第十五話 子どもたちにスポーツを


 買い物を終えて帰宅し家の扉をくぐろうとすると、学校の敷地の方から大きな声が聞こえてきた。

 体育の授業でもやってるんかな?



「旦那様、シルヴィアと子どもたちの声が聞こえますわね」


「そうだな、時間はあるしちょっと見に行って見るか」


「はい」



 扉をくぐらずに、庭を抜け学校のグラウンドの方へ向かう。やはり体育の授業か、シルやガキんちょどもの元気な声が響いている。



「あれ? もう道具が揃ってるのか? っていうかサッカーじゃないよなあれ」


「あれはなんでしょうか旦那様」



 視界が広がった瞬間に目に入ってきた光景は、想像してたランニングなんかとは違って異様だった。

 そこではしゃがみ込んだシルが大声を出していた。



「ヘイヘイぴっちゃーびびってるー!」



 なんでキャッチャーが味方のピッチャーをヤジってるんだ。

 というかサッカーじゃなかったのか? というかなんで野球なんだよ。

 どうやら男子チームと女子チームで対戦しているようだが、シルは男子チームなんだな。



「行くぞシルねーちゃん! ビッグリーグボール五十五号!」



 一号が色々混じりまくった魔球の名前を叫んで投げる。どうせなら五十五号じゃなくて一号を投げろよ一号なんだから、五十五号じゃコントだ。

 投げたボールはすごい魔球でもなんでもなく、ふんわりと山なりになってシルの構えるミットに向かっていく。



「振り子打法ですっ!」



 サクラがそう言いながらも、全然振り子でも何でもないただのスイングで一号の投げたボールを捉える。



<スパーン>



 白球が大空を舞い、ホームラン判定の境界線であろう目印の縄を大きく超えて行く。外野を守っているガキんちょも動かずただ見送っているだけだ。

 やったぜパパ、明日はホームランだ!

 いやまて違うだろ!


 ガッツポーズしながらベースを回っているサクラ。一号はマウンド上で片膝をついて悔しがっている。

 なにこの光景、どこかで見たな。どこだっけ。


 ホームベース手前でバク中をして見事にホームベースに着地するサクラ。

 なぜかそのままサクラの胴上げが始まる。シルも一緒に胴上げに参加してるがお前はどっちのチームなんだ。

 サクラの胴上げが終わると勝利した女子チームでハイタッチが始まる。随分勝利の余韻が長いな。


 ハイタッチが終わったと思ったら、シルが俺たちの姿を見つけたようで「お兄様!」とダッシュで向かってくる。



「シル一体これは?」


「やきゅうですが?」


「あれ? サッカーじゃないのか?」


「お兄様、さっかーってなんですか?」



 何言ってんだこいつ。とお互いに良くわかってない状況で会話をしていると、サクラがやってくる。



「わふわふっ! ご主人様っ! 見てくれましたか私の葬らん!」


「えっちょっと待って、ホームランじゃないの?」


「葬らんですよ?」


「なんでちょっと物騒な言い方してるの?」


「亜人国家連合では葬らんは葬らんですが」



 ちょっと待て、怒涛のツッコミポイントが一気に押し寄せて来たせいで混乱してしまっている。

 まずは順序だって聞いていかないと。



「シル、学校の授業で取り入れる球技ってサッカーじゃないのか?」


「いいえ、やきゅうですよお兄様。というかさっかーってなんですか?」



 うーん。そういや亜人国家連合では野球はそれほど流行らなかったけど、サッカーは流行ってるって情報を聞いたのはサクラだったっけか。

 シルの口からは、体育の授業に球技を取り入れるための会議をするとは聞いていたが、サッカーとは聞いてなかったな。



「サクラ、何故サッカーじゃなくて野球なんだ?」


「私が野球の方が好きだからですが?」


「なるほどね。バットやグローブなんかの道具は? スパイクは履いてないようだけど」


「わたしが二チーム分持って来てたのでそれを」



 なんでだよ、こっちで野球やろうとしてたんか。どんだけ好きなんだ野球。

 ま、俺もサッカーより野球の方が好きだったけどな。

 推しのチームもあったし。



「シルがキャッチャーしてたのは?」


「ファウルチップとか危ないですからね。シルお姉さんなら防御魔法で平気でしたからっ」



 ああ、それでキャッチャーはやってたけど女子チームとして一号にヤジ飛ばしてたのか。アホだな。



「野球ってそんなに一般的じゃないんだろ? なんでサッカーじゃなく野球道具とか持ち込んでるんだ?」


「わんわんっ! ご主人様何言ってるんですかっ! 野球こそ至高で究極のスポーツなんですよっ! 亜人国家連合でも今密かなブームなんですからっ!」


「嘘くせー」


「わんわんっ! 嘘じゃないですっ! 本当ですっ!」


「わかったわかった。でもファルケンブルクでスポーツを流行らそうと今日の会議でどのスポーツを奨励しようか決めたんだけど、種目はサッカーなんだよ」


「駄目ですっ! 野球ですっ!」


「もー。メイドさーん」


「はっ。お側に」



 メイドさんを呼ぶといつものようにどこからかメイドさんが現れる。なんか最近少しずつスカートの丈が短くなってるような気がするが、多分気のせいだろう。



「ファルケンブルクで流行らすスポーツなんだけど、サッカーか野球のどちらかにしたい。検討するためにどっちが人気があるかとか亜人国家連合の方に調査を出したいんだが」


「領主代行様にお伝えいたします」


「そうだよな、まずはアイリーンに行くよな。仕方がない頼む」


「はっ」



 返事とともに姿を消すメイドさん。

 魔法なのかな? スカートが全然捲れないのも気になる。中身じゃなくて。



「サクラ、調査して野球よりサッカーの方が普及させるのにふさわしいって結論が出たらサッカーを普及させるからな。学校では野球とサッカーの二種目でもいいけど」


「わふわふっ! ありがとうございますっ! 絶対野球になるから大丈夫ですよっ!」


「その自信はどこから来るんだよ……」


「野球は素晴らしいスポーツですからねっ!」



 同時に二種類のスポーツを流行らせるほどには球技自体が浸透してないからな……。

 でも欧州で野球人気のある国ってオランダくらいしか無かったんじゃなかったっけ。

 日本やアメリカじゃ人気スポーツだけど、世界的に見ると競技人口も少ないしな。

 キャッチボール程度ならまだしも道具も多く必要だしどうなんだろうな。



「ま、それは調査次第だしさっさと晩飯の準備をするか。ガキんちょどもはまず風呂にはいれよ!」


「「「はーい!」」」



 今日は寮の夕食を多めにしてやってくれって寮母に伝えておくか。

 んでうちの連中に大量の飯を作ってやらないとな。


 今日の夕食はいつも以上に騒がしくなるだろうなと料理のために家に向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る