第五話 アイリーン


 抱き着いてきている腕を抜いて、二人の頭を抱えながらなでる。

 今謁見の間にいるのは駄姉妹の側近だけだ、いちゃついても何も言ってこない。



「旦那様、とりあえずわたくしと婚約していただけませんでしょうか? 結婚の時期に関してはエリナ様やクレア様と相談させていただきますが」


「お兄様! わたくしもまずは婚約して欲しいです!」


「というか二人はそれでいいのか? 俺自身二人の事は性格に少し難ありだけど、子供達には優しいし見た目も美人で綺麗だとは思ってる。ただ結婚をするほど惚れているかっていうとそこまでの愛情は無いぞ多分。もちろんもう身内として認識してるから家族としてなら愛してると断言できるが」


「最初はそれでも構いませんし、貴族の婚姻というものに愛情などありません。わたくしの望んだ殿方が旦那様だというだけで幸運ですのに、憎からず思っていただけるだけでも十分なのです。もちろん旦那様を惚れさせる自信はありますから、その時こそ結婚して頂きますけれど」


「わたくしも同じですお兄様! 命まで救われて、子供達の救済まで行っているような英雄に惚れました! 必ずわたくしに惚れさせてみせますので!」


「わかった。ただし俺は構わんから、エリナとクレアにちゃんと相談してくれ。二人が不許可だったらその時はクリスが領主をやれ。協力はするから」


「かしこまりました旦那様」


「ありがとう存じますお兄様!」


「では早速王都に爵位継承の許可申請書を送りますね。形式上は領主エルグランデの娘婿に爵位を継承するという事になります。この国では女婿にも継承権は認められていますので、無事認められれば旦那様はファルケンブルク伯爵位を持つトーマ・クズリュー閣下となります」


「貴族ねぇ。まあ実務は任せて孤児院に住み続けるし、普通に狩りや買い物もするつもりだからそんなに生活に変化は無いだろうけど」


「領主は一応公表いたしますけれど、庶民にはなじみがありませんからね、今まで通りの生活が出来ると思いますよ」


「登録証は変わるのか?」


「市民登録証に爵位と領地名が表示されるだけです。わたくしたちの登録証は生まれた時に血液登録をした登録証を統合したもので機能が少し違います。ですので素材や表示される項目も少し違いますが」


「じゃあ見せて表示されてる内容を見た時にちょっと店員や門番が驚くかもしれないって程度か」


「そうですね、露天商店では特に登録証は出しませんし。旦那様の場合は見た目は市民登録証そのままですしね」


「政務は実際どれくらいになるんだ?」


「何か報告があれば専属の侍女から報告がある程度です。重要案件だと登城の必要があるかもしれませんが、可能な限りわたくしやシルヴィアが代行いたしますので」


「頼りになるなクリスは」


「ふふふっ、もう惚れましたか?」


「もうちょっとかなー。過激な発言が無かったらとっくに惚れてたと思うぞ」


「お兄様! わたくしも頑張ります!」


「頼むぞ。軍部の掌握は治安維持やこの町の防衛に必要だからな」


「はい! お任せください!」



 二人の良い匂いのする頭をなでてると、呼んでいた文官の一人が到着したと扉を守る護衛が声を掛けてくる。



「えっと、通して」


「失礼いたします」



 華奢な体をした二十台半ばくらいの女性が謁見の間に入ってくる。

 謁見の間中央まで進むと、茶髪のミディアムヘアーを下げながら跪く。



「英雄殿、姫様方、お呼びにより参上いたしました。アイリーンでございます」


「旦那様、アイリーンはまだ若いですが大変有能な文官で、平民出身ながら先日までは財務担当次官として職務に就いておりました」


「ほう。しかしあのクソ領主の財務担当のナンバー2って事は相当な高官だろ? 今までの予算案に賛同してたんじゃないのか?」


「いいえ、彼女は何度も修正案を上に提出しておりました。ほとんど却下されておりましたが、それでも孤児院周辺の街灯設置と巡回兵の詰所新設を、旧貴族別荘地の地価上昇策として認めさせた手腕がございます」


「婆さんの嘆願を通してくれた人物か……あれほど嘆願しても運営費の増額は通らなかったのに、それより遥かに予算が必要な治安関係の嘆願が通ったのはそういう事か」


「英雄殿、私の力及ばず大変申し訳ありません」


「いや、治安問題は懸念事項だったからそれだけでも通してくれたのは助かった。運営費は狩りで補填出来ても治安はどうしようもなかったからな」


「どうでしょう旦那様。今年度の予算を全て変更するのはたしかに難しいです。ですが、不要な予算等を調べ上げ必要な所に回し、不足分は領主家の資産から補填することで対応しようと思います。調査及び予算再分配案作成担当は彼女に任せたいと思いますが」


「俺に異論はない。アイリーン、前領主の尻ぬぐいは困難だと思うがやって貰えるか?」


「はっ、光栄でございます。非才の身ではありますが、このような大任を賜りました以上、全身全霊を持って任に当たらせていただきたいと思います」



 その後は、各部署毎に駄姉妹が信用する人材を要職に登用し、領地内の問題点の洗い出しなどの指示を出していく。



「冒険者ギルドは別としても、暗殺ギルドと盗賊ギルドのギルド長を呼びつけて解散させたいが」


「流石にそれは性急すぎます。爵位の継承が認められ、正式にファルケンブルク伯爵の立場にならないと難しいでしょう。国との折衝も必要ですし」


「国からの要請で運営補助をしてるって建前だったっけか。めんどくさいが国に喧嘩を売るわけにはいかんしな」


「一応調査も継続しておりますし、洗い出しが終わるころには爵位継承の許可は出てると思いますよ旦那様」



 駄妹は内政の話をしてる間はずっとにこにこしてるだけで何の発言もしないのな。

 まあ武官を呼んだ時はテキパキと指示を出してたから自分の役割をちゃんと心得てるだけなんだろうけど。



「ま、一通り指示は出したし帰るか」


「「はい!」」



 時計が無いので詳しい時間はわからんが、朝一で乗り込んで今はもう夕方くらいだろう。

 昼飯も食ってないから腹が減った。

 早く帰ってエリナとクレア、ガキんちょどもを安心させないとな。


 しかしまだ正式に認められたわけじゃないけどヘタレの俺が領主ねー。

 まさかこんなことになるとはな。

 まあ駄姉妹もいるし、なんとかガキんちょどもの為に頑張らないと。

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