第十九話 野球をしよう
クリスマスイヴが明けた翌朝、孤児院のガキんちょどもはサンタさんからのプレゼントに大興奮だ。
朝の弁当販売に向かうときに、一号やクレアが部屋の中でキャッチボールをしたり素振りをするのを禁じるほどだったと報告があった。
随分はしゃいでるな。
弁当販売は順調だ。販売量の増加とともに作る量が増えたので寮の職員にも増援を頼んでいるのだ。
おかげでメニューを増やすこともできたので一緒に菓子パンも販売しているが、こちらも好評だ。
寮母によると、寮生もクリスマスプレゼントに大はしゃぎだったらしい。いきなりバットやグローブ、ボールを持ってグラウンドに行こうとするガキんちょどもを制止するのに苦労したとのこと。
寮の職員や教師にはクリスマスプレゼントじゃなく、冬のボーナスとして一ヶ月分の給金の額を出しておいた。
この世界にはボーナスという風習が無かったので驚きながらも喜んでくれた。
公共事業に従事してる作業員には年末年始の手当てとして、労働期間に応じて寸志程度を出す予定だ。
朝の弁当販売が終わって朝食を食べた後、俺とクレアで食器などの片づけを始める。
婆さんとクリスとシルは今日は授業があるためにガキんちょどもと学校へ行っているので、エリナは一人でミコトとエマの世話をしている。
「兄さま、今日の売り上げも順調でしたよ」
「孤児院運営だけなら十分これで賄えてるよな。寮の職員も人件費無しで動員してるからだけど」
「その代わり寮の職員さんたちのぼーなすは孤児院の予算から出てますからね」
「寮の職員は朝早くて夜も遅いしで大変だからな。夏のボーナスは増額してもいいかも」
「そうですね、お弁当販売の利益に応じて変動制でもいいかもですね兄さま」
「そうだな。最低一ヶ月分は保証したいところだけど。……っとこれで終わりかな」
「兄さま、お茶と蜜柑を持っていきますから先に姉さまのところへ行ってあげてください。姉さま一人でミコトちゃんとエマちゃんの相手は大変でしょうし」
「わかった。ありがとうなクレア」
「いえいえ」
クレアのお言葉に甘えてリビングのエリナのもとに向かう。
「あ、お兄ちゃん。お疲れ様!」
「ぱぱ!」
「エリナの方が大変だろ。ミコト、パパのお膝に座るか?」
「あい!」
エリナの膝の上に座ってたミコトが立ち上がり、エリナの横に座った俺の膝の上に座る。
「ミコトは可愛いなー」
ミコトの艶やかな黒髪をわしわしと撫でると「きゃっきゃ」とご機嫌だ。
「兄さま、姉さま、お茶をお持ちしました」
クレアがお茶セットが乗せられたお盆と蜜柑の入った籠をテーブルに置き、俺を挟んでエリナと逆の方に座ると「まま!」とミコトがクレアの膝の上に移動する。
悲しい。凄く悲しい。
仕方がないので、唯一両手がフリーになった俺がエリナとクレアにお茶を淹れていると、どたばたとシルがリビングに入ってきた。
「お兄様! 一緒に野球をしましょう!」
「なんでだよ。寒いのに」
シルはきっちりユニフォームを着こんでいた。
某プロ野球チーム風のデザインでいつもの服屋に作ってもらった。
背ネームも入ってるし、背番号も全員に割り振ってある。
男子はホーム、女子はビジターで色分けをしている程度でデザインは一緒だ。
「見学用のベンチもありますから、エリナちゃんとクレアちゃん、ミコトちゃんにエマちゃんも見学できますよ!」
「話を聞け駄妹。野球は冬の間はオフシーズンなんだぞ」
「ぱぱおしごとしないの?」
「よしシル野球やるぞ」
「はい! お兄様!」
「エリナとクレアは、もし見学するならちゃんと防御魔法と保温魔法を使うようにな。ミコト、パパお仕事行ってくるからな!」
「あい!」
「さあガキんちょどもに野球ってもんを教えてやるか!」
「お兄様かっこいいです!」
自室に戻ってユニフォームを着る。背番号は「1」背ネームは「TOMA」だ。
亜人国家連合の公用語は日本語だが、野球の背ネームに関してはわざわざオリジナルと同じようにアルファベットを用いているとのことで同じ仕様にした。
ソックスやバッティンググローブなどは個人に配布しているが、ヘルメットやキャッチャー用プロテクターなんかは数チーム分しかないので個人配布はしていない。
着替え終わり、グローブとバット、ボールを持ち、スパイクを履いて意気揚々と外に出る。
……滅茶苦茶寒い。
どうしようやっぱリビングに戻るかな。
いや待て、ここで戻ったらミコトにまた何か言われてしまう。
軽くキャッチボール程度だけやっておけばいいか。
予想以上の寒さを堪えながらグラウンドに到着すると、すでにガキんちょどもがキャッチボールをしていた。それもベース間の距離で。
なんであいつら普通にキャッチボールできてるの?
女子も普通に投げてるぞ。最年少のミリィですら山なりだけど、ちゃんと良いフォームでボールを放ってる。
「ヘイヘイぴっちゃーびびってるー!」
アホな駄妹がキャッチボールをしながら、どこにもいないピッチャーにヤジを飛ばしている。
仕方がないので駄妹のそばまで歩いていく。
「おいシル、そのヤジはなんだ?」
「ほへ? これはボールを投げる人を鼓舞する言葉だと聞きましたが」
「意味を知らないで使ってたのか? そういえば『びびってる』のイントネーションがおかしかったから日本語でヤジってたのか。言語変換機能を通して聞こえてるのかと思った」
「間違っているのですか? 姉上から教わったのですが……」
シルが外野で女子とキャッチボールをしているクリス、いや駄姉を見る。
こちらの視線に気づいた駄姉が、にっこりと微笑み返してきた。
なるほど、犯人はあいつか。
「良いボールが返ってきたら『ナイスボール』って言うだけでいいぞ。お前がクリスから教わった言葉は投げてる人に対するヤジだ」
「姉上……」
「日本語を知ってるサクラが前回シルのヤジに指摘しなかったってことは亜人国家連合では使われてないんだろうな」
亜人国家連合ではヤジったりしないでプレイしてるのかもな。
サクラがあれほど入れ込んでるんだ。紳士なスポーツとして行われてたりするんだろうな。
しかし駄姉はよくこんなヤジを異世界本で見つけたな。
キャッチボールをしている駄姉の方を見ると普通に「ナイスボール!」とか言ってるからちゃんとした知識も知ってるんだなあいつ。
だから駄姉って俺に言われるんだぞクリス。
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