第四章 ヘタレ領主

第一話 レボリューション


「どうしてこうなった」



 俺は今、ファルケンブルク伯爵領領主、エルグランデ・グライスナーに日本刀を向けている。

 俺の愛刀である一期一振の刀身は魔力によって倍ほどに延伸され、更にバリバリと放電音が発生している。

 この魔法は刀身にさえ触れなければ感電はしないが、持っている俺ですら怖いのだ。切っ先を向けられている領主はもっと怖いだろうな。





 婆さん、クレア、駄姉が中心となって作った孤児院及び託児所の運営に関する提案書が完成したので、昨日駄姉妹が、この町の中心にあるファルケンブルク城に特定ギルド廃止提案書と共に持って行った。


 だが今朝早くに、駄姉妹が血相を変えて孤児院に飛び込んでくる。

 もはや婆さんの防御魔法と施錠魔法が意味を成していないのが最近の頭痛の種だ。


 そんな俺の悩みの種を無視して、開口一番に「領主を説得してくださいませ」、「現場の声を直接聞かせて頂きたく存じます」と言うので、仕方なく俺は駄姉妹と一緒に登城する事にした。

 エリナとクレアも俺についていくと聞かなかったが、駄姉妹が俺の身の安全は保障すると約束し、俺が二人を抱きしめながら孤児院を守ってくれと説得して、何とか納得してもらったのだ。


 見た目の良い服を着ろというので、タンスを探してみたが、貴族と会うのに失礼のない服が無かった。

 だが鎧下に胸甲とマントをつければ見た目は問題無いし、高ランク冒険者でドラゴンスレイヤーの称号を持つ立場なら貴族にも見劣りはしないと乗せられて完全武装で登城した俺もうかつ過ぎた。


 城へ向かっている最中に聞いた駄姉妹の話によると、託児所の予算請求もギルド廃止案もどちらも話すら聞いてもらえなかったんだと。

 月額で金貨二枚もないんだぞ? そんなに領主ってケチなのかよ。

 なので、先日ぽろっと俺が言った、駄妹と町を救った恩賞として予算請求を通す方法を取りたいと駄姉が言ってきた。


 たしかにその方法ならば予算請求は通しやすいだろうとは思うが……。


 緊張しながら城門をくぐるも、駄姉妹がいるからか、特に武器を預けることも、魔力を封じるようなアイテムを身につけさせられることもなく謁見の間に通される。


 ヘタレがついているとはいえ、ドラゴンスレイヤーの称号持ち相手に帯剣させたまま謁見するとか……。

 平民だけど魔法も使えるしな。貴族相手に通用するかはわからんが。

 危機管理とか大丈夫なんか?

 何かあれば駄姉妹が俺を取り押さえれば良いと思ってるのかな領主は。


 歩きながら駄姉に簡単に作法を聞き、言われた通りにふかふかの絨毯の上に跪き、領主を待つ。


 しばらくすると、謁見の間の奥にある豪奢な扉が開き、何人か入ってくる。

 跪き、頭も下げているので様子はわからないが、言われた通りそのまま大人しく声を掛けられるのを待つ。



「クリスティアーネ、シルヴィア、待たせたな。で、そこの男がシルヴィアの命の恩人か」


「その通りでございますわお父様」


「父上、わたくしの命だけでなく、この町も救ってくださったドラゴンスレイヤーの称号を持つ英雄なのですよ」


「ふむ。面をあげよ」


「はっ」



 返事をして顔をあげると、豪奢な服を纏い、カイゼル髭を蓄えた四十くらいの男が椅子に座っている。

 またその隣には、俺より少し年上であろうこれまた豪奢な服を纏った男が、領主の椅子の横に屹立していた。

 これが駄姉妹の兄で後継者か。



「この度は平民の身の上にもかかわらず大義であった。褒美を取らすゆえ、後ほどお前の住処に使者を派遣してやろう」


「お父様、流石に無礼が過ぎましょう」


「父上! この町の英雄に対してなんというおっしゃりようなのですか!」


「黙れ! 父上が平民ごときに直接声を掛けるだけでも望外の褒美なのだ! いい加減お前たちは領主家の者としての自覚を持て!」 



 ここまで酷いとは思わなかった。

 俺の功績や褒美なんてどうでもいいが、ここまで平民に対して偏見を持ってる連中に、平民でも更に下層の連中を援助しろと言っても難しいだろう。



「トーマ様はご自身への褒美より、孤児院やこの度新設致しました託児所への予算配分をご希望されております。昨日お渡しした資料にも記載がございますが、一月あたり金貨一枚に加えて、預かる子供一人当たり銀貨五枚の資金援助をご希望されております」


「父上、どうか恵まれない子供たちに支援をお願い致します!」


「お前たち! まだそのような無駄な事を! 昨日その話は却下したではないか!」


「まあまて、セドリック。可愛い娘たちの願いだ、聞いてやりたいと思うのが親というものだ」


「ではお父様」


「父上! ありがとう存じます!」



 駄姉妹が父親の言葉を受けてその表情を明るくする。



「だが、今年度の予算はすでに決められておる。諦めて下賜される褒美でもって運営するがよかろう」


「お父様、そのような一時凌ぎの予算では意味が無いのです。安定して運営し、子供たちが健やかに過ごせるよう、また親たちが安心して働けるよう、恒久的な支援を頂きたく存じます」


「父上、せめて来年度からの予算配分をお約束頂けませんでしょうか?」


「いい加減にしろ! クリスティアーネ! シルヴィア! 平民の、それも下層のゴミ連中にこれ以上の予算を割く余裕はない!」


「……お父様もと同じご意見なのでしょうか」



 妹に名前を呼び捨てされたセドリックという愚図が、何かの聞き間違いか? という感じで首をひねっている。

 本当に駄目だなこいつら。



「他ならぬお前たちの願いだ、叶えてやりたいとは思うがな。予算編成は各部門の利権が絡み、お前たちのような若輩には理解できぬ案件だ。領主家の予備費の中から褒美を出すからそれで何とかすればよかろう、数年やそこらはそれで問題無いはずだ」


「……平民には予算を割く必要はないという事でよろしいですか? お父様」


「そうだ、だからこの件は諦めよ。ギルドの件もそうだ。あれは国も絡んでいて更に複雑だ」


「かしこまりましたわ。お父様、いえ……

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