第十話 ポンコツ
「そういえば女騎士、お前の知り合いに魔法を教えるのが上手い知り合いはいるか?」
「何人か心当たりはおりますが、地竜を倒したトーマ様とエリナ様程の使い手にお教えできる人間となると......」
「いや、俺とエリナに教えてもらいたいのもあるんだが、クレアに白魔法の才能があったんだよ」
「クレア様もですか? そういえばムーンストーンの魔法石を買われていましたね」
「適性が白魔法しか無いが、潜在魔力がかなり高いんだ。だが俺達だと魔力の励起が教えられないんだよ」
「それでしたら全属性で特に白魔法が得意な人間を一人知っております。他者の魔力励起が出来るかはわかりませんが、指導力ならば問題無いかと思いますので、時間の都合が付くか確認してみますね」
「おお、頼む」
女騎士が顔を横にそむけると一人の女性がすっと現れる。
一言二言女騎士に言葉をかけられると、「承知いたしました」と言葉を残し姿を消す。
「なあ、今のって......」
「わたくし専属の侍女です。生まれた時から側につけられた腹心です」
「あっそ」
深く追求するのはやめよう。
ファンタジー世界に来て一年過ぎて結婚もしたけど、まだまだ慣れてないんだな俺。
その後は晩飯の材料を買いつつ、女騎士に庶民の金銭感覚などを説明していく。
市場で働く人々が、領主家に対してどういう感情を持ってるかわからないので、もし誰何されたら正体は明かさないように適当に説明しろと言ったところ、「トーマ様の三人目の妻の予定です!」とか言い出してエリナとひと悶着があった。
「お兄ちゃん!!」
「こいつが勝手に言い出したんだぞ!」
「申し訳ありませんエリナ様、領主家の人間が庶民の生活を調査している事は隠せとトーマ様に申し付けられましたので」
「シルヴィアさんは良い人だと思いますけど、お兄ちゃんのお嫁さんとして認める事とは別ですからね!」
「いやだからエリナ、咄嗟の嘘でそんな気持ちは無いだろこいつには。そもそも身分差があるだろ」
「トーマ様! 身分差なんて関係ありません! いざとなればわたくしは平民になる覚悟がありますから!」
「お前状況を考えろや!」
「お兄ちゃん! まだクレアとも結婚してないのに!」
「当たり前だ、まだクレアと結婚してないのに次なんか考えられるか!」
「ですので三番目の妻と!」
「三番目はハンナかニコラかミリィですよ! シルヴィアさん!」
「でしたら何番目でも!」
「ミコトちゃんも順番待ちしてるんです! シルヴィアさんはその後です!」
「わかりました! 七番目ですね!」
「ミコトはまだ一歳だぞ......。あと孤児院の女子チームを全員嫁にするのはやめろ! これから同世代の男のガキんちょも入ってくるんだから、健全な恋愛をしろや!」
『ペッ!』
「ほら、独身のブサイクなおっさんが道端にツバ吐いてるから! もうやめやめ! 俺はお前と結婚する気は無いぞ!」
「何故ですかトーマ様! やはり胸が大きすぎるのが良くないのでしょうか!」
「お前馬鹿だろ、出会って一週間も経ってないんだぞ」
「でもエリナ様はトーマ様と出会って三日で求婚して、それっぽい返事を頂けたとお聞きしましたが」
「エリナーー!!」
「つい喋っちゃった。でも孤児院の子はみんな知ってるしね!」
「お前の場合は好感度マイナススタートだからエリナとは違うの! もう二人目も決まってるしこれ以上嫁さん要らないの!」
「諦めなければトーマ様ならなんとかなるとクレア様にも助言頂きましたが」
「どういう評価だ......チョロいのは俺なのか? いやいや、俺はハーレムなんて望んでないぞ」
「お兄ちゃん! シルヴィアさんとの結婚はクレアの結婚が終わるまでは絶対にダメだからね!」
「エリナお前、最初結婚は認めないとか言ってたのに何でいつの間にか結婚自体は認めてるんだよ!」
「エリナ様! ありがとう存じます!」
『カーッ! ペッ!』
「ほら、独身のブサイクなおっさんがとうとう道端に痰を吐きだしたから! もうこの話はしない! 俺は女騎士とは結婚しない! 以上!」
「お兄ちゃんのヘタレー」
「トーマ様は地竜に向かっていく姿はとてもたくましかったのに、やはり皆さんのおっしゃる通りヘタレなのですね。それでも好きですが!」
「うるせー、さっさと帰るぞ」
アホ嫁を腕にぶら下げつつ孤児院へと戻る。
「帰ったぞ弟妹ども!」
「「「おかえりー」」」
「ぱぱ! えりなまま! おねーちゃ!」
クレアと手をつないで出迎えに来たミコトがこちらに向かってぽてぽてと歩いてくる。
可愛い。
「ただいまーミコトー」
「ミコトちゃんただいまー、エリナママ帰って来たよー」
「ミコトちゃん可愛い過ぎですね......」
俺の横をすり抜けて、エリナの足にがばっと抱き着くミコトをエリナが抱き上げると、きゃっきゃとご機嫌だ。
パパちょっと寂しいぞミコト。
ミコトが無事エリナに抱き上げられたのを確認したクレアが「兄さま、姉さま、シルヴィアさんおかえりなさい!」と言ってきたのをエリナと女騎士が返事を返したところで、俺はクレアに声を掛ける。
「ただいまクレア、ちょっと俺の部屋に来てもらって良いか?」
「はい、兄さま」
女騎士にマジックボックスの荷物を台所とリビングに置いておくように指示すると、がしっと俺の腕にしがみつくクレアを連れながら俺とエリナの部屋に入る。
「クレア、左手を出してくれるか?」
「? はい兄さま」
クレアの左薬指にムーンストーンの魔法石が埋め込まれた指輪を通す。
「兄さまこれって......」
「俺が怪我した時に無くしたと思ってた指輪が見つかったんで、クリーニングをして割れた魔法石をクレアの属性に合わせてムーンストーンに替えたんだ。結婚まで待たせることになるから、せめて婚約指輪を渡しておかないとって思ってな。中古で悪いけど、俺を守ってくれた指輪で縁起は悪くないし、結婚指輪はちゃんと別に用意するからそれまでこれで我慢してくれるか?」
「兄さま......だいすき......」
そっと抱き着いてくるクレアの頭をなでる。
「じゃあ飯作るから手伝ってくれるか?」
「はい!」
◇
広くなった台所で俺とエリナとクレアで料理を作る。
新メニューとしてポテサラサンドを明日から出すというので大量のポテサラを作るエリナはそれだけで手いっぱいだ。
クレアは時折指輪を見ては「えへへ」、「てへへ」とご機嫌だが、料理の速度は一切落ちないどころか、むしろより丁寧に早くなってるので何も言わない。
「あの......」
「エリナ、そっちはどうだ?」
「大丈夫、順調だよお兄ちゃん」
「あの......」
「クレア、それが終わったら代わってくれるか? シチュー仕上げちゃうから」
「はい兄さま。てへへ」
「あの......」
床で正座している女騎士が声を掛けてくる。
いい加減しつこいから相手をしてやるか。
「なんだよポンコツ」
「わたくしにも何か手伝わせてくださいませ」
「お前が何かしようとすると却って仕事が増えるから大人しく正座してろ」
「申し訳ございません」
皿を準備させたら割る、野菜を洗わせるとボウルごとひっくり返す、野菜の皮むきをさせると指を切りまくる。
怖くて火なんか使わせられないし、今後は刃物も厳禁だ。
前に手伝ってもらった時は、料理を運ぶ程度で問題無かったとの事なので料理が出来るまで正座させている。
ガキんちょどもの相手をしておけと言っても、ここから離れたくないとか言い出すし何しに来たんだこのポンコツ。
本来の役割を忘れるなよ。
料理が出来上がり、女騎士や一号などにも運ばせて食事が始まった。
「トーマ様! どの料理もとても美味しいです! 特にこのポテトサラダは今まで食べたものとは別物です!」
「店で売ってるマヨネーズじゃ物足りなくて自家製マヨネーズを使ってるからな。安くて美味いから孤児院では人気メニューだぞ」
「素晴らしいですね。このシチューも野菜たっぷりで美味しいですし」
「クレアのお陰で食事のレベルが上がったからな」
「そんな、私兄さまの料理も好きですよ。てへへ」
食事中もちらちら指輪を見てずっと浮かれているクレアはもう放置しておく。
「やはりトーマ様は料理のできる女性がお好みなのでしょうか」
「そういや特に気にしたことは無かったが、エリナもクレアも作る料理は美味いし手際も良いし、家事も得意だし子供の世話も上手だな。俺もここのガキんちょどもと同じ境遇だし、家庭的な女性に惹かれるのかもな」
「頑張ります!」
「頑張っても無理だからな。色んな意味で」
◇
ガキんちょどもと一緒に風呂に入る。貴族か富豪でも無い限り毎日の入浴はしないのだが、魔法のお陰で簡単に用意できるのはありがたい。
入浴後には、ぱぱっとエリナと二人で手分けして預かった子らの髪を乾かすと、エリナを孤児院メンバーのドライヤー係に残してポンコツは女の子を、俺は男の子を各家に送り届ける。
ポンコツの役割が一つできたな。
孤児院に戻ると、頑なに自分でやらないエリナの髪を乾かしてやる。
「そういえばポンコツはいつ帰るんだ?」
「とりあえず一ヶ月の間部屋をお借りしてますが、延長はいくらでも可能とイザベラ院長様に言って頂きましたが」
「へ? 泊まるの? 一ヶ月も?」
「トーマ様と一緒に過ごして子供たちの生活を見るという話でしたが」
「孤児院は宿泊施設も兼ねてるからお前が良いなら別に構わんが、ちゃんと家には連絡しておけよ。あとベッドとか寝具は完全に庶民の物だから文句言うなよ」
「軍生活がそれなりにあるのでその辺りは適応出来るかと存じます」
「よし終わったぞエリナ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「兄さま、姉さま、明日のお弁当販売の仕込みをしちゃいましょう。えへへ」
「ナポリタンソースを作って照り焼きチキンを仕込んだらあとは野菜を切っておく程度だけどな。大量にだが」
「なぽりたんって簡単なのに美味しいよねお兄ちゃん」
「鉄板焼きみたいにして少し焦げ目をつけながら食うのも美味いんだよあれ」
「それ美味しそうですね兄さま。てへへ」
「トーマ様、やきそば風パスタに入っていた肉が特に美味しかったのですが、やはり高級肉なんでしょうか」
「今日肉屋に行って買ってきた肉かすな。ラードを作る時に残った物だから安いんだぞ」
「知恵と工夫で安く美味しい物を作る。素晴らしいですね」
「ナポリタンや焼きそばパスタをパンにはさんでも美味いんだけど、食パンよりはコッペパンにはさむイメージなんだよな」
「お兄ちゃん、パンもうちで焼いちゃう?」
「うーん、ふくらし粉がそこそこ高いからパンから焼くなら天然酵母を作るか。パンも夕方買ってきたのを使ってるから、焼き立てに拘らなければ晩飯と一緒にパン焼いておけば良いし。ただ手間がなー」
「本格的にパンから焼くとなると小麦粉の仕入れ先やパン窯も新しく作らないとですね兄さま。えへへ」
「地竜の討伐報酬も出るし、イニシャルコストは気にしなくて良いから、稼ぎで維持費を捻出しながら黒字化できると確定した時点で検討しても良いな。一号がピザ窯欲しがりそうだしその辺りも考えつつだな。売れ行きが安定してきてメニューを増やす余地が出てくれば、唐揚げやラスクみたいな揚げ物も出したいし。というかこれ以上サンドイッチが増えると、パンの耳が出まくって孤児院で消費しきれなくなるぞ。預かった子供にラスク持たせたりしてるけど、流石にな」
「その辺りの計算なんかは任せてください。てへへ」
「今日はずっと浮かれてるが流石俺の婚約者だなクレア。それに引き換えポンコツには割り振る仕事が無いな」
「頑張りますね!」
「何を言われてもへこたれない根性だけは認めるが」
「ありがとう存じます!」
「まあちゃっちゃと下準備しておくか。ポンコツは明日売り子で頑張るんだぞ」
「はい! トーマ様」
はいはいと返した俺は、嫁と婚約者と一緒に、明日の弁当販売の準備を始めるのだった。
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