第四話 高額依頼の理由


「お兄ちゃん、今日は他に人がいるみたいだねー」


「異常発生で馬車や一般の人は通らなくなってたんだけどな。あれが猟師とかハンターって奴かな」



 今日も今日とて異常発生中のブラックバッファロー狩りである。

 事務員が言ってたように、猟師なのかハンターなのかはわからんが四、五人のパーティーをたまに見かけるようになった。

 この辺じゃ見かけない銃を装備してるから、銃なんか効かないドラゴンじゃなく明らかにブラックバッファロー狙いだろう。

 冒険者とは明らかに装備の質も腕前も良さそうだ。


 なので落とし穴は使わず、視界内に野菜を三ヶ所程撒いて様子を伺う。

 あまり多く撒いていっぱい釣れると危ないからな!



「ブラックバッファローが見当たらないねー」


「今朝は商業ギルド登録を先にしちゃって出遅れたから、猟師っぽいのが俺達よりもっと先の方で狩ってるのかもなー」


「猟師の人たちなら効率よくたくさん捕まえる方法を知ってるかもしれないね!」


「あまり狩られ過ぎて俺達の分が無くなっても困るんだがな」


「私はダッシュエミューでも良いけどね」


「たしかにダッシュエミューでも......って、なんだ? エリナ注意しろ、でかい反応がこちらに向かってる!」


「えっ、うん!」



 俺の探査魔法に何かが反応する。半径四百メートルの探査範囲に、ブラックバッファローよりでかい生物が引っかかった。


「噂の地竜かもしれん、疾風で逃げる準備をしろ」


「わかった!」


「ん? ブラックバッファローか? いや馬に乗った人か」


「地竜の近くに人がいるの?」


「追われてるようだが、探査範囲ギリギリで良くわからん。でかい反応は地竜だろうな。たしかに馬並みの速度だ」


「助けなきゃ!」


「ああ、誰も居なきゃさっさと逃げ出したいところだが、流石にな。でも本当にヤバくなったら見捨てるぞ。それは承知しろ」


「うん!」



 四百メートルを競走馬が走った場合四十秒だっけ、サラブレッドは走りに特化してるし軍馬は仮に一分必要として、俺の魔法の射程圏百メートルまで四十五秒か、時間が無い。



「一応落とし穴は掘っておくべきか。もし地竜がジャンプして避けたら空中にいるタイミングで業炎球をぶち込めば、そのまま穴に落とす位は出来るかもしれん」


「うん」


「エリナ」


「なに? お兄ちゃん」


「いいか、さっきも言ったが、本当にヤバくなったらエリナだけでも逃げろ。俺が危なくなっても振り返るな」


「えっ、嫌だよお兄ちゃん!」

 

 

 俺はエリナにキスをする。

 不意にキスされたエリナは戸惑う。



「いいから聞け。すぐそこに落とし穴を掘るから、エリナはその落とし穴に近づいた地竜に業炎球を連打しろ。ただし町までの疾風を使う分は残しておくんだぞ」


「嫌だよ! お兄ちゃん!」



 駄々をこねるエリナをぎゅっと抱きしめる。



「頼むから聞いてくれ俺の大好きなエリナ。俺は大丈夫だ。奥の手があるし逃げるだけなら俺一人でも問題無い」


「でも」


「これが金貨百枚の仕事の怖さなんだぞエリナ。でも大丈夫だ、俺はなんてったって全属性魔法が使える勇者だからな!」


「お兄ちゃんもちゃんと危なくなったら逃げてくれる?」


「約束する。だからエリナも約束してくれるか?」


「わかった」


「良い子だ」



 抱き合ったままエリナと再度キスをする。



「じゃあエリナはこの穴が射程距離の半分になるあたりまで町側に下がっててくれ。俺はこの穴の手前で待機して、後退しながら魔法をぶち込んで穴に誘導していく。エリナの業炎球を食らっても飛び越えて来るようなら、疾風で町に逃げるんだぞ。ちゃんと門番に言って門の閉鎖と支援要請もしてくれ」


「うん。お兄ちゃん、絶対に帰って来てよ」


「当たり前だ、死ぬのが怖いからヘタレなんだぞ。ヘタレ舐めんな。行けエリナ!」


「はい!」


陥穽トラップホール!」


 エリナが泣きながら東門の方に走っていくのを確認した俺は、東門と地竜の間に、深さ十メートル、縦二十メートル、横二十メートルの穴を掘り、背中に背負っていた籠をその場に置く。



 ガガガガガッ



 馬蹄の音がかすかに聞こえてくると、一騎の騎兵を、顔だけで人間の身長はありそうな竜が追っているのが視認できた。

 これが地竜で間違いないだろうな。

 地竜はコモドドラゴンのように四つ足で這いつくばり、騎士を追っている。



「こっちだ!<フレアアロー>!」



 追われている騎士にわかるように、普段よりも小さい炎の矢を数十発、騎士から見えるように射出する。

 するとこちらに気づいたようなので、落とし穴とエリナの攻撃魔法の射線上に入らないよう手を振って誘導する。


 段々と騎士と地竜が近づいてくる。

 俺もエリナの射線を確保しながら、地竜が射程圏に入るのを待つ。


 騎士が俺とすれ違う。



「すまない!」


「任せろ、門はもう少しだ!」



 女の声だ。

 だがすぐにそんなことは忘れて、射程圏内に入った地竜が落とし穴の方に来るように挑発する。



土の槍アースグレイヴ!」



 土の槍を地竜の顔にぶち当てる。

 ダメージはほとんどど与えられなかったようだが、こちらに気を引くことには成功した。

 次はエリナの業炎球次第だが。



 ドバアアアアアアアアアアン!!



 そう思った瞬間に俺の横数メートルを業炎球がすり抜けていき、地竜に直撃する。



砂嵐サンドストーム!」



 効いたかどうかを確認する前に、視界を奪う為に土と風を合成した砂嵐の魔法を発動する。



 このまま落とし穴に落ちればっ!



 ドバアアアアアアアアアアン!!


 ドバアアアアアアアアアアン!!



 業炎球の連発だ、流石エリナ。頼りになる。



 ギシャアアアアアアアアアアアアアア!



「効かないのか?! 審判の雷ジャッジメントサンダー!」



 中級の雷魔法だ。俺の手持ちで最強の魔法を、魔法石の力を使って放つ。

 指定したポイントの半径三十メートル内に、無差別で連続落雷攻撃をする魔法だ。

 だが地竜の周辺は砂塵や爆炎、黒煙で有効打を与えたかわからない。

 ただ動きが遅くなったのが確認できる程度だ。

 これなら疾風を使わずに走りながら後退して、魔法で攻撃ができる。



 ドバアアアアアアアアアアン!!


 ドバアアアアアアアアアアン!!



 エリナも業炎球を連発する。全て地竜に命中しているが、それでもまだ地竜は止まらない。

 俺も射程圏内に地竜を保ちながら後退し、エリナの業炎球の合間に電撃の槍を浴びせていく。



電撃の槍ライトニングスピア!」


 ドバアアアアアアアアアアン!!


 ギシャアアアアアアアアアアアアアア!


電撃の槍ライトニングスピア!」


 ドバアアアアアアアアアアン!!



 くっそ、止まらんぞこいつ!

 だが、煙と砂嵐で目くらましは出来ているから、落とし穴には引っかかるかもしれん。



炎の槍ファイアランス!」



 雷撃の槍も効果が無さそうなので、より目くらましになるように炎の槍に切り替える。



 ドバアアアアアアアアアアン!!



 よし、もう落とし穴だ!



 ダダダダダダンッ!!



 何っ?! ジャンプした?!



 ドバアアアアアアアアアアン!!

 ドバアアアアアアアアアアン!!

 ドバアアアアアアアアアアン!!

 


 予定通り空中にいる地竜にエリナの業炎球が連続で命中する。

 流石俺のエリナ! 愛してるぞ!



暴風ストーム!」



 空中で少しでも押し戻せるように突風を起こす風魔法を使う、が



 ドォン!!



 落とし穴を飛び越えやがった!

 地竜のジャンプで百メートル弱あった俺との距離が一気に半減する!

 逃げるか?!


 後ろを振り向くと、さっきの女騎士は馬が潰れたのか、馬を捨てて一人走っている。

 移動速度が上がる疾風のような魔法は使えないのか、もしくは魔力切れなのか。


 だが、これで逃げる選択肢は無しだ。

 俺一人ならなんとかなるが、あの女騎士を抱えたら地竜に追いつかれる。


 手は考えてある。

 だが正直怖い。

 今ならまだ逃げられる。

 逃げればエリナやクレア、あいつらと生きていくことができる。


 だが!


 このまま逃げたとして俺は納得して残りの人生をエリナやあいつらと歩けるのか?

 前の世界を恨んでたのは不幸なガキどもを見てみぬふりをしていた連中に対してじゃないのか?!


 ならやるしかないじゃないか!


 大丈夫だ! 親父の業物がある!

 業物なら地竜の鱗は斬れると事務員は言っていた。

 俺の技量では届かないかも知れないが、魔法で上乗せする事は出来る。

 大丈夫だ! ヘタレるな!



土錐アーススパイク!」



 地面から数十センチから数メートルの錐を複数生み出す土魔法を発動させる。

 無論こんな石で出来たパイロンみたいな物で地竜を足止めできるとは考えていない。

 地竜は土の錐を見ても構わずこちらに向かってくる。



疾風スイフトウインド!」



 体を軽くし、移動速度を上げる風魔法を発動させ、抜刀しながら生み出したばかりの土の錐を駆け上がり、地竜の上に大きくジャンプをする。



「お兄ちゃん!!」



 エリナか! なんで逃げない!!



天の火矢メギドアロー!!」



 エリナの放った火魔法最上級の魔法が、赤光の帯を描いて地竜の肩を鱗ごと貫く。

 この土壇場でエリナの魔法のレベルが上がったのか、流石俺の嫁!


 俺は地竜の首の上空まで来たところで疾風を解除し、日本刀を逆手に持ち、切っ先を真下に向ける。



雷光の剣サンダーブレイド!!」



 初級魔法のウインドエッジよりも更に強力な、刀の斬れ味を増加させる上に電撃でのダメージも加える中級の雷魔法を発動する。

 出力を上げろ!

 魔法はイメージだと爺さんから教わった。

 ならば地竜の鱗すらたやすく斬り裂くイメージをしろ!


 指輪の魔法石が今までにない以上の輝きを放つ。

 刀身からバリバリと放電音が発生し、閃光を発してスパークする。


 自由落下で地竜の首めがけて落下していく。

 エリナのお陰で動きが止まっている今しかない!

 首を切断する方が確実なのだが、二、三メートルはありそうな太い地竜の首を一撃で断つには刃長が足りない。

 魔力を刀身代わりにして、刀身を伸ばす魔法はまだ習得していない。


 ならば狙いは――脊椎!



「いっけええええええええええええ!!」



 刃長二尺七寸の刀身を地竜の首に一気に突き立てる。

 流石親父の業物、ほとんど抵抗が無かったぞ。

 鍔まで地竜の首に突き入れたところで、落雷の魔法を手に持ったままの日本刀に直接放つ。



電光撃ライトニングボルト!」

電光撃ライトニングボルト!」

電光撃ライトニングボルト!」

電光撃ライトニングボルト!」

電光撃ライトニングボルト!」

電光撃ライトニングボルト!」



 地竜が狂ったように暴れ出す、脊椎に届いてないのか?

 だが、もう策は無い。

 あとは魔力が尽きるまで地竜の体内へ刀身越しに電撃を叩きこむしかない!

 術者にはある程度の魔法抵抗があるし、発動直後は魔力の反発力だか反作用が働くから、術者が攻撃魔法を放ってもそのせいでダメージを負う事は無いと聞いていた。

 だがこんな至近距離での攻撃魔法なんか初体験だ。

 既に初撃をぶち込んだ時点で両腕の感覚が無くなっているが、エリナがすぐそこにいる以上、確実に仕留めるしかない!



電光撃ライトニングボルト!」

電光撃ライトニングボルト!」

「ライトニングボ......っ!」



 地竜が倒れ込む程の角度で暴れ出したため、日本刀の柄から手が離れてしまう。

 地竜の背中から振り落とされ、土の錐の残骸か何かにうつ伏せで叩きつけられる。



「がはっ!」


「お兄ちゃん!! 腕が!!」



 胸甲が大きくへこんだが、大丈夫だよエリナ、肋骨にひびが入った位だ。

 だから泣くんじゃない。



「エリナはあの女騎士を連れて逃げろ! 俺なら大丈夫だ! 柄に魔法をぶち当てれば! 電光撃ライトニングボルト!」


 地竜の後ろ首辺りに突き立っている日本刀を避雷針替わりにして電撃を更に叩き込む。

 その一撃が致命打になったのか、脊椎に刀身が届いていたのか、エリナの魔法で致命傷を負っていたのかはわからない。

 が、俺を振り落とそうとして大きく体を傾けたように見えた地竜が、エリナに負わされた傷のせいか体を支えられずにそのまま横転する。


 エリナは倒れる地竜に目もくれずに俺に駆け寄り抱き着いてくる。



「何故逃げなかった!」


「だって!!」


「とにかく離れるぞ!」


「うん!! お兄ちゃん私が支えるから立ち上がって!! その腕じゃ立てないでしょ!!」



 エリナに支えられて立ち上がると、倒れた地竜を睨みつけながら後ろ向きに下がっていく。

 そうだせめてナイフを......。

 だめだ、腕の感覚が無くて動かせてるのかどうかもわからん。

 電撃で腕の感覚がやられてしまっているらしい。



「エリナ魔力は?」


「さっきので空っぽ!!」


「なら疾風スイフトウインド!」



 だが発動しない、魔力切れかよ!



「お兄ちゃんも!?」


「ああ、仕方ない。地竜が動き出す前にこのまま距離を取るぞ」


「わかった!! ごめんねお兄ちゃん、治癒が使えないよ!!」


「追われていた女騎士は逃げられそうか? クレアも待ってるし俺たちも早く帰らないとな」


「あのまま走れていればもう門が見えるところまでは行ってると思うけど!! それよりお兄ちゃんの腕が!!」


「怪しいな、途中でぶっ倒れてるかもしれん。俺とエリナで運べれば良いんだが」


「お兄ちゃん!! しっかりして!! 運べるわけないでしょ!!」


「何で泣いてるんだエリナ、いいから歩くぞ。地竜が生きていたら町が危ない、早く知らせないと、孤児院も」


「ごめんねお兄ちゃん!! 私が治癒を使えれば!!!」


「大丈夫だよ、胸甲はへこんだけどな。クレアと孤児院がな、とにかく早く逃げないと」


「違うの!! お兄ちゃんのの!!!」



 エリナがさっきから泣き喚いている。

 そりゃそうだろう、ドラゴンなんてのを見たんだからな。

 俺がしっかりしないといけないんだが、足が捻挫でもしたのか、酷く痛む。

 だが俺達には治癒どころかヒールすら使う魔力が残っていない。


 

「お兄ちゃん!! ごめんね!! しっかりして!!」


「ああ、大丈夫だよエリナ、大した事は無い。それより落ち着け、三分時間を稼げば疾風が使えるから」



 それでも可能な限りエリナに支えられながら急いで距離を取る。

 こんな時にブラックバッファローが来たら終わるぞ。

 だが混乱してるエリナを不安がらせるわけにはいかない。

 俺が落ち着かなきゃ、クレアに怒られるぞエリナ。



「お兄ちゃん!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! 私こんな大事な時に治癒が使えない!!」


「エリナ大丈夫だ、安心しろ。クレアも待ってるし、地竜はまだ動く気配はないから、このまま後退しながら俺の魔力回復を待つぞ」



 地竜は一向に動く気配がない、だが死んだかどうかなんて確認する余裕なんて無い。



「とにかく距離を、きょりをとらないと」


「お兄ちゃん!! しっかり!! 止まっちゃダメ!!」


「エリナが、エリナが」


「私は大丈夫!! お兄ちゃん!! 歩こう!!」


「くれあがまってるし、がきんちょどももあんなのをみたらないてしまう、なんとか、なんとか......」


「お兄ちゃん?! ダメ!! 動いて!! 誰か!! 誰か!!」


「えりな」


「お兄ちゃん!! 助けが来た!!」


「おお」



 不思議な浮遊感を感じながら、エリナに言われて門の方角を振り返ると、数十騎の騎兵がこちらに向かってくる。

 さっきの女騎士のように随分良い鎧を着けてるからこの国の正規兵か?

 女騎士が呼んでくれたのか?



「お兄ちゃん!!!」



 安心した途端、俺の意識が闇に落ちたのだった。 

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