第七話 公園デビュー
シルが張り切って二日目の稲刈りへとクリスとサクラを引き連れていったあと、俺とエリナとクレアでエマを連れて公園デビューをすることになった。
元々ファルケンブルクには貴族街にある噴水前公園と、中央広場公園が存在するが、前者には平民は許可なく入れないし、後者は出店が立ち並んでいて、いわゆる庶民の憩いの場というものが存在しなかった。
なので学校の敷地の一部を公園として開放し、数件だけ官営の飲食物を提供する屋台が出ている程度で、あとは広い敷地に適度な植樹をして芝生を植え、ベンチと少しの遊具を置いて、一般市民に開放しているのだ。
「
家の扉を出た瞬間クレアが防御魔法を行使する。家自体の結界はすでに張ってあるので、この結界は俺たちだけの結界のようだ。
「クレア何してんの?」
「兄さま! 姉さまとエマちゃんは私が守りますからね! あと今日は暑いですし
やだこの子冷房の魔法まで使ってる。もう九月も終わりの時期なのに。
「クレアありがとー! でも防御魔法は使わなくても大丈夫だよ、冷却の魔法もね!」
「でも姉さま、今日はエマちゃんが初めてお外に出る日ですよ! ちゃんと害虫とか日光から守らないと!」
「日光は適度に庭に出て浴びせてただろ、虫もそこまで気にしないでいいぞ。蜂とか危険なのは見かけ次第駆除するし」
「いいえ兄さま! 甘いです! 甘すぎます! 兄さまが姉さまを甘やかすくらい甘々です!」
「そうだね! お兄ちゃんはずっと優しいよね!」
「エリナをそんなに甘やかしてるつもりはないんだが」
「兄さま……」
「クレア、お兄ちゃんはこういう人なの。あの子たちにも厳しくしてるってずっと言い張ってるんだから」
「そうでしたね、兄さまはそういう人でしたね」
嫁二人が残念そうな目で俺を見る。
なんでだよ、俺は普段からガキんちょどもを厳しく躾けてるだろ。
「なんなのお前たち……」
「兄さまは先生には向いてないって話です」
「そうだね、お兄ちゃんは甘やかすタイプだからね」
よくわからん評価を下された俺は釈然としない気持ちを抑えて公園へと向かう。
と言っても家と公園は同じ学校の敷地内だし、家から近い場所に作ったので歩いてすぐだ。
ミコトもつれてこようと思ったが、昼寝中だったので婆さんに預けてきたのだ。
公園にたどり着くと、乳幼児を連れた女性たちが数人、遊具のそばに立っていた。
エマはまだ遊べないけど、今後利用者が増えるようだと少し遊具が足りないかな。
「じゃあエマに景色を見せながらぐるっと公園を一回りしてみるか」
「そうだね!」
「はい兄さま。防御はお任せください!」
「防御結界はいらないのに……」
エマはまだ「あーうー」としか言えないけれど、始めて見る物に興味津々だ。
大きな木に、風で揺れる枝に、空を舞う木の葉に、届かない手を一生懸命伸ばして触れようとする。
「エマちゃん元気いっぱいだね!」
「エマちゃん嬉しそうですよね、姉さま!」
「連れてきてよかったな」
目に映る色々なものに触れようとするエマ。
そんなエマを抱いて、エリナは優しく見つめている。
エリナはすっかり元気を取り戻して、エマの世話を焼いている。
エマが産まれたことで俺とエリナの生活はすっかり変わってしまったけれど、それでも変わらないこの距離感に安心していた。
それでも……。
少し考え込んでいた俺の顔を、エリナがのぞき込んでにこりと笑う。
「クレア! エマちゃん抱いてくれる?」
「任せてください姉さま!」
ふんす! と細い腕で力こぶを作るジェスチャーをするクレアに、エリナがエマを抱かせる。
「クレア少しお願いね!」
「はい姉さま! エマちゃーん、クレアお姉ちゃんですよー」
エマを託されたクレアが即座に母性本能を発揮して「あれが銀杏の木ですよー」などとエマに色々見せては教えている。
そんなクレアを見て、両腕が自由になったエリナが「えへへ!」と言いながら俺の腕に抱き着いてくる。
「どうしたエリナ、急に」
「お兄ちゃん寂しがってたでしょ!」
「……ああ、そうか。そうだな、何か足りないと思ってたらこれだったんだな」
「お兄ちゃんのことは私が一番知ってるんだからね!」
「俺よりも俺のことを理解してるからなエリナは」
「うん!」
久しぶりにエリナと腕を組みながら歩いていく。
本当に久しぶりな気がする。
俺がこの世界に来てから、ずっと俺はエリナと腕を組んで歩いてきたわけだからな。
「そういえばそろそろ収穫祭だなー」
「そうだね! 楽しみ!」
「エマを連れていきたいけどどうかな」
「沢山の人がいなければ大丈夫ってお医者様に言われたよ!」
「そっか、ならミコトもつれて色々見て回るか」
「えへへ! 楽しみ!」
ゆっくり公園を歩いていると、ベンチが目に入ってくる。木陰で日差しも直接当たらず、一息入れるのには丁度良さそうだ。
「エリナ、クレア、ちょっと休憩するか」
「うん!」
「はい兄さま」
「クレア、エマを預かるよ。二人はベンチに座ってくれ」
「お願いしますね兄さま」
三人が余裕をもって座れるベンチだが、エマにもう少し景色を見せてあげたいと思い、クレアからエマを受け取る。
エリナとクレアが仲良くベンチに座ったのを見て、
「クレア、防御魔法も冷房魔法も切っていいぞ。直接風とか空気を感じさせてやりたい」
「わかりました」
クレアが魔法を解除すると少し温かい風が吹きつけてくる。
エマは自分の顔に風が当たる感覚がおもしろいのか「あーうー!」と喜んでいるようだ。
「エマ、どうだこの世界は。気に入ったか?」
もちろんエマは答えない。でも問いかけた俺の顔をじっとみる。
「あーあー」
「そか。パパ頑張るからな」
エマの返事を都合よく肯定と受け取った俺は、もっと色々見せてやろうとエマを抱きなおす。
ビュウと少し強い風が吹いたかと思うと、銀杏の葉が幾枚かエマの周りを舞うように漂っている。
「あーうー」
必死に銀杏の葉をつかもうとするエマ。
エマが狙ったのか、たまたま手の中に入ってきたのか、一枚の黄色い銀杏の葉がエマの手に掴まれる。
「お、見てみろエリナ、クレア。エマが……」
「兄さま、しー」
クレアが人差し指を口に当て、大きな声を出すなと言ってくる。
ベンチの二人を見ると、エリナがクレアの肩に寄りかかって微笑むように眠っていた。
「おっと、すまん」
「姉さまはずっと一生懸命でしたからね。……私が孤児院に来てからずっとなんですよ。兄さま」
「そうだな」
「だから、ありがとうございます。兄さま」
「ああ」
エマが「うーうー」と、自ら掴んだ銀杏の葉を、渡そうとしているのか、見せようとしているのか。
一生懸命エリナに向けて差し出している。
「うふふ、エマちゃん可愛いですね兄さま」
「エマ、ママは少し寝てるからあとで渡そうな」
俺の言葉を理解したのか、大人しく銀杏の葉を眺めだすエマ。
青く澄み渡る秋空を眺めながら、こんな日が続けばいいなと思う一日だった。
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