第十二話 交易団
昼食後、クリスとともに登城する。シルは学校での会議に参加するとのことで城の会議は欠席だ。
なんでも体育の授業で球技を取り入れる為の会議なんだとか。
<転移者>が持ち込んだ野球はどうにも普及しなかったらしいが、サッカーの方は亜人国家連合ではそこそこ流行しているらしいのだ。
サクラをオブザーバーとして午後から参加させて、必要な道具の輸入なんかも含めて会議をする予定とのこと。
頑張ってるなシル。
というわけで会議室に入り、いつも通り上座におかれた三人掛けのお誕生日席にクリスと二人で座る。
クリスは座った途端にしなだれかかってきて俺の匂いを嗅ぎ始めるが、もう会議参加者は慣れたのかまったく気にしていない。
「じゃあ始めるか」
俺の開始宣言と共にアイリーンがスッと挙手をする。
ちゃんと仕事減らしてるのかなこいつ。
領主代行の肩書があるから仕方がないっちゃ仕方が無いんだが。
俺はアイリーンに向かって頷くことで許可を出す。
「後期の税収および交易、官営商店などの収益がこちらです」
アイリーンが目くばせをすると、複数の女官が書類を俺や各参加者に配っていく。
人を使うことを覚えたようで何よりだ。以前はアイリーン自ら書類まで配ってたからな。
いや、もしかしたらこういう補助的なところまで人員を回す余裕ができたのかもしれないな。
書類を配る女官はなぜかクリスの前には置かずに、俺の前にだけ書類を置く。
仕事をする意欲が全く見えないクリスを無視して置かれた書類を見ると、かなりの収益が出ているようだ。
「おお、かなり順調だな」
「亜人国家連合にもちこんだ魔石の売り上げがかなり好調です。特に一番利益効率が良いのは夏に売れた保冷の魔石です」
木箱に入れられた大量の極小魔石をクレアとクリスで保冷の魔石に変えていたからな。馬車数台分の量でも一時間かからずに終わったから、人件費はほぼゼロだ。
交易自体は往復で一ヶ月弱かかる状況で、現在の交易団の規模はファルケンブルク領の用意した馬車二十台。
その内交易団の運ぶ魔石の量は馬車数台分。その分量の魔石の魔力を再充填する程度では工場を建設する必要はまだ無いので、クレアとクリスだけで対応しているのだ。
「この冬用に今度は保温の魔石を用意しないとな。別にぼったくり価格で売ってるわけじゃないんだろ?」
「ファルケンブルク領で売られる価格に輸送費を上乗せした程度ですからね、それでも少しは割高ですが今後輸送量が増えれば更に価格を安くすることができます」
「魔石以外の輸入品だと、大豆などの農作物と、銀や金の鉱石も利幅がでかいな」
「そうですね、今のところ輸入品はファルケンブルク領の物価に合わせた価格調整を行ったうえで官営の商会を通じて販売していますが、利益率がかなり高いです」
「民間の商会を交易団に加えると、格安の農作物とか鉱石が出回って領内の経済が混乱しそうだしまだ厳しいかな」
「関税を設定して民間に開放するという手もありますけれど、ある程度こちらで交易して需要を見定めつつ、徐々に民間に開放していくという方が良いかと思われます。行路もまだまだ不安定で危険ですしね」
「関税率をどれくらいにするかってのも難しいしな」
「まだ取引量も少ないですからね」
今でも割と小さい規模の業者が亜人国家連合など近隣諸国から好き勝手に交易品を持ち込んでいる状態だが、物量が少なすぎて一部の好事家専門で小さな需要がある程度だからな。
その交易品も珍しい調度品や貴金属といったものだから、今回俺たちが交易してるものとは被らないし。
「交易団の規模も増やしていくんだろ?」
「はい。前回は大型の荷馬車二十三台で編成いたしましたが、今回はそれを四十台に増やして行う予定です」
「一気に増やしたな、空荷だと人件費ばかりかかるしそのあたりは大丈夫なのか?」
「こちらからは収穫したばかりの小麦や、魔力を再充填した魔石、硝石、綿などが主な交易品になります。逆にあちらからは魔力の枯渇した魔石と生糸、絹織物、米、大豆、金、銀、銅が主な交易品になりますね。今回の規模でも問題ありません」
「硝石って火薬の材料じゃないか」
「そうですね」
「いやいや、軍需物資の輸出ってどうなんだ?」
「亜人国家連合でも銃は流通しておりますが、火薬は主に鉱山開発の爆薬として需要がありますからね」
「ああ、魔法を使える人間が少ないんだったな」
「それと、亜人国家連合内ではここ百年以上は戦争が発生しておりませんし」
「ほう、平和なのは良いことだな」
「毎年各国の代表者が連合国家の主席を決める為に殴り合いの試合を催してますからね。それが代理戦争になっているようですよ」
「……そういやサクラの親父さんから『今年も主席になったのでよろしく』と手紙が来てたな。毎年そんなことをやってんのか」
「亜人国家連合では毎年こちらで言う収穫祭の時期に試合を行っていますね」
「そのおかげで犬人国を窓口にして亜人国家連合と交易できるわけだからな。サクラの親父さんが最強なうちに色々地盤を固めておきたいな」
「朱印状の発給などかなり優遇して頂いてますからね」
犬人国を窓口にした亜人国家連合との交易は、朱印状をお互いに発給して行っている。
この朱印状が無ければ、一定量以上の商品の持ち込み、持ち出しができないという貿易許可証になっているのだ。
なので朱印状を持たない民間業者が、大規模な隊商を編成して亜人国家連合に行っても小規模な取引しかできない上に、持ち込んだ商品に多額の税が課せられるのでお互いに輸出入量の調整ができるようになっている。
もちろんそのために、次回交易の際にはお互いに交易品の品目や取引量どの話し合いをする必要があるのだが。
「輸送費はこちら持ちの分、かなり安く品物を卸してくれるしな」
「ゆくゆくは品目ごと取引量ごとの朱印状を民間に発給して、すべて民間に委託するということになると思いますが」
「それもお互いの需要と供給次第だしな。本格的な交易が始まったばかりだし手探りになるのもしょうがない。しばらくは官営でやるしかないな」
「はい。そちらもお任せください」
「民間の前にそろそろ王家へ話をもっていかないとだしな」
「そうですね、来年あたりから王家直属の隊商を交易団に加えてもよろしいかと思います。そのころにはファルケンブルク領だけでは輸出品が賄えなくなりそうですので」
シャルからも定期的に連絡は来てて改革は順調だという話だけど、なかなか予算が厳しいって愚痴ってたしな。
王都との交易量も街道敷設と宿場町建設で段々増えてきてるから少しは税収が増えてるとは思うけど。
というか俺って王国宰相の肩書があるけど全然働いてないしな。王家へ朱印状を発給する位はやらないと。
「税収や収益が上がっているというのはわかった。それを基に各部門へ予算を再配分案を作成する事になるんだが、その前にアイリーンこれを」
側に控えてた女官に人生の冒険者ギルドの事務員から預かった書類を渡す。
女官から書類を受け取ったアイリーンは素早く目を通す。
「なるほど、了解いたしました。乳幼児を抱えた家庭への支援金の予算枠を別途設けますね。金額も要求された額で問題ありません。食料の配給も問題ないでしょう。この予算請求を含めて、追加予算案を作成いたしますね」
話が早いな。
まあ対象家庭数や家庭構成、収入に各々の支援金額と事細かく書かれてるからな。
金額も支援規模の割にそれほどでもなかったし、備蓄食料からの食料配給に関しては元々かなり余裕はあるから税収や収益が上がってる今なら通しやすくはあるだろうな。
事務員が有能なのはわかってたが、筋肉ダルマも想像以上に有能なのかも。ぶっ倒れてたけど。
「じゃあ少し休憩するか。メロンパンとクリームパンを持ってきたからお茶請けにしてくれ」
会議のきりの良いところで休憩を宣言する。
というか俺とアイリーンしか話してないのな。だったらいつものようにうちでやっても良かったじゃんと思いながらも、マジックボックスから菓子パンを出す。
「「「おおお!」」
会議のたびに何度かクレアの作った菓子を持ち込んでいたから、クレアの作る菓子の美味さを知っている連中が嬉しそうに声をあげる。
いや仕事しろよお前らと突っ込みながらも、女官が淹れてくれた茶を飲みながら菓子パンを口にする。
次の議題からは仕事しろよお前らと思いながら、クレアの料理の腕前に感心しながら一息つくのだった。
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