第八話 会議と家名問題
会議の為に登場した俺たち三人は、いつも通り三人掛けの上座に座る。
座ったと同時に左右からしがみつかれ、駄姉はクンクン俺の匂いを嗅ぎだした。
開始の合図をまずしろや駄姉。
「じゃあ始めるか。連絡は行ってるよな?」
俺の合図で、「はっ」とこの場にいる全員が着席する。
というか駄姉妹には一切突っ込まないのかこいつら。
「ではまず私からご報告させて頂きます」
アイリーンが席を立ち、駄姉の前に書類を置くと、でかい会議机を一周して書類を配ってから着席する。
というか一応爵位持ちだし、俺たち以外では一応一番偉いんだから他の人間にやらせればいいのに。
アイリーンの配布した資料には、収穫祭の分刻みのスケージュールや警備兵の巡回ルートや配置、予想される問題と対応方法、そして予算などなど細かく記載されている。
結婚式自体の時間は三十分だ。収穫祭の開催宣言も式終了時にそのまま行うので、俺たちはすぐに自由時間という緩さだ。
駄姉に確認させると、「特に問題は無いでしょう」との事だったので、そのまま進めさせる。
「次に暗殺ギルド、盗賊ギルドの件ですが……」
これもアイリーンが報告してる。抱えすぎだよな。
そうか、今日の会議の最後にでもアイリーンを正式な領主代行に任じちゃおうか。
ついでにこの場にいる連中の肩書やら権限の強化をしておくか。副官を採用しやすくなるだろうし。
などと考えていると、連中の持ち出した全ての金品は回収し、焼却処分されていた書類などもあったが、おおよそ全ての人間の罪状が確定したとの事だった。
事前に恩赦と、反省して才能のあるものは登用したいとの俺の意向も反映されていて、収穫祭後に個人面談を行うと決定した。
「次は閣下肝煎りの件ですね。亜人国家連合に友好使節団を派遣するのは決定しております。目的としては、まずは水稲の種籾もしくは苗の入手を……」
これもアイリーンだ、仕事し過ぎだろ。
「水稲自体はこちらでも一応品種改良はやっているんだろ?」
一通り説明が終わった後でアイリーンに質問する。
「はい閣下。異世界の書籍の情報に加えて、こちらで稲作に詳しい人間を登用して行っております。小規模ですが灌漑も作っていますね。異世界の書籍にあるように、水稲は連作障害も無く、収穫量も麦と比較して確かに多いのですが、期待しているほどの収穫量ではなく、食味も悪くはないという程度ですので、大々的に行うという所まではいっておりません」
「うーむ。単純に稲の種類か、こちらの気候が合わないか、農薬なんかが合ってないのか……。可能なら亜人国家連合から技術者を招聘したい。そのあたりの交渉が出来る人材の選抜と、犬耳族だっけ? 犬人族だっけ? そこへの贈答品なんかも任せる。ちゃんと相手を尊重できる人間を選べよ」
「お任せください」
「頼もしいなアイリーン」
副官にも仕事を回せよと、慰労の言葉でもかけようと思ったら、つい出てしまった誉め言葉に、アイリーンは顔を真っ赤に染める。
「「ひゅーひゅー」」
えっなにこれ。というかそんな軽い会議じゃ無いだろ、ここにいるのは重臣たちだけだし。と、ふと左右を見ると、駄妹は俺の左腕にしがみつきながらガッツリ寝てるし、俺の右側では、駄姉がくんかくんかと俺の首筋の匂いを嗅いでいた。
……ごめんね、緩い会議の場だったわ。
「えと? どういうこと? なんなのひゅーひゅーって」
「閣下、発言よろしいでしょうか」
会議机で左手側の一番手前に座るおっさんが挙手をして発言を求めてきた。名前? 知らん。
座ってる位置からすると、多分領主代行のアイリーンの次席ってところか。
「良いぞ」
「アイリーン殿、いえアイリーン卿は爵位は賜りましたが、領地を頂いたわけでも無く、貴族家を継いだわけでもありませんので、家名がありません」
「ああ、そう言われればそうだった。名字? でいいのかな。あった方が良いよな。普通はどうするんだっけ? 出身地の地名とかか? アイリーンはどうしたい?」
「……」
俺の言葉に、真っ赤な顔のまま黙り込むアイリーン。
「ま、考えておいてくれ。会議が終わったらもう一度聞くし、今日中に思いつかなくてもいつでも良いからな」
「……かしこまりました。では次に公共事業の進捗についてですが……」
いつも通りのキリっとした顔になったアイリーンが会議を進める。公共事業もアイリーン担当なんだよな。
領主代行って事で、各担当官の代わりに報告してるだけかもしれないが。
じゃあアイリーン以外いらないじゃん。と突っ込むのはやめておく。補足事項とかあったら担当官が説明するとか役割があるかもしれないし。
「食費ってこんなに少ないのか?」
アイリーンから渡された資料の内、支出の部分を見て聞いてみる。
「はい、炊事担当者の腕がよく 安い材料で必要十分な食事を提供できているようです。作業員からは食事が美味しく、量も満足と好評です」
アイリーンの言葉を聞いて、俺の匂いを嗅いでいたクリスがピクッっと反応する。
アンナの母親が担当している部署だからか。評価されて嬉しいのだろう。
「そうか、ならもう少し上乗せして食事の質を上げてもいいかな」
「はい、それに特別昇給も考えております。閣下、よろしいでしょうか」
「任せる」
「ありがとうございます」
右腕に抱きついてるクリスが、更に強く腕に力を入れてくる。すごく喜んでるみたいだな。
というか感情移入し過ぎだろと、クリスの胸についているコサージュを見る。いつも身に着けててすごく大事にしてるんだよなこれ。
「宿場町の建設につきましては、現在専門業者を派遣して地割を行っております。規模としては護衛兵含めて五十人ほどが常駐し、加えて五十人ほどが収容できる宿屋を二件、食料品、まぐさなどを提供する商店を複数内包できる規模を予定しています」
「結構大きいんだな」
「これでも小さい方だと思いますよ閣下。利便性に加えて、王都とファルケンブルクの中間地点という立地を考えれば、ゆくゆくは一千人ほどの住民を抱えた町になると予想しております」
「じゃあ将来的な拡張にも対応できるような地割をしてるのか?」
「はい。また託児所の拡張工事が終わり次第、街道敷設と宿場町建設、亜人国家連合の回答次第ではありますが、南の森の新規開拓へと振り分ける予定です。また随時作業員の募集もかけておりまして、こちらも順調です」
「わかった、給金なんかの規定は任せるが、平均より少し多めに払ってやるように」
「承知しております。そして軍部からですが、徴募兵を増強したいとの要請を受けております」
「一応聞いておく。国防は大事だが、想定してる敵はどこなんだ?」
「ラインブルク王国ですが?」
「「「おおー」」」
また会議室内がざわつく。こいつら……。
「ちわっこと婚約したことでもう王家とは縁戚だろ、不穏な発言はやめろって。ちわっこの立場が怪しくなるだろ」
「とはいえ、街道敷設や宿場町建設、新規開拓などでどうしても作業員を護衛する兵も必要なのは確かです」
「最初からそう言えよ……」
「あとは王都を乗っ取る場合にも兵力は必要ですしね」
「はいはい、やめやめ。どうしてそうお前らは過激なんだ?」
「常に様々な状況を予測して対策を立てておくのが政治というものですから」
「言ってることは正しいんだけど、偏ってるんだよお前らは」
「「「えー」」」
くっそこいつら。
前のクズ領主が遠ざけてた理由ってこれじゃないだろうな?
クリスに言わせると、能力は凄いらしいんだけど、アイリーンの陰に隠れてて俺にはわからないからな。
「……議題はこれで終わりか?」
「はい、本日はこれで全ての報告が終わりました」
「じゃああれか、アイリーン、何か名字? ファミリーネームっていうのかな? この世界だと。何か思いついたか?」
「で、できましたら!」
アイリーンが、いつもの表情を崩して声を絞るように出す。
「お、何かいいもの思いついたか?」
「クズリューの家名を名乗りたく思います、いえ、存じます」
貴族の女性だと思いますっていうのを存じますって言うんだっけ?
いちいち言い直すアイリーン。貴族として頑張ろうとしてるんだな、爵位なんか得ちゃって苦労してなきゃ良いけど。
……って。クズリュー? 俺の名字?
功績のあった家臣に自身の名字を名乗らせるってのは日本、特に戦国期ではありふれてたけど、そういうことだよな?
「領主家の家名が欲しいってことか? そういう習慣がここにもあるんだっけ?」
ピクンと反応したクリスにも一応尋ねてみる。
アイリーンは俺の問いにどう答えようか考え込んでいるようで、真っ赤な顔のまま俯いている。
「いえ、旦那様。旦那様の家名を名乗りたいということは、側室にあがりたいということですわ」
またかよ……。緩すぎないかこの世界。
先日のエリナの甘え方もちょっと気になるし。俺としてはやっぱりエリナを一番尊重したい。
だってそうだろ? この世界の住人でもない俺を、初日からずっと支えてくれたんだぞあいつは。
なら俺の返答は決まっている。
「保留!」
「「「ヘタレー」」」
うるせー。ヘタレ舐めんな。
「うっさい。アイリーンはクズリューの家名を名乗りたければ、まずはエリナを説得しろ。あとは仕事をちゃんと割り振れ。お前ひとりに背負わせてる状況を解消してからだ」
「はい! 頑張ります!」
「はいじゃあもう解散だ解散! お前らすぐに仕事に戻れ。俺達は帰るから」
「「「はっ」」」
はー。今夜にでもエリナと話をしないと。
いつまでもエリナに甘えすぎだな俺。
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