日の議題には魔導士協会が関連する件があるんじゃよ」
爺さんの座る位置は俺の座る位置の左手側の一番手前。アイリーンの次席になる。今までの会議で座ってた愉快なおっさんはアイリーンの横、三番目の位置だ。
爺さんは侯爵だから爵位で言えば伯爵の俺より上の立場なのだが、領主主催の会議ということで領主の俺や領主代行の肩書を持つアイリーンの次の席次なのだろう。
普通に領主に向かって「ひゅーひゅー」とかいう連中だから適当なのかもしれない。
というか領地の財政状況の話とかするんだけど部外者の爺さんに聞かせていいものなのか?
まあアイリーンも爺さんも気にしてなさそうだし構わないのだろう。
「じゃあ始めるか」
俺がいつもの上座に座って開始宣言をすると同時にアイリーンがスッと挙手をする。
いちいち許可を取らないでいいぞと言いたいところだが、結局アイリーンを困らせるだけなので頷いて発言を許可する。
「閣下が領主になられてから廃止した例の平民のみに課せられていた悪法ですが」
「結婚税と死亡税か」
「はい。結婚税は元々領外への労働力の流出を防ぐための物でしたが、ファルケンブルク領を中心に住民の動きが活発になりましたからね。廃止したことによってよりファルケンブルク領に多くの住民が流入してくることになりました」
「その分他領からファルケンブルク領への納税額を減らしたんだろ?」
「結婚税廃止は実質周辺領への収入減になりますからね」
「不満が出てないならいいが、向こうに損をさせるようなことは駄目だからな」
「はい、総合的に見れば周辺領の方が負担減になっておりますので問題はありません」
今はファルケンブルク領への移住が増えてる状態だからな。そろそろ周辺領も潤うような政策も考えていかないと。
クリスたちの縁戚だからといっていつまでも味方でいてくれるわけじゃないからな。美味い汁を吸えると思わせないと。
「死亡税、実質相続税の廃止は、いくら平民だけとはいえ結構な減収になったんじゃないのか?」
「豪商など大店の経営者の死亡税の減収は顕著ではありますが、毎年一定の納税額が期待できるものではありませんしね。庶民にとっては高額でも我々施政者側にとってはさほどの金額ではありません。不平不満を抑える為の費用と考えれば問題は無いかと」
死亡税とは今でいう相続税だ。金額も総資産の半分ほどと規定されていたが、富豪ならともかく、庶民までこんな金額を取っていたら財産が一切残せないからな。
「その分累進課税に上乗せして金持ちからは多目にとるようにしたんだろ?」
「と言っても数パーセントですけれども。あまりに累進課税を進めると労働意欲の低下や移住に繋がりますからね」
「全体的には減収になってるんだよな。固定資産税も減税したし」
「そうですね。ただし直轄領での増益や交易での収益などで全体的には増収にはなっています」
「無駄な部署なんかも無くした効果も出てくるだろうし、貧困層をなくすことで優良な納税者になってくれれば結果的にはプラスになると思うが」
「はい。公共事業をおこなっているおかげで、領内での消費行動が顕著に伸びています。物価が上昇傾向になっていたのですが、亜人国家連合からもたらされた交易品もあり、緩やかなインフレ傾向のまま維持できていますね」
「輸入品を販売する直営店の売り上げも好調なんだよな」
「物価に合わせて販売価格を設定してますので利益率はかなり良いですね。安く売ってしまうと民間の市場を奪ってしまうことになりますし」
「一応亜人国家連合からの輸入品は贅沢品扱いでプレミア化してるから庶民にはあまり関係ないしな。うちではちょいちょい買ってるけど」
「初収穫した米も好意的に受け入れられていますし、来年以降も開墾地を増やすことでより増収のめどが立ちました」
「領地の利益としてはプラスってことなんだな」
「はい。閣下の推進されている学校運営と貧困層への救済策も来年以降は更に予算を増やせるかと」
「正直税制やら予算枠なんかの細かいところはお前たち専門家に任せた方が良いだろうしな。任せるよ」
「閣下のご期待に応えられるよう全力を尽くします」
「尽くさんでいい尽くさんでいい。ちゃんと信頼できる部下にある程度負担させるように」
「……鋭意努力しますね」
アイリーンは俺から目線を逸らして返事をする。
こいつ……。
たしかに財務担当官だから、他人に手を入れられたくないのはわかるんだが。
「他の連中も頼むぞ。アイリーンの負担を減らしてやるように」
「「「はっ」」」
「そこの人、ちょっとお茶を淹れてくれるか?」
俺のそばに控えている女官にお茶をお願いすると、頭を下げて退室する。
メイド服じゃないから残念、じゃなかった俺専属ではないのかな。勝手に仕事お願いしちゃったけど。
学校や貧困層対策で結構な予算を使わせちゃったけど、税収に問題が無いならよかった。
と言っても公共事業でガンガン予算使ってるしな。
今日はその公共事業の議題も予定されてるし、クリスがいなくて大丈夫なのか俺。
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