第六話 装備品を揃えよう
中古本屋と同じようにしっかりとした建物の武器屋の扉を開けてエリナと二人で入る。
店主だろうか、ジロリとこちらを見てくる。
店の中は随分と広い。
登録証を見せる前からすでに塩対応じゃないか、と思いつつも店主らしき男に声を掛ける。
「武器を見せてもらいたいんだが」
親父はアゴでくいっと武器が並べられている場所を示す。
なんか腹立つけど、別に武器屋はここだけじゃない。
店を変えるかとも思ったが、すでにエリナは目を輝かせて武器を眺めている。
武器の良し悪しはわからんが手入れはしっかりされているみたいだな。
値段の安いものでも刀身に曇りが無い。
この辺りに並べられてるのは中古品なのか、想像してたよりも安い。
ロングソードで一番安いのだと一本銀貨五枚だ。
「エリナ、このあたりはどうだ? 持ってみて重すぎず、手に合うようなものがあれば良いんだが」
エリナは、んーと言いながらナイフなんかを手に持って鞘から抜いて見ている。
「そうだ、魔法を武器に掛けたりするんだから軽くはできるのかな、いやそれだと常に魔力を消費するから効率が悪いか」
「あんたら、魔法を使うのか?」
「ん? そうだが」
「ならちと高いが
「良く聞くあのミスリルか......高そうだな」
「こっちのケースに入ってるから見てくれ。言ってくれればケースから出す」
明らかに他の商品とは扱いが違うそのガラスケースの中を見ると、ロングソードで金貨一枚という値段だった。
研ぎ直し済みと書かれたタグが付いている。
「中古なのか?」
「新品なら金貨三枚ってところだ」
「安いんだろうけど、今はそこまで必要はないんだよな。高難易度依頼とかでその内強力な武器が必要になったら、その時には検討するよ」
「そうか。ま、ゆっくり見て行ってくれ」
ミスリル製武器などが入れられた高額商品のケースの中を見ていると、新品コーナーに日本刀のような物がある。
「あれ日本刀か?」
「おっ、あんた<転移者>か。そうだ、ニホントウだ。こちらじゃ刀と呼ぶ奴が多いがな」
「造りもちゃんとした日本刀なのか?」
「鉄鉱石じゃなく砂鉄から取った玉鋼で打った本物だ。複数の硬度の鋼を組み合わせてできている」
「おぉ......」
「折れず、曲がらず、良く斬れる最高の武器だ。代わりに手入れや扱い方、切断方法などかなり特殊だがな」
「金貨十枚か」
「俺が打った業物だからな、これを超える武器はもう高レベルの魔法剣くらいしか存在しないだろう」
「魔法剣、存在するんだ」
「魔力で無理やり強度と切れ味を増した邪道の武器だよあれは」
「なるほど」
「鉄鉱石から採取した鉄で打った習作の刀でも金貨一枚はする。気になるなら色々相談に乗れるぞ」
金になる客と思われたのか日本刀を知ってる<転移者>だからなのか、塩対応から急に饒舌になる。
「そんなに良い腕を持ってるのに、何故王都って所には行かないんだ? ここよりはでかいだろうし、金持ちも多そうだから日本刀にも需要があるんじゃないか?」
「この町の近くに質の良い砂鉄が採れる場所があるんだ」
「十分すぎる理由だな。腕のいい鍛冶師が居てくれて頼もしいよ」
「本業は刀鍛冶なんだがな、趣味で剣を打っているようなもんだ。さっさと刀を買える位稼いで来い」
「追々な。ちなみにこの剣は買い取りに出すとしたらいくらになる?」
酔っ払いから貰ったロングソードを渡すと、親父は鞘から抜いて刀身を眺める。
「こりゃナマクラだな、銅貨百五十枚ってところか。うちで引き取ったら研ぎなおして銅貨三百枚で売る程度だ」
「随分正直なんだな」
「その方がお前さんにとっても話が早いだろう」
「ならこいつの武器を探してるんだが、見立ててもらえるか。もちろんミスリルじゃなくて普通のもので」
エリナの背中を押して親父の前に出す。「こいつじゃない! エリナ!」とか言ってるが無視だ。
「ふむ、手を見せてくれるか」
「はい!」
と元気よく手を出すエリナ。
返事は良いんだよな返事は。
保護者として礼儀がしっかりしてるからちょっと誇らしい。
ガキっぽいところは難点だが。
親父がエリナの手をじろりと一瞥した後、カウンターの椅子から立ち上がり、陳列棚からダガーを取って持ってくる。
「細身だが、総鋼鉄造りのダガーだ。持ってみろ」
「おー! しっくりきます! 軽いし!」
「諸刃だが、研ぎ方に差をつければ多用途に向く。他のナイフよりは厚く造っていないから強度は期待できないが、刀身は細く、軽量に造ってある。嬢ちゃんには使いやすいだろう」
「いくらだ?」
冒険者登録証を提示する。
もちろん色々いわくつきの銀色だ。
「銀貨一枚と銅貨三百五十枚だ」
ちらっとダガーの置かれていた棚を見ると銀貨一枚と銅貨五百枚のプライスがついていた。一割引きか。
「わかった、買おう」
「装備を更新する時はうちに来い。下取り価格に色を付けてやる」
「ああ、ありがとう」
俺の登録証に親父の金色の商業ギルドの登録証をかざすと一瞬光った。
割引の処理かなんかかな?
ひょっとしたら割引という名目でクズの冒険者の購入履歴を情報化してるのかもしれん。
凶器から犯人を捜す時に便利とか。
考えすぎか。
親父の金色の商業ギルドの登録証の他に、鉛色の鍛冶ギルドの登録証も一緒に鎖についていたが、鍛冶屋として剣や刀を打って、商人として店舗を構えて販売してるのか。
鞘に収まったダガーを抱えてご機嫌なエリナを連れて隣の防具屋に行く。
愛想は悪かったけど実直な感じがして良かったな武器屋の親父。
見立ても良かったし贔屓にするか。
隣の同じような建物の防具屋に足を踏み入れると、いらっしゃいとの声が。
隣とはずいぶん違うなと思いながら声をかけてきた店員に問う。
「すまんが、森に採取に行く程度の用途で、簡単な防具や装備があれば見繕ってもらいたい」
「南の森ですか?」
南? そういや婆さんと出会ったあの森ってなんて名前だっけか? エリナを見るとうんうんと頷いてる。
「そうみたいだ。そこそこ危険なのか?」
「あそこは魔物はほとんど出ませんけれど、ホーンラビットという魔物が稀に出没するので注意は必要ですね」
「強いのか?」
「野犬より強いので、戦闘経験がない人だと危険だと思います。ただめったには襲って来ませんが」
「魔法が使えればその辺はどうかな?」
「魔法が使えるのでしたら、初級魔法数発で仕留められるので油断さえしなければ大丈夫ですね」
「なるほど、そうなると過剰な防具は必要ないかな?」
「そうですね、このあたりの魔物相手に万が一を考えるなら値段も安い皮鎧あたりでも十分ですけれど、ホーンラビットの角には効果がありませんので、金属製の胸甲とかどうでしょうか?」
「金属鎧か、高そうだな」
「いえ、心臓を護るための胸部のみの装甲です。治癒魔法があれば心臓さえ無事なら何とかなりますから」
「頭部は?」
「頭部も心臓と同じ位に大事なんですけどね。最終決戦の時くらいしか兜は着けないでしょ?」
「何のことかわからん」
「鉢がねみたいに鉢巻きに鉄片を縫い付けた物なんかはたまに見ますけどね、序盤から頭部を保護してるキャラクターって中々いないんですよね」
「序盤? キャラクター?」
「序盤は装備してなかったり、鉢巻き状の物に飾りがついたりしてる物だったりするんですよね。終盤になると兜になったりしますけど、最終装備でも脳天カチ割られそうな飾り付き鉢巻きだけだったりするケースが多いんですよね、これがまた」
「だからなんの話だ」
「冒険者の話ですよね?」
「冒険者って頭部を保護しちゃダメな理由でもあるのか?」
「さー、周囲の音が聞こえにくくなるとか色々あるんじゃないですかね。適当ですけど」
「適当なのかよ! 大事な事だろ」
「まぁ見た目でしょ見た目。で、どうするんですか? 一応見てみますか?」
「お、おう。一応頭部を保護する防具も見たいんだが」
「兵士以外では使う人がいないので取り扱っていません。この町どころか国中探しても売ってないですよ」
「マジか、恐ろしいなファンタジー世界。でも確かにゲームじゃ頭の防具を売ってるけど、漫画になったりした途端いきなり装備しなくなるな。装備してても鉢巻きっぽいのだけだし」
「では色々見繕って持ってきますね」
「頼む」
店員はちらっと俺とエリナを見ると、店の奥へと消えていった。
「エリナはあまり重い防具を付けられないよなぁ」
「今はそうかもしれないけど頑張るよ!」
ふんす! と気合を入れるエリナ。だが数日で体つきが変わるわけじゃないしな。
店内を見渡すと、皮鎧や金属鎧が並んでいるが、やはり売れ行きが良いからなのか皮の胸当てや胸部装甲といった簡易的なものが多い。
値段もやっぱり結構するな。
胸当てだけなら銀貨数枚だが、肩当やら付属品が多いとそれだけ高額になる。
サイズ調整料も部位が増えるからなのか高額になるし。
盾なんかも置いてあるが、薬草採取が主目的で、防具はあくまでも保険だし必要は無いだろう。
同じ理由でバックラーなんかも邪魔になるな。滅多に襲ってこない魔物相手にゴテゴテ装備をつけるのも本末転倒だし。
「お待たせしました」
店員が商品を乗せたカートを押して戻ってくる。
皮鎧と皮の胸当て、胸部装甲のそれぞれサイズ違いだ。
「まずは皮鎧です。全身の各重要部位をとりあえず保護したいというならこれが一般的ですね。肩当と手甲もセットですので、一応の防御力は有ります。値段は調整料別で銀貨八枚です」
皮鎧を持ってみる。
肩当も本体についてるせいか結構重いなこれ。
着ちゃえばあまり気にならないんだろうけど、エリナには厳しいだろう。
「次に皮の胸当てです。心臓、肺を守るだけですね。刃物で切り付けられても相当な手練れでもなければ大丈夫かと思いますが、刺突剣などの防御には向きません。ですのでホーンラビットの攻撃を防ぐのは心許ないですね。腹部は無防備ですので注意が必要です。価格は銀貨三枚で、こちらは調整が簡単なので調整料は無料です」
これは流石に軽いな。
厚手の服の上に着れば結構良いかも知れない。
ただホーンラビットとやらの攻撃が防げないというのはネックだな。
「最後は金属製の胸甲です、防御力は折り紙付きですね。お嬢さんのサイズの物は、軽量に作ってありますので、一般的な金属鎧よりは防御力が落ちますが、ホーンラビットの攻撃では傷がつく程度で済むのでお勧めですよ。こちらの値段はお嬢様用で銀貨八枚、大人用で銀貨十二枚です。調整料はサービスいたします」
「やはり結構するな」
「中古品ならお安いんですけど余りお勧めしません。板金しなおした金属はどうしても脆くなるので」
「なるほど、下取りした時は見た目に問題が無くても素性が分からないもんな」
「そうですね、一応簡易的な検査はするのですがどうしても目に見えない瑕疵がありますので」
「重さも意外と軽いんだな。皮の胸当てよりは重いが」
「こちらは軽量に作られているタイプですので。その分お安いですが、ホーンラビット程度の攻撃なら問題無いですよ」
「そっか、じゃあこれを買うかな。一緒に鎧の下に着る服と頑丈な靴なんかも買いたいんだが可能か? ところどころに皮の補強がしてあるような頑丈な奴があるとありがたいんだが」
「ございますよ。上下で銀貨一枚、皮の長靴は底とつま先が鉄板で保護された物を銀貨一枚でサービスしておきます」
「ではそれぞれ二着ずつと一足ずつで頼む」
「ではその服に合わせて胸甲を調整致しますね」
店員は奥に向かって声を掛けると店員の奥さんだろうか、おばちゃんが服を数着持って出てくる。
「では早速これを着てみてくださいね。お嬢さんから試着室にどうぞ」
「はい!」
「そういやあいつまだ背が伸びるかもしれないんだが」
「ある程度は調整可能ですよ。服の方も十分余裕を持って調整するようにしておきます」
「助かる」
「お兄ちゃん! 見て! どう? 似合う?」
試着室から麻で出来たらしい厚手の服を来たエリナが飛び出してくる。
膝や肘などあちこちに皮の補強が入ってる。
これで銀貨一枚は安いな。
長靴というかブーツもしっかりとした作りでサイズも合ってるようだ。
「はいはい似合ってる。胸甲を着けてやって貰えるか?」
「はい」
おばちゃんがエリナに胸甲を付ける。
「どうだエリナ? 重くないか?」
「ちょっと重い感じはするけど、体に密着してるせいかそれほど気にはならないかな!」
俺はじっとエリナの胸元を見る。
「サイズが変わる心配はいらないかな?」
「ちょっとお兄ちゃん! どこ見て言ったのそれ! 私すぐにばいんばいんになるもん!」
「女性用はある程度湾曲して作られていて、中に緩衝材を入れてますので、成長されても緩衝材を減らす事で対応できますよ」
おばちゃんが説明してくれる。
そうか、女性用って確かに胸の部分が膨らんでるが、着てる人のサイズ次第で緩衝材が入るのか。
勉強になる。
役に立つ日が来ることはなさそうだが。
「じゃあばいんばいんになっても良い様に緩衝材が多く入るタイプで頼む」
「かしこまりました。ただある程度密着しないとズレたり重く感じたりしますので、少し多め程度になりますが」
おばちゃんの台詞を要約すると、エリナの貧しいサイズに合わせて最大限のパッドは入れてやるけど、やり過ぎると不自然になるし着けてて不具合が出るからあまり期待すんなよってところか。
「そのあたりは任せる」
「なんか馬鹿にされてる感じがする!」
「そんなことないぞ。じゃあ次は俺か」
試着室に入りおばちゃんから渡された服を着る。
サイズぴったりだな。
ちらっと見ただけで良くわかるなあの店員。
試着室から出て、いつのまにか用意されていたブーツを履き、胸甲を着けてもらう。
「たしかに重さはあまり感じないな」
「もう少し調整の余地がありますので、もっと付け心地は良くなると思いますよ」
「うん。これを買うか。あと武器を下げるベルトも欲しいんだが」
「はい、それぞれ一本サービスいたしますね」
「すまない、助かるよ」
「いえいえ、今後ともよろしくお願いいたしますね」
「ああ、贔屓にさせてもらう」
それぞれ胸甲を外し、試着室に入り服を脱いでおばちゃんに渡す。
「では調整致しますので三十分後においでください」
「随分早いな」
「胸甲自体は既存のままで、ベルト調整と緩衝材の調整、あとは服の丈だけですからね」
「そうか、では登録証があるのだが」
首から下げた銀色の登録証を取り出して店員に見せる。
「ク、冒険者ギルドの登録証ですね。まあ採取の話をしてたのでそうかなあとは思っていたのですが」
「今クズって言いかけなかった?」
「総額銀貨二十六枚ですが割引で銀貨二十三枚と銅貨四百枚ですね。銅貨の分はおまけいたしますので銀貨二十三枚で結構です」
「沢山おまけして貰ってありがたいんだけど、ねえさっきクズって......」
店員に問い正しながら銀貨二十三枚と一緒に登録証を出すと、俺の登録証を確認しながら店員が呟く。
「お名前もク、いえ随分クズな冒険者らしい名字をお持ちなのですね」
「登録証は確かにクズって名字になってるけど、バイト数の問題で本当はクズリューなんですけど。名前の方で呼んで貰っていい? あと今完全にクズって言ったよ。ねえ」
店員は自分の首に下げられた商業ギルド登録証をかざす。
<クズッ♪>
QRコード決済かよ。しかもクズって......。
「ねえ今クズって音がしたよ、ねえ。さっきの店ではそんな音鳴らなかったよ、ねえ」
「では三十分後にまたご来店ください」
「くっそ、たくさんおまけして貰った良い店だけにまた買い物に来ちゃうんだろうな。悔しい、でもおまけ嬉しい」
「お兄ちゃんガンバ!」
「お前もクズの組織に所属してるんだからな」
「お前じゃなくてエリナ! あとクズじゃないもん!」
冒険者ってほんと評判悪いんだなと思わされる出来事だった。
あと商業ギルドの登録証の名前欄は何バイトあるんだろうか。
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