第六話 謁見


「お兄さんお兄さんこっちこっち!」


「はいはい」



 ちわっこに手を引かれてふかふかの絨毯が敷かれた城内をずんずん進む。

 ほんと犬だなこの懐き方。

 もし尻尾が生えてたらぶんぶん振ってそうなほどハイテンションだ。


 俺の後ろにはエリナとクレアが二人で手をつないで歩いていて、その後ろに駄姉妹が並んでついて来ている。

 駄姉妹は手をつないでいない。

 エリナとクレアは城内の調度品やら絵画やらに驚いているが、まあ変に声も出してないし大丈夫だろう。

 駄姉妹が二人の後ろについてるのは多分何かあった時にすぐにサポートできるようにだろうしな。


 中央の通路を進み、扉を何回かくぐると階段が現れる。



「お兄さんお兄さん、この階段の上が謁見の間だよ」


「あーあ、とうとう謁見か」


「父上は馬鹿だけど優しいから大丈夫だよ」


「馬鹿って言っちゃったよ」


「宰相に好きなように操られてるからねー」


「もう嫌な予感しかしないんですけど。ちわっこ、お前兄弟は?」


「弟がいるから次の王様は弟だね」


「弟は優秀なのか?」


「どうかなー、まだわかんない」


「まーそりゃそうか」



 階段を上りながらちわっこと会話をしていると、階段を上り終わる。

 今までの扉の倍以上も大きい扉が、護衛兵によって開かれ、ちわっこに先導されるまま中に入る。

 やたらと広い空間に、やたらと豪華なシャンデリアが高い天井から吊るされ、壁やら玉座の周辺にも高級そうな調度品が置かれ、さらには楽師が小さなボリュームで音楽を奏でている。


 なんなのこの金の掛け方。

 非公式でこれかよ。無駄遣いも良い所だな。

 あの絵画か壺が一個でもあればどれだけのガキんちょが食っていけると思ってるんだ。


 ちなみにファルケンブルク城の調度品なんかは必要最低限を残してすべて売却した。

 駄姉に「王都からの使者や上級貴族を接待するにはある程度の格式を持つ必要がありますよ」と言われたので、その辺りは駄姉に任せたのだ。

 おかげで予算再編を待たずに公共事業を開始できたのだからいいことづくめだ。


 ちわっこに手を引かれて玉座に向かって歩かされる。

 そういや帯剣したままなんだけど、本気でこの国が心配になってきた。

 駄姉がうずうずしてそうで後ろを振り向くのが怖い。



「父上! このお兄さんに命を救ってもらったんですよ!」



 跪く時間すらなく、いきなり玉座に座るおっさんに話しかけるちわっこ。

 そのお決まりのような白いひげを生やしたおっさんは五十前後くらいか?

 たしかに優しそうな雰囲気を持っている。

 王なのに支配者としてのオーラとか全く感じないが、玉座の横に侍る四十前後の目つきの悪いおっさんの方がよっぽど支配者の空気を出している。

 多分これが王をいいように操ってるという宰相か。

 


「おうおう、シャルロッテ、無事でよかった」


「このお兄さんたちはね、地竜も倒しちゃったんだよ!」


「報告は受けておる。親衛騎士団を救い、地竜を倒し、野盗を五十名近く拘束し、我が愛娘シャルロッテを助けたとな。素晴らしい大功である。大義であった」



 大儀と言われて、慌てて跪く。

 後ろに控える嫁たちも俺に続いて跪いていく。


「はっ」


「特に余の可愛いシャルロッテの命を救ってもらったこと、感謝に絶えぬ。正式な沙汰は後日の叙爵式になるが、何か希望の褒美などはあるか?」



 何も考えてなかったな……。

 そうだ、特定ギルドのギルド長の件があった。

 駄姉と打ち合わせできなかったのが悔やまれるが、まあいい。

 言うだけ言ってみるか。



「でしたら、我がファルケンブルク領は先代領主の悪政によって疲弊しており、現状では何ら生産性に寄与しない暗殺ギルド、盗賊ギルドの支援が難しい財政状況であります。出来ますればそのギルド長を王都へ召還いただき、当該ギルドにつきましては廃止させて頂きたいのですが」


「なんと! 伝統あるギルドを廃止させよと! 陛下、なりませぬぞ。ラインブルク王国建国以来の伝統を持つギルドです。生産性などは別の問題でございます」


「うるさいぞエドガルド! お兄さんへの褒美の話にいちいちお前が入ってくるんじゃない!」



 シャルがいきなりエドガルドという名らしい宰相に怒鳴る。

 人格が切り替わったように、急に声も少し低くなる。

 先程まで自分の父親に今日の件を報告してたのとはえらい違いだ。

 もー、なんなのこの子。

 最近の子はキレやすいって言うけどこういう事なの?

 孤児院や託児所にはそういう子はいないんですけど。



「王女殿下はまだお若こうございます。国の運営の難しさはまだご理解いただけぬかと」


「黙れ! 貴様は父上をいいように利用しているだけではないか! 父上、このような奸臣、今すぐに処刑すべきです!」


「シャルロッテや、お前は随分エドガルドとは仲が悪いが、エドガルドは国のあらゆる組織を熟知しておる有能な家臣なのじゃ。なのでその件に関してはいくらシャルロッテの言葉でも聞き入れるわけにはいかん」


「陛下、そのように言って頂き大変光栄に御座います。王女殿下にもいずれおわかりいただけるかと思います」


「チッ、寄生虫め。取り入るのだけは有能なようだな」



 シャルが凄い言葉で宰相に文句を垂れてる。

 全然別人じゃん。怖い。

 チョップする度胸も無いぞ。

 俺ってヘタレだしな。



「ふむ、しかし二人のギルド長の召還に廃止か……。それについては宰相と協議して叙爵式の際に返答しよう。それとは別に何か希望は無いか?」


「いえ、特には……」


「ならば父上! 私とクズリュー卿の婚姻をお認め下さい!」


「は?」



 つい声が漏れた。



「ほえ?」



 王も理解不能というようにアホな声をあげる。

 ああ、馬鹿なんだっけこいつ。

 馬鹿王と呼ぶか。

 脳内で。



「これは素晴らしい! めでたい話ではないですか陛下!」


「駄目じゃ!」


「しかし陛下、クズリュー卿は地竜をも倒すほどの腕前でファルケンブルク伯領主ですぞ。王女殿下が降嫁するには全く問題無いかと」


「駄目ったら駄目じゃ!」


「なぜですか父上!」


「駄目だから駄目じゃ! この話は無し! さあクズリュー卿、もう下がって良いぞ!」


「……はっ」



 どうしようと困っていたところに、帰って良いと言われたので、さっさと立ち上がってそのまま後ろに下がる。

 ちわっこはまだ馬鹿王とギャンギャンやりあってる。

 もう知るか。


 さくっと謁見の間から逃げるように抜け出すと、護衛兵かなにかが出口まで先導してくれる。

 色々文句を垂れたいところではあるが、一応城内なので黙っておく。


 城を出て、王城門までたどり着くと、さっさと馬車に乗り込んで一息つく。



「で、なんだったんだあれ」


「……」



 俺の零した言葉に誰も答えられない。



「とりあえず駄姉の予約した宿屋だか宿泊所に向かうか。御者に伝えてくれるか?」


「はい旦那様」



 駄姉が客車内から指示を出すために御者と繋がる窓を開けていると、エリナが声を掛けてくる。



「お兄ちゃんシャルちゃんと結婚するの?」


「するわけねー、むしろ急にちわっこがあんな事言い出してびっくりしたわ」


「でも兄さま、結局結婚することになると思いますよ。今までの経験上から考えると」



 クレアの的確過ぎる言葉が痛い。

 俺チョロいみたいだしな。

 いやでも流石に王女は無理だぞ、中央と関わりあいたくない。

 さっそく政権内部でドロドロしてたし。



「なんも言えないけど流石に王女だぞ、無理だ無理無理かたつむり」


「かたつむり? でもお兄様は平民の身ながら革命を起こして、わたくしたち姉妹と婚約して下さったじゃないですか」


「順番が違う! そういう所だぞ、駄妹が残念美人なのは」



 御者に指示を出し終わった駄姉が「でも旦那様」と会話に入ってくる。



「これで合法的に王家から人質を取れるではないですか」


「お前はそれしかないんか……」



 なんでいつまでたってもまったり孤児院で暮らせないんだ。いや孤児院以外で寝泊まりするのは今日が初めてなんだけどな。

 あ、遭難したことがあったな昔。

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