第十四話 冒険者ギルドの今後


 結婚式と収穫祭も終わり、一ヶ月ほどが過ぎた。

 工事も順調で、敷地の半分以上が更地となり、整地された場所には専門業者が学校の建設に取り掛かっている。

 三階建てで一階、二階は校舎として使い、三階は学生寮として最大百人が生活できる建物だ。

 それでも人口五万を誇る城郭都市であるファルケンブルクの十五歳未満の児童全てを収容できない。

 だが、貧困層、低所得者層の児童の数であれば、学校で授業をして、更に食事や風呂などの提供が可能な規模の施設になっている。

 ファルケンブルクの孤児は、このまま引き続き孤児院と託児所を統合した職員棟件住居で生活をするが、周辺のファルケンブルク領の村落や周辺諸侯領の孤児や貧困層の児童は学生寮で生活する予定だ。



「クリス、春の開校には間に合うのか?」


「予定通り工事が進めば問題ありません。まずは三月に行われる採用試験会場として使う予定ですので、二月にはほぼ完成する予定です」



 来年の採用試験は、三月と九月に行われる予定だ。九月には別の建物を作ってそこを試験会場にする予定だが、随分工期が早いな。

 そういや孤児院の増築も一ヶ月かからなかったわ。



「この規模の工事で三ヶ月かからないのか」


「旦那様の世界にあった じゅうき はありませんが、こちらには代わりに魔法がありますからね」


「便利すぎるな魔法」


「とはいえこれほどの規模だと、土属性の上級魔法を扱える希少な魔導士が大量に必要になりますからね。公共事業ということで領内の公職に就く魔導士を総動員していますが、民間ではとても無理でしょう。魔導士協会からも増援が来ておりますし」


「ちわっこか爺さんの好意か?」


「どちらも、ですね。代わりに都市計画書や校舎の設計図、地質調査書の提供など、協力の見返りとして要求されていますが、ま、建前ですね」


「学校自体初めて建てるだろうしな。異世界の書籍が出回ってるとしても、実際に建てた場合と、運用後のデータは欲しいだろうし、その辺は協力してやってくれ。別に秘匿する情報でもなんでもないし」


「かしこまりました。では冒険者ギルドの方へ参りましょうか」


「わかった。じゃあエリナとクレアは孤児院の方を任せたぞ」


「うんお兄ちゃん!」


「わかりました兄さま、任せてください!」



 ふんす! と力こぶを作るクレアだが全然出来てないし可愛い。でもクレアまで結婚しても兄さまのままなんだよな。

 ついでにシルもお兄様のままだ。

 シスコンって思われてるのかな?



「じゃあクリス、シル、行くぞ」


「「はい」」



 冒険者ギルドまでは徒歩五分だったが、障害物が無くなったので、最短距離を歩けば三分ほどか。



「「こんにちは」」


「ういっすー」


「あ、トーマさんとハーレムの方々いらっしゃいませ」


「合ってるんだけど、やめて貰っていい?」


「トーマさんはロリコンじゃなかったんですね」


「まだノータッチだからな。ってそんな話は良いんだよ。ギルド長いるんだろ? 案内してくれ」



 ノータッチを貫く紳士に対して辛辣ないつもの事務員が「はい、こちらです」と言って席を立ちあがろうとしたところで、事務員の後方にある扉が開く。

 すると、禿げ上がった頭に二メートル弱はありそうな屈強な体を持つ、四、五十代くらいのおっさんが受付スペースまで歩いてきて、跪こうとするのでそれを制止する。



「いや、畏まった挨拶はいい。普段通りに対応してくれ。そこの事務員のようにな」


「では失礼して、領主閣下と奥様方、わざわざおいでいただき申し訳ありません。冒険者ギルド長を任されておりますオスヴァルトと申します」



 すごいな筋肉が。筋肉ダルマって名づけるか。



「いや、確かにその姿を見ると泣き出すガキんちょがいるから、ここへ来て正解だったわ」


「いやっはっはっは! 閣下はお人が悪い。私はこれでも子供たちに人気でして」


「嘘つけ、アンナなら百パー泣くぞ。なあクリス」


「ええ、絶対に近づけさせませんわ」



 クリスが汚物を見るような目で筋肉ダルマを見る。

 アンナのことになると怖いのな。



「でもお兄様、ミコトちゃんならすごく喜びそうですよ」


「ミコトならそうだろうなー、あいつは人に対して警戒心が皆無だから」


「ま、ギルド長の戯言は無視して頂いて構いません。脳みそまで筋肉になってしまっていますので。ではトーマさん、奥様方、応接室の方へどうぞ。資料は揃っていますから」



 事務員も筋肉ダルマを汚物を見るような目でひと睨みすると、奥の部屋へと案内してくれる。

 筋肉ダルマってここじゃこんな扱いされてるのか。

 給料の返上も自発的じゃなくて没収されているんじゃないか? この事務員に。


 中に案内されて着席すると、事務員がお茶とお菓子を出してくる。

 他の事務員って後姿は見るけど顔を見た事無いんだよな。獲物の回収なんかはやってくれるから一人では無いのは確実なんだけど



「さて、始めるか、筋肉ダルマも事務員も座ってくれ。あと俺のことはトーマでいいぞ筋肉ダルマ」


「いやっはっはっは! 筋肉ダルマですか、いやこれは素晴らしい名前を頂きました」


「トーマさん、<頭の中まで>をつけた方が良いんじゃないですか」


「めんどくさい」


「わかりました。ではこちらが資料になりますね」



 事前にクリスが伝えていた、冒険者ギルドの拡張案、部署増設、人員の状況などの資料だ。



「……なるほど、わかった。拡張案に関しては問題無い。部署に関しても今まで通りのクズの対応をする部署に加えて、一般の求職者に対応する部署を新設して建物ごと分けるというのもこちらの要求通りだ」


「おお、ではこの通りに……」


「まあ待て筋肉ダルマ。クリス」


「はい」



 クリスがいつの間にか現れた侍女から書類を受け取り、筋肉ダルマと事務員の前に置く。



「こちらで用意した人員リストだ。年齢性別出身地に加え、得意分野、今年の春に行った採用試験の結果が書いてある。身元は調査済みだから必要なだけ採用しろ」


「落第者リスト、ということですねトーマさん」


「まあ事実そうなんだが、相変わらず口悪いのな。お前は」


「預からせて頂いても?」


「かまわん。内装工事と看板のかけ替えが終わる年内までに決めておくように。年明けから一般求職者とクズ専用窓口に分けるから」


「お兄様、そのクズ専用窓口という名称はどうなのでしょうか?」



 多分訳が分からなくてスルーしてたんだろうが、ずっと黙っていたシルがクズの名称に突っ込む。

 毒されていないという点ではこの中では一番純粋な人間だろうなシルは。筋肉ダルマは知らんが多分そういう所に気が回らないタイプだろう。



「じゃあクズに代わる名称も併せて考えておいてくれ」


「トーマさん、冒険者ギルドのままで良いと思いますが」


「命の危険を冒して現金輸送車を襲う冒険心しか無いだろあいつらには」


「彼らには、ずっとその冒険心を持っていて欲しいのです」



 ものすごい笑顔で言い切りやがったぞこの事務員……。

 だが俺もそう言われればそうだとその考えに賛同する。



「わかった。残そう、悪しき名称としてな。ただし一般求職者用には冒険者ギルド登録証とは別の色のタグを用意すること。きっちり一般人とクズを分けて扱うように」


「差別しろと?」


「区別だな、建前上は。あと口悪いぞ」


「お任せください。トーマさん」



 先ほどから事務員が笑顔を絶やさずに答えている。

 まあ任せても大丈夫だろう。



「一般求職者用の求人はこちらでも可能な限り用意するが、民間からも引き続き募集しておいてくれよ。クズ用の仕事は、真面目にやってる冒険者も極僅かだが存在するし、今まで通り補助金もそのままでいい。定期的に間引くのも継続だ」


「わかりました」


「あとは、お前らの待遇だな。給料は増やす。筋肉ダルマの給料返上も必要ない。詳しい昇給の資料は後ほどクリスから貰ってくれ」


「はい、ありがとうございます」


「最後にこれだな。クリス」


「はい旦那様」



 クリスが一枚の書類を二人の前に置く。



「生活支援計画ですか……」


「貯蓄も身内もいない老人や、怪我や病気で仕事が出来ないような人間、職が見つからずに困窮している人間には、ここが窓口になって支援金の給付をしてもらう。幸い登録証のお陰で虚偽の申告が出来ないからな」


「登録証の機能を利用するのですね」


「登録証の情報を書き変えられるような精神力があるなら、まず困窮するような状況には陥らないだろうしな。それに所得に応じて、病気やけがの治療は無料もしくは格安で行う。その詳細をそちらで詰めて欲しい。重傷者、重病人は治療院に回すから、あくまでも軽度の治療に関しては格安で対応する感じだな」


「なるほど。で、あの落第者リストですか」


「今後は人員が大量に必要だろう。冒険者ギルドには社会のセーフティーネットとしての働きを期待している。なので今後は収益を考える必要はない。社会保障は必要だからな」


「……かしこまりました。まずは早急に人材を揃え、素案をまとめます。私が担当しますが、いいですよね筋肉ダルマ」



 雰囲気の変わった事務員が、となりにどかっと座って何も考えてないような筋肉ダルマに確認を取る。

 こいつも駄妹と同じく考えを放棄してやがったな。

 急に部下から筋肉ダルマ呼ばわりされてびっくりしている。



「え? 俺ギルド長……」


「いいですよね筋肉ダルマ?」


「あ、はい。お願いします」


「よし、まとまった。必要な資料、特に社会保障関連が書かれた異世界本や領内の貧困家庭のデータなんやらは領主代行のアイリーンに使いを出して要求しろ。手探りになるだろうから人材は欲しいだけ選べ。と言っても現状はそのリストからしか選べないがな。まずは春の採用試験が終わればそちらにも有能なのを回してやる」


「お任せくださいませ、閣下」



 事務員の態度がガラリと変わっている。

 真面目で有能ではあったが、職務を超える業務には一切興味を持たなかったあの事務員が鬼気迫るようなやる気を見せている。



「任せた。一応予算枠の目安なんかも記載してあるから、そのあたりも多少は考慮しながらやってくれよ」


「はっ」



 じゃあなと、結局いてもいなくても変わらなかった筋肉ダルマを放置して、冒険者ギルドを出る。

 うーん。あの事務員急にやる気を出したな。クズ処理以外にもやりたい仕事が見つかったのなら良い事だ。

 まあまずは素案が上がってきたら考えよう。他にもいろいろやらなきゃいけない事があるし。


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