第十二話 波乱の結婚式


 あっという間に六月になった。

 やっとあの訳の分からんやり取りから解放される。


 エリナが調子に乗って結婚式に来てくださいと色んな人を誘いまくったので、当初予定していた孤児院では狭くなり、婆さんの伝手で礼拝所を一日貸し切りで行うことになった。


 この世界はご祝儀という概念がなく、招待客は新郎新婦に贈り物をする程度だというので、お返しに俺達も披露宴で料理を振舞おうと前日に新郎新婦自ら仕込むという状況だった。


 ガキんちょ共も、大みそかにプレゼントしたおしゃれ着をしっかり着て、今現在、式の開始をおとなしく礼拝所の椅子に座って待っている。


 クレアはミコトを一号に預け、エリナのブライズメイドをやるそうだ。

 ミコトも一歳を過ぎてもう歩けるし簡単な単語も話せるようになった。

 今は大人しく一号達とお座りしてるそうだ。



「姉さま、凄く綺麗です!」


「ありがとうクレア」



 わざわざ服屋も着付けと祝福に来てくれて、エリナのドレスを最終チェックしている。

 エリナは椅子に座り、クレアと言葉を交わしている。



「やっとあの日々から解放されるのか。感慨深いな」


「兄さま、結婚したら姉さまはもっと暴走すると思いますけど」


「そういやそうだった」


「お兄ちゃん、私凄く幸せだよ!」


「ああ、俺も幸せだよエリナ」


「うん!」





 俺とエリナも特に信仰してる宗教がないので、全て婆さんにお任せだ。

 牧師役? も経験者の婆さんが行う。

 どんな宗教かは知らん。

 特に戒律もないし気にする必要はないと言われたので気にしていない。

 別に入信するわけでもないし。


 元々宗教観緩い世界だからなここは。

 貸し切りも一日借り切って銀貨三枚だぞ。


 参拝しにきたどこぞの宗教の信徒も緩くて、「あら結婚式かしら。おめでたいわね覗いて行こうかしら」と、ちゃっかり空席に座る始末だ。

 祝ってくれるならありがたいから何も言わないし、料理も大量に用意したから是非食っていって欲しい位だ。


 エリナをエスコートしながら、祭壇のような物の近くに立つ婆さんに向かってゆっくりと歩いていく。

 エリナはアホ故か平然としているが、クレアはガチガチに緊張してエリナのドレスの裾を持っている。


 婆さんの前にたどり着くと、クレアは無事役目が済んだと、そそくさとミコトを受け取りに一号の座ってる場所へ行く。


 婆さんの前で行うのは、日本でもおなじみのあれだ。

 ただし誓うのは神ではなくて、祝福に来てくれた人達にだ。

 人前式だなこれ。


 あらかじめ婆さんに預けていた指輪を受け取り、指輪の交換をする。


 この場にいる全員に宣誓し、誓いのキスをするも「もう何度も見たぞー」という野次で客が盛り上がる。

 キスは二人きりの時だけという約束は暴走して何度も破ってるからな、二人とも。


 がやがやと明るい雰囲気で盛り上がる中、婆さんが俺達に声を掛ける。



「エリナ、おめでとう」


「ありがとう......お母さん!」



 お母さんという言葉に婆さんが一瞬目を大きくして微笑む。

 目尻には涙が浮かんでいる。



「トーマさん。娘をよろしくお願いしますね」



 娘と言われてエリナも目に涙を浮かべる。

 こういう雰囲気苦手なんだよなー。



「ああ、任せてくれ。婆さんは今幸せか?」


「ええ、とても」


「良かった。俺も婆さんのことは母親のように思ってるからな、一度しか言わないけど」


「お兄ちゃんのヘタレ」


「うっさい。アホ嫁」


「えへへ、ヘタレな旦那様を一生支えてあげるからね!」





 元々結婚の儀式は宗教観の緩いこの世界では厳格さもなく、宣誓と指輪交換が終わったら即披露宴というか宴会に突入する。

 まだ午前中だが、披露宴は参加客以外にも野次馬や偶然通りかかった連中も全て巻き込んでひたすら飲み食いするというイベントだ。


 参加するには招待されるか、何かしら持ち込めば良いという緩さで、もちろんその持ち込みさえも建前で、料理が余っていそうなら自由参加すべきみたいな空気なのだ。


 俺とエリナだけではそこまでの量の料理が用意が出来ないので、礼拝所では前日から厨房を借りて俺とエリナがひたすら料理を作り、孤児院ではクレアが中心となって簡単に摘まめる軽食を大量に準備したし、肉屋や野菜売りのおばちゃんやいつも市場で世話になってる連中も、大量の料理を持ってきてくれた。


 酒は誰も飲まない為、料理用の分しか買ってなかったので伝手がなかったが、肉屋が酒屋を連れてきて大量に持って来させてた。一応後で金を払おうと思うけど、受け取らないだろうなここの人達は。



 俺とエリナは主役席に座らされ、次々に冷やかしの言葉を浴びせられる。

 エリナは律義にお礼を返していたが、俺にかけられる言葉はもうヘタレの癖にこんな可愛い嫁さん貰いやがっての嵐だ。

 とはいえ、新郎新婦をからかうよりも宴会の方が大事なのか、しばらくすると新郎新婦そっちのけで盛り上がっている。

 


「やっと落ち着いたなエリナ」


「そうだねお兄ちゃん」


「結婚してもお兄ちゃんなのか?」


「んー、お兄ちゃんはお兄ちゃんだしなー」


「子供が出来たら考えるって事で良いか」


「お兄ちゃんとの子供は早く欲しいけど、お兄ちゃんの事だから色々考えてるんでしょ?」


「流石最愛の嫁、俺の性格を完璧に把握してるな」


「そうだよー、お兄ちゃんの事はお兄ちゃん以上に理解してるかもね」


「まだ二人とも若いしな。子供を急ぐ必要もないし、子供にエリナを取られると嫉妬するかもしれん」


「お兄ちゃんが私を子供に取られて嫉妬!」


「クレアがミコトを可愛がるようにされたら俺を相手にしてくれなさそうだしな」


「クレアはねー、もうミコトちゃんのお母さんだよね」


「ま、孤児院の収入を増やす為の資金はあのアマから貰った金があるし、色々考えてみるわ」


「よろしくねお兄ちゃん!」


「ああ、エリナも孤児院の連中もまとめて俺が幸せにしてやる!」


「私の旦那様がかっこいい!」



 一生に一度の場だし、と少しだけ勇気を出して宣言をする。

 もう俺の居場所だからな孤児院は。

 というか結婚したら孤児院は出ていく必要があるのかと思ったが、元々孤児院は、宿泊施設としても使って良い許可が出ていて、婆さんは、俺達が孤児院に入れてる金の一部を、宿泊客からの収益として国に申請していたそうだ。

 エリナは冒険者登録した時点で、既に婆さんの庇護下からは外れているので俺と一緒に宿泊客扱いなんだと。


 ただ今日結婚申請をする時に市民登録の申請もしたから、後日血液登録に行く必要がある。

 預金も銀行に移す予定だが、市民登録したら宿泊客から孤児院の職員として登録をするらしい。

 給金は皆無だが、この公的な肩書はありがたい。



「兄さま、姉さまおめでとうございます!」



 色々考えていると、ひと段落着いたようで、疲れて寝てしまったのか昼寝の時間なのか、眠っているミコトを抱いたクレアがやってきた。



「クレアありがとー」


「お疲れクレア、大変だったろうに色々ありがとうな。テリヤキチキンサンドの味付け完璧だったぞ」


「ありがとうございます。でも兄さまと姉さまの方が大変だったじゃないですか」


「今ね、お兄ちゃんが私たちを幸せにするために頑張るって言ってくれたんだよ!」


「もう十分幸せですけどね、兄さまのお陰で」


「いやいや、もっとだよもっと。現状で満足したら駄目だ。クレアは何かないか? 将来の夢とかやりたい事とか」


「でしたら私は兄さまのお嫁さんになりたいです!」


「は?」


「流石クレア! お兄ちゃんは最高の男の人だからね!」


「ちょっと暴走したりしますけど、普段は優しくて凄く頼り甲斐がありますしね。あ、もちろんかっこいいとも思いますよ」


「いやいや、俺今エリナと結婚したばかりだから」


「「え?」」


「え? 何? 重婚できるのこの国?」


「じゅーこん? 重婚なら普通に出来るけど?」


「兄さま、複数の女性を養える男性というのはそれだけで裕福だという事ですからね。もちろん資産などの条件もありますけれど。裕福な家庭の子供が増えることもあって、むしろ国は一夫多妻を推奨して色々優遇してくれますよ。どうしても出産が絡むので一妻多夫は推奨されませんし優遇措置もありませんけど、条件さえ整えば可能ではありますし」


「えっ? エリナはそれでいいの?」


「クレアなら問題無いどころか大歓迎だけど?」


「最初の奥さんが許可すれば大丈夫ですよ兄さま。三人目以降はお嫁さん全員の許可が必要ですけれど」


「そういや式の前に婆さんに書かされた国に提出する書類の署名欄が複数あったな。婆さんはこの下の欄は今回は関係無いですよとか言ってたがそういう事かよ」


「お兄ちゃんクレアは駄目なの?」


「兄さまにとっては私なんかまだお子様ですよね......」


「いやそういう問題じゃなくて」


「兄さま......私じゃ駄目ですか?」


「お兄ちゃん! クレアはこんなに可愛くて性格も良くて働き者なのに酷いよ!」


「いやあの、とりあえずクレアが結婚できる十五歳になった時に考えよう」


「お兄ちゃんのヘタレ!」


「兄さまってやっぱりヘタレですね。姉さまは良くヘタレな兄さまを口説き落とせましたね」


「頑張ったから!」


「姉さま、私も頑張りますね! 兄さま、大好きですよ!」


「頑張ってクレア! 私も説得しておくから!」


「お願いしますね姉さま!」



 えー、なにこれ、前に読んだ異世界転生本みたいなハーレム展開になるの?

 ヨーロッパってキリスト教が流行ってからは一夫多妻なんてもってのほか、快楽目的のセックスすら駄目っていう厳格な教義だったから、ハーレムなんて中世ヨーロッパの世界観に一番そぐわないとんでも設定なんだけどな。

 この世界の宗教は緩すぎてよくわからん。


 でもクレアが結婚できる十五歳になるのは四年半後だし、それまでにはクレアの気持ちも変わるだろ。

 二人の奥さん抱えて充実した生活なんてそんな甲斐性俺にはないぞ多分。



「五年後はここにクレアが座るんだよ!」


「楽しみです姉さま!」


「決定事項みたいに話さないように! 流石に十歳児に懸想できんわ!」


「ヘタレだねお兄ちゃん」


「ヘタレですね兄さま」


「うっさい! 五年後に俺を惚れさせてみろクレア! そしたら結婚でもなんでもしてやるわ!」


「言いましたね兄さま! 絶対に惚れさせてみせますからね!」


「頑張れクレア! クレアなら可愛いし大丈夫だよ!」


「私頑張ります!」


「クレア。お兄ちゃんはねー、ぎゅって抱きしめると惚れちゃうんだよ多分」


「そこ適当なアドバイスをするな!」


「姉さまありがとうございます!」


「あ、でもお兄ちゃん、孤児院の子以外は駄目だからね!」


「ちょっと待て! クレアの他にも候補を増やすのをやめろ!」


「なんで? ミリィもお兄ちゃんの事好きだよ?」


「ですよね姉さま。ミリィがあんなに人に懐くのを見た事がないですし」


「あいつは飯くれる奴に懐いてるだけだろ!」


「ミコトちゃんも将来はお兄ちゃんのお嫁さんだね!」


「ミコトちゃんは将来絶対美人になりますからねー、楽しみですね兄さま」



 エリナとクレアは、クレアの抱いているミコトを覗き込んで刷り込みを始めやがった。

 駄目だこいつら、特にクレアはこんな一歳児を嫁にするとか言い出す男に求婚なんてするんじゃねーよ。

 光源氏ですら若紫を見初めたのは若紫が十歳過ぎの頃だぞ。

 あれ? もし俺がクレアに懸想したら光源氏?

 それは嫌だ。



「たしかにミコトは超絶可愛いが、嫁にしたいとか全く思ってないわ!」


「でもミコトちゃんがお兄ちゃん以外の男の人のお嫁さんになるのは嫌だなー」


「私もそうですよ姉さま。ミコトちゃんは兄さま以外の人にはいいんちょーの私が嫁がせませんから」


「二十歳近くも離れてるのに今そんな事考えられるか! 無理だ無理!」


「歳なんて関係無いよお兄ちゃん」


「歳なんて関係無いですよ兄さま。あと次は私と結婚してください」


「うるせー。あとクレアはさらっと変なこと言うな。うかつにはいとか言ったら署名させられそうで怖いわ」


「ヘタレだねお兄ちゃん」


「ヘタレですね兄さま」


「そういえばクレア、前にお兄ちゃんがクレアのぱんつ見てたからクレアに興味があるのは間違いないよ!」


「えっ......恥ずかしいですけど、兄さまが見たいなら言って頂ければいつでもお見せしますよ」


「見てませんー! 必死に目を逸らしてましたー! 十歳児のパンツになんか興味ありませんー! 誤解を招くような発言はやめてくださいー!」


「クレア、お兄ちゃんは照れてるだけだからね」


「今日は白ですよ兄さま! 見ますか?!」


「見ねーよ! 十歳児に欲情する変態と一緒にするな!」


「じゃあどうすれば兄さまは私に惚れてくれるんですか?」


「知るか! というかパンツを見せて惚れるような男なんかクズだからな!」


「私諦めませんからね兄さま!」


「クレア! 一緒に頑張ろう! あと四年以上もあるから大丈夫だよ!」


「はい! 姉さま!」


「もう知らん」



 ギャーギャー騒いでいる俺達の周りに、いつの間にか野次馬が集まっている。



『頑張れよークレアちゃん!』

『五年後楽しみだなー』

『ヘタレの癖に責任感だけは強いから押し倒しちゃえば良いんじゃね。むかつくけど』



「はい頑張ります! みなさま応援よろしくおねがいしますね!」



『任せろー!』

『頑張れよー』

『ヘタレな癖になんであいつだけやたら惚れられるんだよ。しかも将来有望な子だらけじゃないか。死ねばいいのに』



 さっきから誰だ、一人辛辣な奴が混じってるぞ......。

 一応祝いの席なんだから自重しろ自重。


 その後はクレアを中心に盛り上がる事盛り上がる事。

 主役のエリナ以上に応援されまくって注目されたクレアも、ハイテンションのまま客にミコトを紹介しまくってた。

 客もミコトの可愛さと愛想の良さにメロメロだ。

 ミコトは超絶可愛いからな。嫁にはしないが嫁にもやらん。





 なんやかやと深夜まで盛り上がった波乱の結婚式が終わった。

 

 おばちゃんが片づけを仕切ってくれるというので、お願いして俺達孤児院組は纏めて一緒に帰宅する。

 もちろん照明魔法と防御魔法で深夜でも安全だ。


 てくてく歩いているが、すやすやと幸せそうに眠るミコトを抱いた俺に、エリナとクレアが両腕に捕まってきて歩きにくいのなんの。

 というかエリナは十歳児にサイズで負けてるのな。

 どっちも見た事ないから感触でしか判断材料がないけど。 


 それにしても重婚ねー、全く想像できないわ。

 まだエリナとの結婚生活すら始まってないんだぞ。


 クレアは良い子だし大人びてるけど流石に十歳児だしな。

 まあ先延ばしだ先延ばし。


 ヘタレな俺は、いつものように問題を先送りにして帰路につくのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

これにて二章は終了です。ご愛読いただきありがとうございました!


三章より孤児院の外である町の現状が少しずつ判明していきます。

新ヒロインも加わって、これからトーマ君はどう対応していくのか……。

是非引き続き「ヘタレ転移者」をよろしくお願いいたします!



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