第七話 流行の柄
おやつを終えるとすぐに家を出て、てくてくと服屋に向かって歩く。俺の両腕には、エリナとまめしばが抱き着いている状態だ。
何故かというと、家の扉を出るとすぐいつものようにエリナが俺の腕にしがみついてきて、まめしばに「サクラちゃんもお兄ちゃんの腕に掴まりなよ! あったかいよ!」と言い放ち、「わわっ! わかりましたっ! 失礼しますねご主人様!」という経緯なのだ。
しかも「マフラーは長いから、お兄ちゃんにぴったりくっつけば三人でも使えるよ!」というエリナの発言で、一本のマフラーを三人で巻いている状態だ。
「えへへ!」
「わふわふっ!」
左右の腕でご機嫌な娘を連れて歩いていく。サクラって滅茶苦茶注目浴びるのな。亜人自体の存在は認知されているけど、実際に見るのは初めてって領民は多いだろうし。
というか現在進行形で滅茶苦茶尻尾振ってるからって理由もあるだろうな。
『こんどはけもみみかよ』
『ヤりたい放題だな』
『ペッ』
おい、二人目、字を気をつけろ。まだ手を出してないし出すつもりもない。王女だからな。あれ? ちわっこも王女だったっけ。いや、あれも婚約はしたけどまだノータッチだからな。
あと独身のブサイクなおっさんってやっぱ一人じゃないよな……。
しかし尻尾か。中古服は買うつもりはなかったけど、新品の吊るしの服も駄目だな、尻尾用の穴をあける必要があるからオーダーメイドじゃないと。
ん? 下着はどうなるんだ? 尻尾はどこから生えてるんだ? エリナを連れてきてよかった。俺が確認するわけにもいかないしな。
「サクラちゃんの尻尾ってふわふわで可愛いね!」
「ありがとうございますエリナお姉さん! でもですね、お父さんは立派な巻き尾なのにわたしは差し尾なので少しかっこ悪いのですよっ!」
「まきお? さしお?」
「巻き尾っていうのは、くるんと綺麗に巻かれた尻尾で、差し尾っていうのはわたしみたいにまっすぐな尻尾のことなんですっ」
「サクラちゃんのさしおもかっこいいし可愛いよ!」
「わふわふっ! ありがとうございます!」
エリナに褒められてぶんぶんとより強く尻尾が振られる。そうか、巻き尾ならあまり振られても目立たなかったかもな。
でも巻き尾だと服とか着るとき大変だろ。あれ伸ばそうとしても結構な抵抗あるし、犬によってはすごく嫌がるから痛みもあるんじゃないのかな?
「おやエリナちゃんじゃないか! 旦那さんに、そちらの子はお初だね」
名前は知らないがよくエリナと話をしているおばちゃんに声をかけられる。
「あっ! おばさんこんにちは!」
「こ、こんにちは! サクラといいます! よろしくお願いしますっ!」
「はいこんにちは。サクラちゃんだね、こちらこそよろしくね。そうそうエリナちゃん聞いたよ。赤ちゃんができたんだってね! めでたいねえ!」
「ありがとうございます! そうなんです!」
「何かあったらいつでも言うんだよ。この町みんなエリナちゃんのことが大好きなんだからね」
「えへへ! ありがとうございます!」
ちょっと涙目でおばちゃんにお礼を言うエリナ。「外は寒いし、あまり邪魔しちゃ悪いしね」と去っていくおばちゃんと別れ、服屋に向かって町を歩いていく。
さっきのおばちゃんのように、顔見知りとすれ違うたびにちょいちょい足を止めて、エリナは妊娠の報告とサクラの紹介をしているので、少し時間がかかっているが、こういう律儀なところが町の連中にエリナが好かれてる要因なんだろうなと少し鼻が高い。
あとはひたすらきゃっきゃと俺を挟んで盛り上がる連中を引き連れて歩いていると服屋へと到着する。
「こんにちはー!」
「こっこんにちは!」
「いらっしゃいませ」
「今日はこの子の服を一通り揃えに来た。亜人なんで尻尾の位置なんかもあるから、女性店員にサイズを測ってもらいたいんだが」
「かしこまりました」
「そうだな、ラインブルク王国とファルケンブルク城に登城できる程度の礼服をそれぞれ一着、ちょっと良い服二着、普段着三着、部屋着三着、寝巻三着、作業着三着、あとそれぞれに合わせた靴もだ。こんなもんかな」
「お兄ちゃん、あと下着!」
「そうだった、それも頼む。デザインなんかはエリナが考えてやってくれ」
「任せて!」
もう一人の女性店員に連れられて、エリナとサクラが店の奥に消えていく。
「そうだ、あと……」
「マタニティウエアですよね、お任せください」
「流石だな服屋。しかし普段着とかは良いんだが、礼服はどうするかな。いや必要ないか、お腹が大きいのに登城とか俺が許さん」
「では外出着と部屋着、寝巻をそれぞれ二着でよろしいでしょうか?」
「とりあえずそれでいいか。必要になればまた頼みに来るし、必要になるのはまだもうちょい先だろうし」
「エリナ様のお好きな色とデザインでおつくりいたしますね」
「本当に有能だな、ここの服屋は。貴族用の礼服も作れるし、なんで前領主や貴族の御用達じゃないんだ?」
「……付け届けなどをしておりませんでしたから」
「本当に腐ってたんだな。まあ今後もひいきにするからよろしく頼む」
「ありがとうございます。頑張ってご期待に沿えるものをお仕立ていたします」
「そのあたりについては満足してるから現状維持でいいぞ」
「光栄でございます領主閣下、いえ、トーマ様」
「お兄ちゃん! サクラちゃんのサイズが測り終わったよ!」
「ううっ、結局全部脱がされてしまいましたっ!」
なんでだよ……。
「サクラ様の種族のサイズを測るのは、わたくしどもでも初めてでございまして。骨格から尻尾の位置などすべてご確認させていただく必要がございました。ですが今回でデータは取れましたので、次回以降は簡単なサイズ確認だけですべての衣装を制作できます。是非今後ともよろしくお願いいたしますね」
「なるほど、たしかに尻尾の位置だけ確認するってわけにもいかないのか」
「お兄ちゃんお兄ちゃん! サクラちゃんの尻尾ってすごくもふもふなんだよ!」
「わふわふっ! エリナお姉さんありがとうございます!」
「お兄ちゃんも触らせてもらえば?」
「殿方には触れさせてはいけない決まりなのですがご主人様ならいつでも大丈夫ですよっ!」
「すごく興味があるが、罠臭いので我慢するわ」
「えー、お兄ちゃんのヘタレー」
「ご主人様ってヘタレなんですねっ!」
「うっさい。どうせ触ったら『もうお嫁にいけないのでご主人様結婚してください』とか言うんだろ」
「なんでわかったんですかっ⁉」
「お兄ちゃんも学習するようになっちゃったね。でもサクラちゃんまだチャンスはあるよ!」
「頑張りますっ!」
「なんでエリナが率先して嫁を増やしてるんだよ……。とにかく必要なものを注文しろ」
「もう下着の色とか柄は注文したよ! もちろんしまぱんで!」
「だから俺がしまパン好きなのを堂々と言いふらすなっての!」
「トーマ様。明日早朝には普段着と寝巻と作業着と下着、あと靴類をご自宅の方にお届けいたしますね。あ、ちなみに下着は全部しまパンですよ」
「うるせー。でも相変わらず仕事が早いのは感心するし今後も頼む」
「はい。いつもありがとうございます。トーマ様のおかげでしまパンの売れ行きが好調でございます」
「なんでだよ……」
「男性受けする下着ナンバーワンという触れ込みで売ってみたらこれがもう大当たりで」
「もうやめて」
「ですので今回のサクラ様の下着代につきましてはサービスとさせていただきますね」
「ありがたいけど絶対に俺の名前は出すなよ! あくまでも男性受けまでにとどめておけよ! あと俺個人の感想だからな、売れなくなっても責任は取らないからな!」
「かしこまってございます」
「ちっ。じゃああとは生活実需品だな。その辺はエリナに任せるから案内してくれ」
「ご主人様色々ありがとうございますっ! エリナお姉さんよろしくお願いしますねっ!」
「任せて!」
マフラーを三人で巻きなおして服屋を出る。
まさかしまパンが流行するとは。たしかにうちの嫁たちのしまパン着用率はすごいことになってるけどさ……。
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