第十一話 いつも通り
朝の弁当販売が終わった。
大量に作ったパスタやサンドイッチは大好評で、毎日売り切れるほどだ。
クレアと婆さんの販売予測が優秀なのもある。
婆さんて聖職者って言ってたけど経理畑の人だったんだよな。よっぽどその教団の予算が厳しいとかあったのかね。低予算でのやりくりが凄い。
託児所の子どもを俺とクリス、シルの三人で迎えに行ってる間に、エリナとクレアを中心に朝食を作る。
「ではみなさん、いただきまーす!」
「「「いただきまーす!」」」
クレアのあいさつで朝食が始まる。
ちなみにいただきますの現地語は未だに不明である。
多分仏教がどっかで広まってるんだろ。そう思うことにした。
メニューはハムエッグとスクランブルエッグ、焼いたソーセージに野菜たっぷりスープとシンプルだ。
無償で預かっている以上、昔みたいに良い物を食いたいだけ食わせるわけにはいかない。
コストを考えながらやっていかないと。とは言え十分豪華だと思うんだけどな。クレアのやりくりは凄いな。
「そうだクリス」
「何でしょう旦那様」
「弁当販売所と一号たちの作った工作品とかの販売所を建てたい。俺の予算というか貯金を使って良いから、アイリーン以外の担当者に任せたい」
「地竜の売却益がありますので予算は問題ありませんが、何故アイリーンを外されるのです?」
「忙しいからだよ、可哀そうだろ」
「いえ、旦那様に仕事を割り振って貰えなかったと落胆すると思いますが」
「ありえそうだな……。じゃあアイリーンに話はするけど、アイリーンには担当者を選ばせるだけで自身は関わるなって言えばいいのかな」
「そうですね、わたくしが『旦那様がアイリーンの仕事量を心配している』と言っていたと一緒に伝えれば大丈夫でしょう」
「俺を出汁にするなよ……。まあそれでアイリーンが自制してくれればいいんだけど」
パキッとソーセージを噛みしめたあとにパンを齧る。パンも自家製で焼くようになったから日本と変わらないくらい美味いと思う。
貧乏舌だから一袋百円以下で買えるようなパンしか食った記憶が無いけど。
あのすごくやわらかそうなダブルなアレを一度食べておきたかったな……。
「上手いこと煽っておきますね」
「煽るな煽るな。そういう所だぞ駄姉」
また不穏なことを言いだした駄姉を無視して残りの飯を食う。
すでに食い終わったガキんちょの何人かは絵本を読み始めたり玩具で遊んだりしている。朝から元気だなー、ともそもそ食ってると、エリナがぽてぽてとこちらに向かってきた。
「お兄ちゃん、狩りにいかないと!」
「お、そうだな。おばちゃんの店に行って野菜屑貰ってから行かないと」
「お弁当はお兄ちゃんの分も持ったからね!」
右手薬指にはめたマジックボックスを見せてくる。
「じゃあいつも通り部屋で着替えてから行くか」
「うん!」
部屋に戻ると、いきなりエリナに服を脱がされた。
「パンツはいいって」
「昨日のままだから駄目」
「俺はすぐ脱いだから」
「そういえばそうだったね」
そう言うとエリナは、ごそごそとタンスから俺の鎧下を上下取り出して着せてくる。
もう毎朝のことなので、エリナが着せやすいようにかがんだり足をあげたりして着せてもらう。
俺に鎧下を着せ終わると、エリナは俺の前で両手を上げて「脱がせて!」とすごい笑顔で言ってきた。「はいはい」と部屋着のワンピースを脱がせると、上下の下着だけになったエリナが「全部!」と言い出した。ああ、今日は甘えモード全開だな。
俺もエリナもわかってるのだ。収穫祭で結婚式が終われば、今までずっと一緒だった二人の生活が変わってしまうことを。いつも通りだった日々がいつも通りじゃなくなることを。
「お兄ちゃん、しまぱんもね!」
下着を脱がせて全裸になったエリナに、タンスから取り出したブラをつけてやり、パンツを履かせ、鎧下を着せる。
終始ずっとニコニコしてるエリナに何か声を掛けようかと思ったが、俺の言わんとしてることはエリナにもわかっている。
だからこそ、今、全力で二人の残りの時間をいつも通りに過ごすのだ。
二人の着替えが終わると、軽く触れあうだけのキスをする。これもいつも通りだ。「おにいちゃんありがと!」とエリナが真っ赤な顔をしながらしてきた日から始まったいつも通り。
「よし、じゃあこのまま胸甲とマントを着けるぞ」
「うん!」
◇
「じゃあこのあたりに撒くか」
「落とし穴に向かって間隔を狭めていくんだよね」
「誘導するためにな」
今日のエリナは全力甘えモードなので、野菜屑を撒く間、俺の腕から離れない。
マフラーもしてるしな。
「じゃあ定位置になったあそこで待つか」
いつも身を隠している場所。いつの間にか下草は切り揃えられ、弁当を広げて休憩をしてきた場所。
「いつも通りだね!」
「おう」
俺の風魔法による探査範囲は半径五百メートルを優に超えている。落とし穴など掘る必要なんかすでに無い。
探査魔法を使用しつつ、エリナを抱えたまま疾風で走り回ってダッシュエミューを探した方が効率が良いからだ。
だが、それ以前に銀貨十枚二十枚の報酬を得るために、領主と領主夫人自ら行うという行為。
姿は見えないが、護衛だって数名付いている。だが誰も無駄だとは言わない。もっとやることがあるだろうとも言わない。
これは、この世界で生きて行くために、俺とエリナが婆さんや子供たちと一緒に生きていくための、いつも通りの俺とエリナの仕事なのだ。
「お兄ちゃん、三つ編み編むの上手くなったね!」
エリナは俺が弄っている髪をにこにこと嬉しそうに鼻毛ミラーを覗き込む。
「半年以上ずっとお前の髪を弄ってるんだぞ、上達しなきゃ俺が困るわ」
「たてろーるはやらないの?」
「あれ道具も無しにやるのは大変なんだよ、エリナにあまり似合ってないしな」
「結局いつも通りの髪型になっちゃうからね!」
「エリナはツインテだな、やっぱ。狩りの時のポニテも好きだけど」
「えへへ! 私もついんてーるが好き!」
――本当は、ずっとエリナと狩りだけしていれば満たされていた。
――夢にまで見た温かい家庭を、エリナは俺に与えてくれた。
――でも、ミコトを発見した日に、覚悟を決めた。
――お兄ちゃん、私も頑張るよ! とエリナも後押ししてくれた。
――俺が温かい孤児院に満足して閉じこもってしまわないように。
――不幸な子どもを救いたいという俺の気持ちを知っていたから。
――そのために二人の時間が減ってしまうことになっても。
――いつだってエリナは俺のことを一番理解してくれているから。
――だから
「ありがとう。エリナ」
「……うん」
「でも、この時間だけは、ずっといつも通りだ」
「ありがとう。お兄ちゃん」
「……ああ。よし、三つ編みはやっぱやめて、ツインテにするぞ」
「ぽにーてーるじゃないの?」
「やっぱりエリナに一番に合ってるからな。今日はツインテが汚れないように気を付けて狩りをしよう」
「うん!」
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