第三話 しましま


 この春にリフォームが終わった孤児院に戻る。

 道に接した壁と、建物自体の外装の修復に加え、エリナと俺が一緒に暮らす部屋を含めた増築も行ったので随分費用が掛かったらしい。

 そのおかげでかなり外観の印象がかなり良くなった。

 イザベラ孤児院の看板ももちろん新しいものに変わっている。



 エリナと婚約した時から俺とエリナの金はエリナが丸投げしてきたので俺が一括管理するようになったし、リフォームが終わった頃には報酬の分配金額も変わった。

 喫緊の問題が落ち着いたので、孤児院には毎月金貨一枚だけを入れることにした。

 というか婆さんが、「修復、改築も終わったし食事の面倒を見て頂いているのだから、今後はお金は一切必要ありません」と頑なに分配金を拒否したので、なんとか俺達も婆さんを説得して決めた金額なのだ。



 そして孤児院自体で収入を得る方法としてエリナや婆さんと話し合った結果、俺とエリナの金で空き家になっていた隣家を買い取り、隣家のリフォームと孤児院との連絡通路設置や台所を広くするなどの孤児院内のリフォームも行う事になり、未だ工事中だ。

 今までダッシュエミューをメインに狩っていたし、あのアマから貰った分の金も加えて、かなりの貯蓄が出来ていたが、このリフォームでかなり貯蓄を減らしてしまった。


 土地買収やリフォーム費用は国からの支援などは全く無かったが、婆さんが国と交渉して、託児所の公共的なメリット等を認めさせた。

 結果、孤児院の周囲に魔法を使った街灯の設置、定期的な巡回警備、付近に警備兵の詰所の新設を勝ち取り、託児所を利用する為の料金や利用者への国からの補助などはこれから交渉を重ねるが、まずは試験的に知り合いの幼児や児童を無料で預かり、必要経費等の計算を行うことにした。


 費用計算は婆さんとクレアが行うとの事。

 クレアは元々優秀ではあるが、特に数字に強く経理向きなんだと。


 台所などの孤児院側のリフォームは終わったが、買い取った家屋のリフォームがまだ終了してないから、今まで通りリビングで預かるのに加えて風呂に入れてあげる程度だけどな。

 リビングは常にガキんちょ共が騒がしいから、俺とエリナが使っていた部屋はお昼寝部屋として使用している。



 そんな事を考えていると、いつものようにエリナが孤児院の綺麗になった扉を開けて迎え入れてくれる。 



「帰ってきたぞ弟妹ども!」


「兄さま! 姉さま! お帰りなさい!」


「「「おかえりー」」」


「クレア、みんな! ただいま!」



 最近かなり歩き回って行動範囲の広がったミコトの手を引きながら出迎えに来たクレアの頭をなでる。



「ぱぱ! えりなまま!」


「ミコトちゃーん、ただいまー! エリナママ居なくて寂しかったー?」



 ミコトの視線に合わせるようにエリナがしゃがみ込み、ミコトを抱きしめる。



「ミコトー、ちゃんとクレアのいう事を聞いておりこうにしてたかー?」



 俺もミコトの視線に合わせるようにしゃがみ、向日葵のような笑顔を向けるミコトの頭をなでる。

 ミコトはほんと天使だなー。



「あい!」


「そっかー、偉いぞミコトー」



 わしゃわしゃとミコトのストレートの黒髪を撫でまわすと、「きゃっきゃ!」とご機嫌だ。



「兄さま、ミコトちゃんは兄さまと姉さまが居ない間も凄くおりこうでしたよ。早く私も兄さまとの子供が欲しいです」


「十歳児が何言ってんの?」


「愛に年齢なんて関係無いですよ兄さま。私の事嫌いなんですか?」


「クレアは滅茶苦茶可愛いと思うし、将来は恐ろしいほどの美人になるだろうし、年下どころかエリナや俺への面倒見も良い上に気が利いてしっかりしてる。料理の腕前も俺をとっくに超えてるし、家事も万能。クレア以上の女性なんかそうそう居ないだろうなっていう位には好きだぞ」


「兄さま......ありがとうございます! 結婚しましょう!」


「妹として愛してるしクレアは凄く大事な家族だけど、異性に対する愛情では無いんだよ。今はまだな」


「もう! 兄さま!」


「今日はこれで終了だぞクレア」


「わかりました。また明日頑張りますね!」



 クレアとの約束で、俺に求婚をするのは一日一回だけと決めてある。

 律義にそれを守るクレアは流石に委員長だな。

 俺も自分の気持ちをはっきりと伝えるようにしている。

 エリナの時にはヘタレてはっきり自分の気持ちを言えなくて、大分やきもきさせちゃったしな。

 その代わりスキンシップは特に制限を決めていない。

 エリナが俺にやたらと付きまとってたのを見てるし、流石にそれを制限するのは可哀そうだ。


 エリナがミコトと手をつなぎ、ガキんちょ共とリビングに向かう。

 クレアが俺の胸甲とマントを外して、「あとで洗っておきますね」と入口の片隅に置くと、エリナの代わりに俺の腕に抱きついて、俺の部屋へと付いてくる。


 部屋の前でクレアから着替えを受け取って部屋で着替えてから廊下に出ると、クレアが俺の洗濯物を受け取る。


 この辺はエリナには出来ない芸当だよな。

 完全に良妻じゃないか。



「兄さま、今日のお昼ご飯はやきそば風パスタですよ」


「クレアの味付けが完全に俺好みなんだよなー」


「料理は兄さまから教わりましたからね。あとで明日の分の食材のメモを渡すので買い物をお願いしますね」



 ミコトが成長し、手がかからなくなって来た二、三ヶ月前あたりから、クレアは本格的に料理をするようになった。

 あっという間に料理を覚え、今では朝と昼はクレアに任せてる状態だ。

 朝と昼は少し軽めにした代わりに、晩飯は俺とエリナで食材費を無視したがっつりとした料理を作り、クレアが補佐に入っている。



「わかった。しかしもっと良い食材を買ってきても良いんだぞ?」


「安くて美味しくて栄養満点の料理を作るっていうのが、今の私の目標なんです!」


「託児所の経営を考えたら助かるんだけどな。俺はその辺全く考え無しだったから」



 味付けが俺の好みという言葉でご機嫌になったらしいクレアが、うふふっと俺の腕に絡みつく。

 今はまだ子供だから女性として意識はしてないけど、これ数年後ヤバそうだな......。

 歳の割りに大人びてるし、話し方や仕草ももう大人のそれだ。

 外見の成長も孤児院の中では一番だし、おしゃれにも気を使ってるせいか、下手したらエリナの方が年下に見える。


 クレアとくっついたままリビングに入ると、エリナはまだ胸甲とマントを着けたままミコトとイチャついている。



「ぱぱ! まま!」



 そう、ミコトは俺の事を「ぱぱ」、エリナの事を「えりなまま」と呼ぶが、クレアは「まま」と呼ぶのだ。

 将来どうするんだこの状況。

 他のガキんちょ共は「ねーちゃ」、「にーちゃ」って呼んでるのに。

 ママ二人いるぞ?

 ちなみに婆さんは「ばあば」だ。「ばあば」って呼ばれるたびにデレデレした顔になってる。



「姉さま、お昼ご飯にしますからお着替えしてください」


「わかった!」


「ぱぱ! だっこ!」


「よしよし、おいでミコト!」



 呼ばれたミコトは、ぽてぽてと少したどたどしい歩き方でエリナの元から俺に向かって歩いてくる。

 俺にようやくたどり着いたミコトが、ひしっと俺の足にしがみつく。


「よーしよーし、ミコトは可愛いなー」


「きゃっきゃ!」


「今日はパパとご飯食べるかー?」


「まま!」


 抱っこしてるミコトの素直な言葉がちょっと悲しい。

 カルルも成長して、大人に甘えるのが少し恥ずかしくなったみたいで前みたいに甘えてこなくなっちゃったし。


 まあミコトと一番接してたのはクレアだからな。

 午前中は狩りをしてたからあまり一緒に居られなかったけど、それでもパパと慕ってくれてるから贅沢は言わないようにしよう。




「じゃあママとパパの間にお座りして一緒に食べましょうかミコトちゃん」


「あい!」


「クレア、預かってる子達はどうだ?」


「何度か預かった子達ばかりですからね。人見知りする子も居ませんし、良い子達ばかりですよ」



 おもちゃで遊んでいたり、絵本を読んでいる子達を見る。



「今日は五人か。何人くらいまで面倒を見られそうだ?」


「今日みたいに手のかからない子なら十人でも大丈夫ですけれど、お風呂の事を考えると小さい子が増えたら大変かもしれませんね」


「小さいと湯船で溺れちゃうかもしれないからな」


「今日はミコトちゃんだけですけどね」


「おふろ! くれあまま!」


「はいはい、今日も一緒に入りましょうねーミコトちゃん」


「あい!」


「ごめんねみんなー! おまたせ!」



 エリナがどたばたとリビングに入って来たので昼飯だ。



「ではみなさん! お昼ご飯にしましょう! いただきます!」


「「「いただきまーす!」」」



 食事の時の挨拶の音頭は朝昼がクレア、晩飯がエリナになった。

 俺はもう挨拶の由来の詮索を諦めたので。



「ん、クレア、この焼きそば風パスタは最高の出来だぞ! 日本でも食った事が無いくらい美味いぞコレ!」


「兄さまありがとうございます! お気に召していただいて嬉しいです」


「なんでお前は一回か二回食っただけで日本の味を完全再現できるんだろうな」


「愛じゃないですか?」


「うーん、違うと言えない所がなんとも恐ろしい。この味ってこの世界にも受け入れられるのかな?」


「兄さまの作る料理はみんな大好きですからね。孤児院の子だけじゃなく預かった子にも好評ですから、むしろにほんの味の方がこちらでは好まれるのかもしれません」


「中華麺やラーメンはあるけど高いんだよな、味も普通だし。パスタはかなり流通してて安いから、これで商売ができるんじゃなかろうか」


「そうですね、かなり安く出来るので屋台で売っても人気が出ると思いますよ」


「昼前とか夕食前の時間帯に孤児院の前で売っても良いかな。人通りや集客に不安があるけど」


「この辺りは昔は貴族の別荘地で、敷地が広いお屋敷が手入れもされずに放置されてるから少し雰囲気が良くないんですよね」


「まあその分広い敷地付きの隣家が安く買えたしな」


「朝なら中央区域や商業区域の門の方に行く途中に、お昼用のお弁当として売れるかもしれませんよ兄さま」


「それだ、サンドイッチなんかの軽食も一緒に置いておけば、少し遠回りしてでも孤児院に寄って行って買ってくれるかもしれん」


「夏場は食べ物が痛むのが怖いのでメニューが限定されますが、売れ残りを孤児院の昼食に回しても良いですしね」


「流石だなクレア。将来は経営関係の仕事でも良いかもな、経理も出来るし」


「将来は兄さまの......いえ、それより今日は兄さまの好きなしまぱんを履いてますけど見ますか?」


「エリナーー!!」


「なーにお兄ちゃん? またいつもの発作?」



 俺に呼ばれたエリナがぽてぽてと俺の側に来る。



「お前俺との約束を言ってみろ」


「えーと、『えれべーたーではジャンプしない』と『ぼうはんかめらには注意する』」


「合ってるし、ちゃんと覚えてるエリナは偉いけど、それじゃなくて最近した約束」


「あーそれね。『お兄ちゃんの性癖は暴露しない』って奴?」


「そうそれ。で、そもそもどうしてエリナは俺がしまぱん好きって知ってるんだ?」


「私がしまぱんを履いた日はいつもよりちょっと違うから?」


「あのさ、そういう夫婦の夜の事は内緒にしようよ。お兄ちゃんかなり恥ずかしいんだけど」


「わかった! ごめんねお兄ちゃん」


「姉さまごめんなさい。約束を破りそうになったので咄嗟にしまぱんの話をしてしまいました」


「大丈夫だよクレア!」


「でも兄さま、姉さまは兄さまとの秘密を喋った訳じゃないんですよ。兄さまの喜びそうな下着をお願いしたら、しまぱんを買ってきてくれただけなんです」


「まあ喋ってるのとほとんど同じだからなそれ。とは言えエリナのクレアへの協力は認めてるし、今回はエリナの推測ってだけだし微妙なラインだなその辺りは。口に出さなきゃセーフって事にするか」


「でもお兄ちゃんはどうしてしましまが好きなの?」


「あれは日常と非日常を現した最高のデザインなんだぞ。レースのみとか後ろが紐とかは不許可だからな! あれは非日常でしかない。絶妙なバランス感に欠けるんだ。あとエリナに似合うとは思えん」


「よくわかんないけどわかった!」


「兄さまはろりこんなんですか?」


「いやいやいやいや、縞パンはロリコンじゃないだろ」


「いえ、むしろろりこんだと私にとってありがたいのですが」


「ロリコンに求婚するなよ......」


「まま! しま! しま!」


「そうですよー、ママは今日しまぱんなんですよー」


「ミコトちゃん! エリナママも今日はしまぱんなんだよ!」


「お前らパンツの柄を簡単に言うのやめような。あとミコトの教育に悪いから」


「「はーい」」



 ちょっと今夜はエリナとその辺りちゃんと確認しておかないとな。

 いや今日エリナが履いてるパンツの柄じゃなくて。

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