第四話 哺乳瓶騒動


 今、俺とエリナさんは孤児院のリビングで正座をしています。



「良いですか? 兄さまと姉さまが稼いだお金だから別にどう使おうと構わないんです。でもですね、無駄遣いはしちゃ駄目っていつも言っているじゃないですか!」


「でもねクレア、ミコトちゃんが喜びそうだなーって思ったらついね」


「姉さま!」


「ごめんなさい」



 玩具を背負い籠いっぱいに買って、ドヤ顔で帰ったらクレアさんが滅茶苦茶お怒りになられました。

 たしか俺の想像では、「兄さま! 最高の玩具をありがとうございます!」 とクレアさんにお喜び頂けるはずだったのですが。



「姉さまも姉さまですよ。私言いましたよね? 兄さまは暴走するからしっかり気を付けてくださいと」


「委員長、むしろエリナさんの方が暴走していました」


「兄さま!」


「すみません」



 俺達は今、クレアさんに籠の中身を取り出されながら、一つ一つ物的証拠を突き付けられています。

 先程から一生懸命ご説明申し上げているのですが、こちらの言い分を一切聞いて頂けません。

 孤児院の他の皆様は、俺達から距離を取ってミコトさんと遊んでいらっしゃるようです。

 こちらを一切見ようともしません。

 無視しないで助けてください。



「こんなに......しかも良く見たら同じ玩具もあるじゃないですか!」


「それ色違いなの。ミコトちゃんは何色が好きかなーって流れで」


「姉さま!」


「ごめんなさい」



 ガサガサと持ち物検査をする委員長。ヤバいです。

 籠の下の方に行く程、高額商品になっていきます。


 先程から椅子に乗って籠の中に上半身を突っ込んで玩具を取り出してるクレアさんに、「パンツ見えてます」と言ったら殺されてしまうと思いますので、言わずにそっと目を背けます。


 そういえば最近は安定して稼げるようになったので、前にエリナさんが「女の子はおしゃれしなくちゃ」と、女子チームの皆さんに服を何度かプレゼントしていました。

 下着までちゃんと買ってあげていたのですね。

 ゴムを使った日本にあってもおかしくないようなデザインで、多分庶民にはちょっとお高そうなパンツです。

 エリナさんはアホですけれど、普段は弟妹達には凄く優しい良い姉なのです。



「あっ! 二歳児用とか三歳児用とかも買い込んでます!」


「ミコトさんは賢いから一歳児用だとすぐ飽きちゃうかなと思いまして」


「兄さま!」


「すみません」


「私がこれからミコトちゃん用の玩具を選びます。残りは野菜売りのおばさまの家に差し上げて来て下さい。貰い乳でお世話になりますし、あの家には丁度二歳の子と五ヶ月の子がいますから。良いですね!?」


「「わかりました」」


「それと明らかに高額っぽい箱入りの玩具は開けないでおくのでそのまま返品してきてください。どうみても貴族用じゃないですか」


「......返品ですか?」


「そうですけど? 兄さまそれが何か?」


「何でもございません」


「今後は絶対無駄遣いはしちゃ駄目ですよ! 碌な大人になりませんからね!」


「「申し訳ありませんでした」」



 お金の使い方を学ばなければいけないのはガキんちょさん達ではなく、まずは俺達でした。


 更に籠の一番底には、ヤバいブツが入っています。

 貴族用の玩具が出てきたのでそろそろクレアさんに見つかってしまいます。

 手持ちのお金じゃ足りなくて、わざわざ冒険者ギルドに行ってお金を下してきて買った超高額商品です。


 俺の隣で正座をしてるエリナさんは、クレアさんのパンツの色のような真っ青な顔でぷるぷる震え出しました。

 全く役に立たない妹で、兄としてはとても悲しく思いました。


 見つかる前に自白したほうが罪が軽くなるかもしれないと思った俺は、椅子に乗ってほぼパンツ丸出し状態でぶつぶつ文句を仰りながら、玩具を籠の底の方から取り出しているクレアさんに、勇気を出して自白することに致しました。

 もちろんパンツのことは指摘しません。怖いので。



「あの、すみませんクレアさん」


「何ですか兄さま」



 籠の中から上半身を出し、まるでゴミを見るような視線を向けるクレアさん。

 怖いです。でも頑張ります。



「哺乳瓶という非常に素晴らしいアイテムを買ったのですが」


「中に母乳を入れて赤ちゃんにお乳を飲ませる道具の事ですね」


「毎回おばちゃんに来てもらうのも悪いので、朝と夕方の二回、エリナさんに母乳を貰いに行かせれば良いかなーと考えて買った物なのです。ゴムとガラスを使ってるのでちょっとだけ高価だったのですが、それだけはお許し頂けないでしょうか」


「そういうちゃんとした考えをする時の兄さまは、とても頼り甲斐があって好きですよ。でも暴走癖とか変な事を言う癖は治してくださいね」


「ありがとうございます。肝に銘じます」



 やりました成功です。

 いつもの可愛らしい妹に戻ってにっこり微笑んでくれました。

 やはりミコトさんに授乳できるという事で喜んで頂けたのでしょう。



「で、何個買ったんですか?」


「......個です」


「はい?」


「十個です」


「兄さま!!!!!」



 結局哺乳瓶は、孤児院で二個、おばちゃんの家に二個プレゼントして、残りは貴族用の玩具と一緒に返品してこいと怒鳴られた俺は泣きながらお店に行き、エリナも半泣き状態で、哺乳瓶とクレアが選ばなかった玩具をおばちゃんの家に届けに行きました。



「お兄ちゃん、怒られちゃったね」


「まぁ玩具売り場でテンション上がったまま、哺乳瓶見せられて、今ここにあるだけ持ってこいとか言っちゃったしな。無事返品を受け付けてくれたから良かったけど」


「私も、これでミコトちゃんにごはんをあげられる! って事だけ考えちゃってたからあまり深く考えられなかったよ」


「ミコトが母乳を飲む姿を想像したら、普通は舞い上がっちゃうよな」


「うんうん!」


「ミコトが喜ぶ玩具をどっちが見つけられるか勝負しようぜ! とか言い出したあたりからおかしくなったな」


「そうだねー、完全にあれからだねー」



 クレアから命令されたミッションを無事遂行した俺達は台所で晩飯づくりだ。

 エリナが具だくさんスープを作り、俺はハンバーグを焼くだけ。

 付け合わせは無し。

 手早く作れる献立で、なんとかお説教タイムがあった後でもいつもの時間帯には食事が提供できそうだ。

 ちなみに食事当番というのは、単に食材のお金を出す順番の事である。



「おばさんに玩具と哺乳瓶を渡したらすごく喜んでくれたよ」


「無駄にならなくて良かったよ。返品をお願いするのってヘタレには辛いから。貴族用の玩具と哺乳瓶は向こうも多分返品してくるんじゃないかと思ってたって言ってくれたけど。未開封だったしすんなり返品対応してくれて助かった」


「本当に十個も買うんですか? って店員さんも言ってたしね」


「一個銀貨八枚もしたからな。クレアには内緒だぞ」


「うん、もちろん」


「でも早速今日の夕方と夜の二回分の貰い乳を哺乳瓶でカバー出来て良かったな」


「クレアも哺乳瓶使ってミコトちゃんのごはんをあげられるし、凄く喜んでくれると思うよ」


「ミコトに哺乳瓶で母乳を飲ませるのはクレアに任せろよ。特に最初の内は」


「うん。怒りが収まった頃を見計らって、ちょっとやらせてってお願いするよ」


「その方が良い。あいつキレると怖いから。普段はめっちゃ優しいし良く気が付く良い子なんだけどな。その分ギャップがヤバい」



 料理が完成し、リビングへ運ぶ。

 メニューがハンバーグだと知ったガキんちょ共は大騒ぎだ。



「えー、皆さま。お食事の用意が出来ました」


「兄ちゃんがまた変な事言い出した」


「違います一号さん。反省しているだけです」


「返品から帰ってきたら元に戻ってたのに......。また兄さまが......」


「では皆さま、お召し上がりください」


「「「いただきまーす」」」


「そろそろ誰か文字でこの挨拶を書き起こしてくれよ。毎回気になるんだよ」


「おにーさん、ちーずはんばーぐおいしーよー」


「ミリィは食事の時以外にも俺に絡んで来いよ。あと明日の昼はハムサンドとか食パン使ったメニューにするから、おやつにラスク作っておくぞラスク」


「わー! らすくすきー!」


「声張れるんか。パンの耳も単体で買ってきたから大量に作っておくからな」


「おにーさんだいすきー」



 いやまて、いずれガキんちょ共が社会に出るだろ?

 その時、同僚なり友人に「好きなお菓子って何?」「ラスク!」「あの四角の形をした奴ね」「え、パンの耳だよ?」「ぷげら」ってなるじゃないか!


 イカン。虐められる。ぷげらされたら人生終わってしまう。



「なあミリィ、お前の好きなお菓子って何?」


「らすくー」


「エリナーー!!」


「なぁにお兄ちゃん。またいつもの発作?」



 俺に呼ばれたエリナがぽてぽてと俺の側に寄ってくる。



「お前好きなお菓子は何?」


「ラスク」


「それを外で他の人に喋った事あるか?」


「んー、ないかな?」


「よし、じゃあ好きなお菓子は何ですかと聞かれたら、ケーゼクーヘンとキルシュザーネトルテと答えろ」


「けーぜくーへん? きるしゅざーねとるて?」


「チーズケーキとさくらんぼのショートケーキだ。ドイツ語で言うと、良くわからないけど語感で高級感がさらに増すぞ。ボールペンなんかクーゲルシュライバーって言うんだぞ。百円ショップで五本入りで売られててもクーゲルシュライバーだ。一本で二千円くらいしそうな名前なのに五本も入って百円なんだぞ。凄いだろ」


「ケーキかー、聞いたことあるけど食べたことないなぁ」


「いいか? ガキんちょ共が将来社会に出た時に、良い物を食わせてないとぷげらされちゃうんだぞ」


「ぷげら?」


「ぷげらされちゃうと人生終わっちゃうんだぞ。お兄ちゃんなんか動画流出して拡散されたんだぞ。日本国内で動画視聴者が一%だとしても百二十万人。動画まとめサイトとかに纏められちゃったら更にぷげらされちゃってることになるんだ。恐ろし過ぎるだろ、人生終わっちゃうんだぞ。お兄ちゃんはその前に人生終わってたけど」


「お兄ちゃん、何を言ってるか全然わからないよ。緊急事態だから魔法を使うね治癒キュアー!」


「いやいや、病気じゃないって。俺じゃなくてマジで孤児院が緊急事態なんだって。ぷげらだけはヤバいんだって。人生終わっちゃうんだって」


「もうお兄ちゃんったら」



 あぐらで座って、ぷげらされる恐ろしさを必死で説明する俺の頭をエリナは優しく抱きしめてきた。



「はいはい、お兄ちゃん落ち着いて。お兄ちゃんは良い子ですねー」



 エリナに頭をなでられていると落ち着いて来た。

 そういえば最近はちょっと柔らかくなったかな?

 エリナもちゃんと成長してるんだなぁ。

 あ、なんか和んだ。



「ありがとうエリナ、お兄ちゃんちょっと危機的状況で焦ってた」


「で、落ち着いたところで結局何が言いたいの?」


「つまりだ、明日はダッシュエミューを狩れるかの調査が終わったら、ケーキ買いに行くぞケーキ」


「ケーキ? なんで?」


「ケーキを食べないとぷげらされちゃうから。俺はケーキなんて作ったことないし、せいぜい前にこいつらに作ったクッキーとかドーナツ位しかレパートリーがないし」


「よくわかんないけど、みんなにケーキを食べさせたいって事でいいのね?」


「そうそう流石エリナ。ケーキを売ってる場所はわかるか?」


「大体わかるよ。じゃあ明日は西の平原ね」


「おう」


「エリナ姉ちゃんすげぇな」


「姉さま流石ですね」


「どうアラン、クレア。お兄ちゃんの事なら私に任せて!」


「そういやクレアはミコトに飯食わせたのか?」


「ええ兄さま! ミコトちゃんとっても可愛かったです! 哺乳瓶をありがとうございます! とっても素敵な道具ですね!」


「あと夜に一回飲ませるんだっけ?」


「ええ、二十時頃の予定ですね」


「その時見せて貰っていいか?」


「はい! 一生懸命ちゅーちゅーするミコトちゃんは可愛いですよ!」


「クレア! 私も見たい!」


「ええ、姉さまも是非見てください。ミコトちゃん凄く可愛いんですから!」



 これミコトを出汁にすれば、クレアの怒りを解くのって簡単なんじゃないだろうか?

 いや待て、クレアは賢い子だ。

 アホなエリナと同じように考えたらまた怒られてしまう。



「エリナは朝と夕方におばちゃんの所に行く時はちゃんと防御魔法を使って行くんだぞ」


「はーい!」


「兄さまは本当に心配性ですね。姉さまなら大丈夫......、ではないので、正常な時の兄さまの言う事をちゃんと聞いてくださいね、姉さま」


「うん!」



 しまった藪蛇だった。

 しかも正常な時って......。

 クレアからの信頼度がまた下がってるじゃないか。


 まあゆっくり信頼回復していこう。

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