第十二話 グラタン
「結局今日は狩れなかったね!」
「ま、たまにはこんな日もあるさ。これからいくらだって狩れるからな」
「うん!」
さて帰るか、とマフラーをマジックボックスから取り出してエリナと一緒に巻き付ける。「えへへ!」と抱き着いてくるエリナの頭を撫でながら帰路につく。
門番も慣れたもので、俺とエリナの登録証の職業欄が、それぞれ<ヘタレ領主>、<お兄ちゃんのお嫁さん(ファルケンブルク伯爵夫人)>になってても一切突っ込まれなかった。
それどころかエリナとどんどん仲良くなっていきやがる。
「エリナちゃん、赤ちゃんはいつできるんだい?」
「昨晩、お兄ちゃんとそろそろかなってお話ししたところなんですよ!」
「ほー、やっと覚悟を決めたって訳か。ヘタレなのに」
「そうなんですよ、ほんとうちのお兄ちゃんはヘタレなので」
「ねえねえエリナ、夫婦の話は内緒にしておこうって言ったよね?」
「赤ちゃんを作るのは秘密なの? 作り方とかじゃないよ?」
「ほう、どうやって赤ちゃんを作ってるんだい? エリナちゃん」
「それは内緒です! お兄ちゃんとの約束なので!」
「それ、完全なセクハラだからな、あとあまりヘタレを追い詰めるなっていつも言ってるだろ門番のおっさん」
「エリナちゃんの尻に敷かれてるヘタレ領主さまに言われてもねー」
「よし、その喧嘩買った!」
「お兄ちゃん! おじさんも!」
「「すみません」」
なんだよ、門番のおっさんもエリナに頭が上がらないんじゃないか。ざまあみろ。うちの嫁舐めんなよ。
あれ? 俺かっこ悪くね?
「じゃあおじさん通りますね!」
「おう、またなエリナちゃん」
「はい!」
「今日はこのくらいで勘弁してやるからな! 門番!」
「お兄ちゃん!」
「ははっ! 領主さまもまたな」
「おうよ」
不敬罪ってどうなってんのかなこの世界って。
いや、この領地だけか、王都じゃこんな扱いされなかったし。
「今日はハンバーグとぐらたんだっけ?」
「グラタンもこの町のレストランで食えるんだけどな。貴族街の店にしかないからお高いけど」
「んー、あの子たちを連れてってあげたいけど、多分満足しないと思うしなー」
「味はクリス曰く、託児所で出してる飯の方が美味いって言ってたしな」
「違うよお兄ちゃん。お兄ちゃんが作った料理を、みんなでわいわいしながら食べるのが好きなんだよあの子たちは」
「そか。ま、マナーも最低限は教えてるけど町の食堂ならともかく、貴族街のレストランは怪しいしな」
「そうだねー」
にへらっと俺を見てくるエリナの頭を抱きかかえる。「いーたーいー、お兄ちゃんごめんー」とじたばたするアホ嫁を無視して肉屋に向かう。
ぽふっと俺の腕から脱出したエリナが「そういえば、ぐらたんっていっぱい種類あるんだよね? 今日は何にするの?」と食い意地を発揮してくる。
こいつも大量に食うんだよな。全然太らないし、胸に栄養が回らないけど。ただ背はちょっと伸びてるし、筋肉も少しはついてるから、食べたものが脂肪にならない体質なのか。
そういえば胃も強いな。
「マカロニは店で売ってるからマカロニグラタンか、ポテトグラタンだな。今日はハンバーグもあるから、シンプルなグラタンで行くぞ」
「楽しみ!」
「好評ならラザニアとかも良いな。あれはグラタンのカテゴリじゃなくてパスタらしいけど」
「それも食べてみたい!」
「追々な追々。米を使ったドリアなんかもお勧めだぞ」
「うわー、お兄ちゃん凄いね! レシピいっぱい知ってて!」
「グラタンはベシャメルソースを作ればそれっぽくなるからな」
「べしゃめるそーす?」
「ちょっと可愛かったからもう一回言ってくれ。俺の可愛いエリナ」
「べしゃめるそーす!」
「よし、お兄ちゃんのモチベが上がったぞ。流石俺の嫁」
「わーい!」
「でな、ベシャメルソースっていうのは、溶かしたバターに小麦粉を混ぜたものを牛乳で延ばして作るソースで、小麦粉をバターで炒めながらブイヨンと牛乳を入れて延ばして作るホワイトソースとはちょっと違うんだぞ。今日はバター多めのホワイトソースって感じで簡単に作っちゃうけどな」
「ぶいよん!」
「モチベ上がりまくったから今日はベシャメルソースを使ったクリームコロッケも作るわ」
「わあ!」
「グラタンは手間はかかるけど安く出来るし、早く作ってやればよかったな。ま、耐熱皿っていうかグラタン皿を見るまで俺も忘れてたんだけど」
「値段が安い料理ばかりだね」
「それを言ってくれるな嫁よ。先生が早くに奥さんを亡くしたんでな、最年長の俺が低予算料理ばかり作ってたんだから」
「うん、毎日の家事は大変だったけど楽しかったって言ってたよね」
「まあな。あいつらのことは心配だけど、先生がいるから安心してる。俺はこっちでエリナと頑張るよ」
「任せてお兄ちゃん!」
「頼りにしてるぞ、最愛の俺の嫁!」
「お兄ちゃん! 私も旦那様を愛してる!」
『ペッ!』
「ほら、独身のブサイクなおっさんが俺達に嫉妬して、道端にツバ吐いてるからちょっとおとなしくしような!」
「はーい!」
あれ? 今日って工事休みだっけ? 独身のブサイクなツバ吐きおっさんっていっぱいいるの?
◇
「「「いただきまーす!」」」
今日はモチベ爆上がりの俺が暴走したせいで豪華料理になってしまった。
ハンバーグにクリームコロッケ、そしてマカロニグラタン。スープは軽いものにしたが、カロリーが心配過ぎる。最近揚げ物が続いてるし。
「おにーさん、ぐらたんおいしーよ。くりーむころっけもすきー」
「お前はほんとに食い物の時にしか絡んでこないのな。俺のクリームコロッケ一個やるぞ。時間がなくて一人二個しかないからな、足りないだろミリィには」
「わー、ありがとー。おにーさんだいすきー」
「はいはい。グラタンも色んな種類があるから楽しみにしておけ」
「うんー。たのしみー」
ひょいっと俺の皿からクリームコロッケを取ると、ぽててーと小走りで自分の席に戻る。
なんなんだあいつ。
ひょっとして味の感想じゃなくておかずを貰いに来てるのかな、フォーク持参してたし。
「兄ちゃん兄ちゃん! ぐらたんヤバい! すげーうめー!」
その前に一号、お前のテンションがヤバい。ピザの時以上の反応じゃねえか。
「アランの言葉遣いってお兄ちゃんに似ちゃったよね」
「アランはなんだかんだ兄さまにべったりですからね」
「わかったから落ち着いて食え一号。クリームコロッケも食ってみろ。最初に言った通り中が滅茶苦茶熱いから気をつけろよ」
「兄ちゃん! くりーむころっけもヤバい!」
「うるせー。黙って食え。クリームコロッケはミリィに取られて残り一個しかないから、グラタンを少し分けてやる」
「兄ちゃんありがとうな!」
「グラタン皿、出来が良かったぞ。というか普通の皿じゃなくていきなり耐熱皿を作る思考が良くわからん」
「美味そうだったからな!」
「食い意地って恐ろしいなー」
「次は何作るかなー」
「一号」
「なあに兄ちゃん」
「何かやりたいことがあればなんでも言えよ。兄ちゃん協力してやるから」
「へへっ! また変な事言い出すのな兄ちゃんは!」
「最悪武器屋の親父に弟子として預けるけどな。俺なら三日と持たないくらい過酷な修行先だけど」
「武器かー、それもいいなー」
「武器製造は流石にうちじゃ無理だから、本気でやりたいなら弟子入り先を探してやるから言え」
「その時は頼むな兄ちゃん」
「お前は男子チームのキャプテンなんだから、他のガキんちょの要望も聞いておけよ」
「わかった」
話は終わったとばかりにグラタンにフォークを突っ込む一号。
しばらくは食い意地優先で色々探すんだろうな、この様子じゃ。
それでもやりたいことが見つかるならいいか。
ま、学校教育が始まれば他にも色々なことに触れられるし、それから決めても遅くないからゆっくり色々やらせてみるさ。
まだまだ平等じゃないけれど、俺とエリナやみんなで、お前たちに出来るだけ平等にチャンスが与えられるようにしてやるからな。
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