第七話 試験販売
「お兄ちゃん! さんどいっちの準備できたよ!」
「兄さま、パスタの準備できました!」
「兄ちゃん、弁当箱並べておいたぜ!」
「よし、じゃああとは売れ行きだなー」
先日クレアとの会話で出てきた弁当販売。
コスト計算などはクレアに任せて、俺とエリナで市場を中心に、孤児院で弁当販売の宣伝をお願いした。
責任者として登録すれば、常に常駐しなくても路面販売なら可能と言われたので、商業ギルドの登録はとりあえず俺だけにしておいた。
メニューはタマゴサンド、BLTサンド、テリヤキチキンサンドが二切れずつ入ったサンドイッチセットが銅貨三十枚。
焼きそば風パスタ弁当、ナポリタン弁当が各銅貨二十枚という格安の値段だ。
ただしこの値段は弁当箱など入れ物を持って来た客の値段であり、弁当を入れる弁当箱は銅貨二十枚で並行して販売している。
これは一号が男子チームを統率して木で作った弁当箱だ。
あいつはこういう細工物が好きらしい。
欲しいものを考えておけよと言った件で、そういえばと金槌やのこぎり等の工具が欲しいと言い出したのだ。
それ以降男子チームでは工作ブームが始まって、下の子用の玩具や、リフォームの時に棚や台等も少しではあるが作っていた。
塗りはまだできなかったのでそれだけは業者にお願いして、何色かに分けて塗装と防水加工を行った。
同じく木製のフォークも蓋に収納できるようになる便利な機能も付けた。
その弁当箱を持ってくればそれに弁当を詰めるサービスも行う。
パスタは競合も多いので、日本独自のメニューのみに絞った。
サンドイッチの相場は銅貨三十枚と価格ではそれほど強みは無いが、具のボリュームと味はどこにも負けないと思う。
ハンバーガーやサブ〇ェイ方式だと肉屋の親父の店に敵わないから微妙に競合を避けた。
ヘタレ言うな。肉の卸やってる店に勝てるか。
しかもこの価格でも、用意した在庫三十食ずつの内十食ずつ捌ければ赤字を回避できるという。
弁当箱を除いて、弁当を全部売れば銀貨一枚の黒字になるのだ。
もちろん人件費は除いてではあるし、慣れない日本の味付けなので試食もしばらくは行う為に利益は考えていないが。
「余っても私たちのお昼ご飯になりますしね」
「兄ちゃんなんでピザ売らないんだよ。あんなに美味いのに」
「ピザなら生地から作れるしクレアの計算した利益率もかなり良いんだが、冷めると美味くないんだよな」
「お兄ちゃん、冷めても美味しいピザとか作れないの?」
「んー、日本では各家庭に簡単に暖める機械があったんだけどな、市場なら竈どころか火も使うのは大変だろうし。ピザ販売も課題だな」
地竜討伐から一週間が経過した。
俺が退院したのは三日前だから、そろそろ請求書だとか俺の荷物が届いてもおかしくないんだけどな。
とりあえずは狩りにはまだ行けないし、丁度良いと弁当販売の手伝いだ。
告知期間は短かったが、俺の入院中にクレアが原価計算をしてメニューを決定済みだったし、女子チームの年中組が、一生懸命宣伝ビラを作っていてくれたので、急遽試験販売を行うことにした。
売れ行きとか売れ筋時間帯次第では、弁当販売後からダッシュエミュー狩りという手もあるし。
それこそ弁当を持ってな。
そうこうしていると、ぼちぼち客が来るようになった。
焼きそば風パスタとナポリタンは初めて食べる客も多いので、ほぼ全員が試食を希望する。
二口程盛った小皿をクレアとエリナで渡している。
「あら、美味しいわね! このやきそば風パスタというのをお願いしようかしら」
「ありがとうございます。お弁当箱があれば銅貨二十枚です」
クレアの流れるような接客が凄い。
ちなみに俺は完全に力仕事要員で黒子に徹している。
「ええ、市場で聞いていたから持ってきてるけど、その箱も売り物なのかしら?」
「はい! 俺が作った弁当箱です! 一つ銅貨四十枚です! フォークも収納出来ますし、塗りは職人にお願いしたんです!」
一号が元気だ。というかちょっと緊張してるなあいつ。
買い物は何度も経験してるけど、販売するのは初めてだろうし。
「この赤色のお弁当箱に詰めて頂けるかしら?」
「かしこまりました。銅貨六十枚になります。またこちらのお弁当箱を持ってきて頂ければお詰めいたしますね」
「ええ、ありがとう。また寄らせてもらうわね」
「「「ありがとうございました!」」」
やはりわざわざこちらに遠回りして来てくれているのか、来た道をそのまま帰っていく客が多い。
店を出して三十分くらいで十食ずつ捌けている。
良いペースではあるが、野菜売りのおばちゃんのように孤児院に子供を預けていく人が付き合いで買って行ってくれたりしてる分もあるので、純粋な新規顧客では無いというのも考えなくては。
「大盛サービスとかありかもな」
「料金そのままでですか?」
「一号の作った弁当箱限定なら無料ってのはどうかな。見た目も良いし、どんなメニューでも入るように大きめに作ってある。サンドイッチは難しいが、パスタなら多めに入れるとか、サンドイッチでも希望すればパスタをちょっと入れちゃうとかな。職場や買ってくれた人の店先でうちの弁当箱を使って貰えれば宣伝効果にもなりそうだし」
「流石お兄ちゃん!」
「そうですね......新メニューを出す場合に、本格販売する前の試食代わりにサービスで食べてもらうという手も使えますね。そうすれば試食自体を辞めちゃえばいいですし、うちのお弁当箱を持ってる人は常連客になるでしょうから味の感想も聞きやすいですし」
「一号の男子チームが良い仕事をしてくれたからな」
「兄ちゃん......」
「ただやっぱコストの面もあるから、その辺の詳細はクレアに任せて良いか?」
「任せてください兄さま!」
「逆にパスタ類の大盛は、はっきりと一.五倍や二倍の量にして、しっかり別料金を取るっていうのも、大飯ぐらいにはありがたいかもな。うちの弁当箱なら目いっぱい詰めれば二倍程度にはなるし」
「パスタ類は利益率が良いですしね」
「ゆくゆくはピザ専用の、温度を保つ魔石を仕込んだ箱というのもありかもしれんぞ一号!」
「おお! 兄ちゃんすげー!」
「魔石の入った弁当箱を盗まれたら損害がデカいから、常連客専用とか保証金を預かる形とかになるかもしれんが」
「魔力の補充なら私たちで出来るからね! クレアの魔力れーきができればクレアにもできるし!」
「れーきじゃなくて励起な、こっちでも使ってる言葉だぞ。あとは屋台とか配達も考えたんだが、屋台は初期費用が掛かるし、配達は行ける人間が少ないから、余程大口じゃないと難しいしな」
三日前からの告知で、集客は怪しいかと思ったが、そこそこの人が足を運んでくれて、商品を並べてから一時間ちょっとで殆ど売り切れた。
初日でこれなら大分良いんじゃないか? クレアの料理だから味には自信があるし、口コミで広がれば流行るかもしれん。
領主家に喧嘩売ったからこれ以上国や領主に援助を求めるのも嫌だし、なんとか商売として成立すればな。
「兄ちゃん、なんか兄ちゃんを呼んでる人が居るって」
空になったパスタの容器などを片付けていた俺に一号が声を掛けてきた。
治療院に置きっぱなしにした荷物でも持ってきたのかな?
治療費いくらかなー、両腕再生ってどれくらいだろ。ローンとかあるのかな。
「わかった」
治療費にビビりながら孤児院の入口付近の露店スペースに行くと、あのゴミクズ女が俺の籠を両手で抱えて立っていた。
なんだよ俺の目の前に顔を出すなって言ったのに。
服装の事も突っ込まれたからなのか、貴族にしてはシンプルなワンピースで、アクセサリーなどはしていない。
清楚なワンピースで巨大な背負い籠を背負ってる姿を想像するとシュール過ぎるな。
顎で促して、販売スペースから離れた場所で用件を聞く。
最悪土下座すれば許してくれるかな?
俺だけだったらいいが、その場にいたエリナやクレアを不敬罪で連行するとか言われたら謝るしかない。
丸腰だしな。
「ト、<転移者>様、先日の無礼のお詫びと、お荷物をお持ちいたしました!」
「あーもういいよ、名前で呼んでも。荷物は助かる」
「はっ、こちらの籠と折り畳みのカートは、地竜討伐地点の落とし穴の近くに置かれていたものですが、トーマ様の物でお間違いないでしょうか?」
「ああ、籠も俺専用の特注品だし、カートは銀貨五十枚もしたものだから正直助かった。装備を失って回収に行くに行けなかったしな」
ゴミクズ、いや女騎士が俺の目の前に籠を置く。
中を確認すると、ボッコボコの胸甲やら白箱に入れられた日本刀の刀身などが入っていた。
刀身は皮鉄の部分に細かい気泡が浮いていて、茎や目釘孔なんかは歪んでいる......これは駄目かなあ。
「あと、こちらが貨幣の入った革袋と、そして......」
財布を受け取ると、ハンカチのような綺麗な布を取り出して、俺の目の前で広げてくれる。
「おお! 結婚指輪か!」
「はい、地竜解体中に発見いたしました。結婚指輪を無くされたとお聞きしましたが、こちらで間違いないでしょうか?」
「ああ、間違いない」
髪の毛の様に細いミスリルを編んでリング状に成形された指輪を手に取ってみる。
間違いなく俺のものだが、魔法石に酷いひびが入っていた。
外側から衝撃を受けたようなひびではなく、トパーズの中心部分から放射状にひびが入ったような状態だ。
あえてこういうデザインです! と言ってもおかしくないような綺麗な見た目ではあるが、魔力を込めてみても反応が無い。
魔法石としてはもう使えないのだろう。
ミスリルの部分はほとんど無事だ。魔力との親和性が高いっていうのはこういうメリットもあるのか。
「申し訳ございません! 大事な結婚指輪なのにそのような状態でお渡しすることになってしまいました」
「いや、無事に帰って来ただけでありがたいよ。そこは感謝しておく。別に解体中にぶっ壊したとかじゃないんだろ」
「そこは間違いございません。あのような希少価値のある素材解体は繊細な行程で行われていますので。魔道具に詳しい者の話では、魔法石の許容量を超えて魔法を増幅されたのではないかと」
「そういやサンダーブレードを使った時にこの指輪が滅茶苦茶光ってたな」
出力を上げろ! とか恥ずかしい事はしっかり覚えてるのが恥ずかしい。
寝る時に思い出して赤面する。
口に出さなくて良かったし、防犯カメラが無くて良かった。
「それで、そのトーマ様。不躾なお願いがあるのですが」
「聞くだけ聞いてみるから言ってみろ」
「先日お伺いしました孤児院や貧困層の子供の事です。お話を伺ってからわたくしなりに色々調べてみましたが、たしかにトーマ様のおっしゃられていたように、現状では大して予算も組まれておりませんでしたし、ほとんど手付かずのようです。そこで、わたくしなりに現状を把握して、資金援助なり、新たに予算を組むなど領主である父に進言をしたいと思うのです。どうかご協力頂けないでしょうか」
「そういってくれるのはありがたい。が、正直言ってお前たち領主家やこの国の上層部を俺は信用していない」
「......はい、わたくしも過去の書類などを調べましたが、我が領地、いえこの国では貧困層対策などはずっと軽視されていました」
「いや、お前みたいに現状を何とかしようと言ってくれる奴がいるだけでもこの町はマシかも知れんぞ」
「トーマ様......」
「協力するのはやぶさかではないが、予算編成なんて言われてもわからんし、現状を説明するくらいしか俺には出来ないぞ」
「予算云々はこちらで行いますので、まずは孤児院の現状を教えていただきたいのです」
「孤児院はもう俺とエリナで稼いだからその辺のガキんちょより良い物食ってるし良い物着てるからな。なら、託児所の方か。それでもまだ立ち上げたばかりで、平民でも比較的マシな状況の子供しか預かってないからな」
「これから託児所では貧困層の子供を預かるという事でしょうか」
「そうだな、今の所問題はないから、少しずつ受け入れを始めようとは思ってる。一応婆さんが陳情した結果、街灯と警備兵の詰め所の新設は通ったからな。託児所のリフォームもそろそろ終わるって話だし、街灯や詰所の設置が終わったら募集をかける方向だ」
「なるほど、でしたらわたくしにもお手伝いさせて頂けませんか?」
「手伝いとは?」
「トーマ様が今されている事を全て、です。知りたいのです。貧困層の領民、特に子供たちがどういう暮らしをして、この町をどう思ってどう見ているのか。トーマ様のおっしゃる通り、わたくしは貴族の暮らししか存じませんから」
「ふーむ。お前、何ができるんだ? 料理は? 子供の世話は?」
「頑張ります!」
「意気込みは良いんだが、何が出来るかどうか聞いているんだが。
「......」
「正直でよろしい。まあまずはOJTだな」
「おーじぇーてぃーですか?」
「現任訓練ってやつだ、まずは孤児院のガキんちょ共に懐かれることを目指せ、追々出来そうなことがあれば任せるから」
「はい! ありがとう存じます!」
「で、一日にどれくらい来られるんだ?」
「ずっと一緒に居させていただく予定ですが?」
「お前仕事は?」
「騎士団に所属してましたが辞めました」
「は?」
「領民を、町を守る為に騎士団に入団しましたが、トーマ様のお陰で目が覚めました。トーマ様こそこの町と領民を守っている英雄であると」
「そんな大層なものでは無いが、お前の領主の一族という立場なら、一騎士という立場より現状を把握した上で予算作成などの内政に携わった方が良いだろうな。発言力はありそうだし」
「はい、今までは見えていなかった世界をトーマ様に教えていただきました。感謝してもしきれません」
「世界か。先に謝っておく、あの時は少し言い過ぎた。スマンな。ただあの時言ったことは俺の本心だから撤回はしないが」
「いえ、わたくし達領主一家の行いはそう言われても仕方がありませんでした」
「あと、少しお前を見直した。あそこまで言われてもこうやって俺の所に来て子供達の現状を知りたいというのはなかなかできない事だと思うからな。少なくとも俺には絶対に無理だ」
「こ、光栄です!」
「あと俺の治療費はいくらだった?」
「その事なのですが、わたくし個人の資産から補償させていただけないでしょうか? 勿論わたくしの資産も元々は領民の納税等で得たものですが。トーマ様にはその分子供たちへの為に使っていただければわたくしも嬉しいのです」
「うーん、この国や町には借りを作りたくないって単なる俺の意地から出た発言だから、そう言ってくれるのなら甘えておくかな」
「ありがとう存じます!」
「と言ってもどれくらいの予算があるんだ? 日本刀とか結構するぞ」
「金貨数百枚という所でしょうか?」
「お前それ今すぐ貧困区域に行ってバラ撒けよ」
「それで問題が解決するならそういたしますが......」
「たしかに金を配るだけだとまともな連中ですら怠惰になるな、歴史的に見ても。まずは生活基盤の改革やら意識改革をしないとな。だからこそ俺も孤児院で収入を得られるように考えてるわけだし」
「はい、わたくしもそのように愚考致します」
「じゃあ午前中は孤児院でガキんちょ共に紹介して、午後からは鍛冶師やら防具屋に行って装備を買ってもらうか」
「はい!」
「そういやお前歳はいくつだ?」
「十八です」
「年下か、じゃあまずは孤児院の連中を紹介するからついて来い」
「はい! トーマ様!」
背負い籠を背負い、既に片づけられて誰もいなくなっていた露店スペースを抜けて孤児院へと入る。
完全に領主家と敵対したかと思ってたからまあ結果的には良かったな。
世間知らずだが、柔軟な思考が出来そうだし、こいつが将来領主家で発言権が強くなれば改革も期待できそうだ。
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