第十三話 パンとサーカス


 休憩時間が終わり会議が再開する。

 おやつ休憩中のアイリーンはクリームパンを咥えながら書類に目を通し、副官かなんかに指示を出していた。

 人を使うアイリーンを見て少し安心してるけど、せめて休憩時間くらいは仕事をするのをやめて欲しい。



「各部門でまだまだ人員が足りないと思うが、明日から行われる採用試験である程度余裕は出てくると思うけどどうなんだ?」


「先ほどの報告と一部重複しますが、交易品を販売する 官営商会の取扱量が増えたために拡大の一途をたどっております。官僚レベルの人員から末端の文官までまだまだ不足しておりますね」


「店員に公人を使ってるってことか?」


「責任者レベルではその通りですね。一般店員は職業斡旋ギルド経由で募集もしておりますが、まだまだ人員が足りない状況です」


「なら来年から採用試験は年四回にするのか?」


「そうですね、今年は単純に回数を増やしただけですが、来年からは受験資格を少し調整して開催したいと思います」


「送迎馬車の関係もあるしな」


「はい。ですので春秋は東地区、夏冬は西地区などのように区割りをして開催したいのですが」


「わかった。受験希望者の数もあるだろうし単純に東西の区割りじゃ偏りも出るだろうしな。そのあたりは任せる」


「お任せください」



 採用試験の担当者はアイリーン以外にいるはずなのに、すべてアイリーンが受け答えしている。

 あ、アイリーンがささっと書類に何かをかき込んで隣に座るおっさんに渡してる。担当はあいつか。

 もっと仕事してるぞってアピールをすればいいのにな。

 俺とクリスを除いても十人以上が列席してるのに、なぜかその連中はアイリーンをやたらと持ち上げてるんだよな。



「じゃあ俺からの議題だな。すでに書類は渡してあるが、娯楽施設の件だ」


「パンとサーカス計画ですね」


「それを担当するのもアイリーンなのかよ」


「いえ閣下、その担当は私です」



 アイリーンの向かい、俺から見て左側に座るおっさんが声を上げる。

 このおっさんって収穫祭で開会宣言してたやつじゃなかったっけ?

 この位置に座ってるってことはアイリーンの次席か。うちの官僚のトップは半数以上が貴族って話だけど、こいつも貴族なのかね?



「お、アイリーン以外が発言するのは珍しいな」


「ですがこの会議の進行はアイリーン卿にお任せしてますので」


「仕事しろ」


「してますが?」


「俺には菓子パンを食ってただけにしか見えないんだが」


「閣下との問答はすべてアイリーン卿にお任せしておりますが、決定した議題に沿って、ここにおります各部門の長がしっかり任務を遂行いたしますのでご安心ください」


「うーん。ちゃんとアイリーンの負担を減らすって約束するか?」


「勿論でございます閣下。アイリーン卿の調整能力のおかげで、各部門が予算枠などで対立しないで済んでいるのですからね。みな進んで協力しております」


「ならいいが」


「それにアイリーン卿が早く閣下と婚約できるように、皆でアイリーン卿を支えて頑張ろうと応援しているのですよ」


「「「ひゅーひゅー!」」」


「うーん、このノリ」



 アイリーンは立ったまま顔を下に向けている。耳まで真っ赤だが、アイリーンの為にも早く領内を安定させないとな。人員も増やさないとだし。

 週休一日はしっかり取るようになったから、収穫祭の時に婚約発表するかと聞いたら「まだまだ閣下にふさわしくありません」と断られたんだよな。

 何故か俺がフラれた格好になったが、確かにまだまだ忙しいしな。アイリーンの副官育成が早いか領内がある程度落ち着くほうが早いか。



「で、では閣下! パンとサーカス計画ですが」


「そうだった。そろそろ民衆にも娯楽を与える必要があるんじゃないかってことなんだがな。春にバトルトーナメントを復活するだろ? それも娯楽になるみたいだけど、年に数回のイベントと、常時娯楽を与えるような施設とかどうかなって提案なんだ」


「閣下の挙げた項目だと『競馬』『宝くじ』『公園の遊具』『遊戯施設』『スポーツ』とありますね」


「競馬はそのままだな。馬術を競うレースに民衆が金をかける。ギャンブルだから導入は慎重にならないといけないけどな」


「そうですね、過去には戦車チャリオットでのレースは開催されておりましたが、やはりギャンブルで身を持ち崩す領民が発生して問題になっておりました」


「宝くじも似たようなもんだしな。領地の収益としては期待できるけど『宝くじは貧乏人に課された税金』ってくらい忌み嫌う人もいるし」


「閣下の目指す領地経営ではあまり推奨されない施策だと思います」


「収益は学園施設の充実に使いますって謳えばとも思ったけど、それで庶民から金を集めるのもな」


「はい、ただし予算を得るには有効ではありますので、検討だけはしておきます」


「いざとなったらな。あとミコトやエマのために公園の遊具を増やしたい」


「それは問題ありませんね。どんな遊具が適切かなどは今後の検討次第ですが」


「で、その公園の規模をそのまま大きくして、大人でも遊べるような巨大な遊戯施設を別途建設するというのはどうだろうか」


「ええと、魔導メリーゴーラウンド、魔導列車コースター、魔導観覧車とありますが……」


「滑り台やブランコなんかをそのまま置いても大人は遊べないからな。魔力を使う以上入場料などを取る必要はあるが」



 書類に描かれた絵を見ながらアイリーンは難しい顔をする。



「これも、実際に見てみないとなんとも言えませんね」


「魔導士協会の連中がノリノリでな。まずは小規模なものを試作してくれるらしいから、まずはうちの近くの公園に置いてみたい」


「わかりました。書類に記載されている試作のための予算ですが、今回の追加予算から出しましょう」


「じゃあ遊具の試作は進めておく」



 というかもう作り始めてるんだけどな。俺個人の予算じゃなく領地の予算に変わっただけだ。



「しかしそうなるとやはり町の外郭を拡張する工事が必要になってきますね」


「移住する住民が増えてるって報告もあったし、住居も増やさないとなんだよなー」


「貧民街の住民を、新区域に移住させるという案が出ていますが」


「新たに拡張した部分に集合住宅を建てて、貧民街の住民には無料で提供するって案か」


「はい。貧民街は学校からも近いですし城の裏手になりますからね。できれば一度更地にして公営の施設を建てるというのは理にはかなっています。大規模な遊戯施設をそこに建設してもいいですしね」


「と言っても住んでる場所から素直に立ち退いてくれるのかね」


「利便性が良くなりますし、設備維持費としていくらかは徴収しますが、家賃の負担も無くなりますからね。学校に通っている児童がいなければ問題ないかと思いますが」


「住民アンケートみたいなものを実施してだな。どうしても移りたくないって住民を無理やり立ち退かせるようなことはしたくないし」


「そうですね、まずは貧民街の住民の声を聞いておきます」


「ちゃんと説明して納得してもらわないと駄目だぞ。決して脅したりするなよ。金銭的な補助ならある程度出すのも検討するように」


「心得ております」



 たしかに今の貧民街はメイン通り以外の奥まった場所に家屋が建てられまくっててカオス状態なんだよな。

 火事にでもなったら危ないし、衛生状態も気になる。

 ファルケンブルクは地下下水道が完備されている町だけど、貧民街に関しては全ての家屋のトイレがきちんと下水道と繋がってるかは不明って話だし。

 町の拡張に併せてこの辺りの問題も解決しないと。

 幸い予算の目途はなんとか立つようだし。

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