深夜方程式

ひびき

第1話

 それとは一夜限りの付き合いなのだ。十二時はとうに超えているある夜、家族は皆眠っている。そんな中僕は明日、正確に言えば今日から行われる定期テストの勉強をしていた。時計を見る。そろそろ頃合いだった。この問題が解けたら、と決めて教科書の中で動き続けている点pを求める。少し時間はかかったが昨日よりは早く解けた。終わるや否や教科書とノートを広げたまま立ち上がりキッチンに向かう。

  お楽しみの始まりだ。

 キッチンに着くとガス台の下にある三段の棚のうち一番下の棚を引く。そこには赤や青、緑などの五種類ほどのカップラーメンがあった。この間見た古代エジプトの絵画に出てくる宝箱と宝石みたいだと思わず笑みが浮かぶ。一人でにやけているがそれを知っているのは僕だけであるという優越感もたまらない。早速カップラーメンの一つ一つを優しく持ち上げてフィルムに包まれているのでかげるはずのない匂いを嗅ぐ。鼻を優しく撫でるようなそれぞれのアピールはどれを選んでも今の僕を満足させるには全く困らない気がした。しばらく悩んだ末に僕は青の爽やかなパッケージ、シーフードヌードルを手に取った。

 始めるか。

早速ポットに目安より少し多めの水を入れてお湯を沸かすためのスイッチを押すと、僕はフィルムを大事に剥がしてやった。中のかやくとスープを取り出し蓋も半分ほど開けてあとはお湯を注ぐだけにする。カチッ、夜の静かな空気に無機質だが心の中がくすぐられる音が混じった。すぐにポットのお湯を容器に注ぐ。心地よい水、いやお湯が注がれる音が静かな空間を支配する。どうしても味が濃く感じてしまう僕は中の線より少し多くのお湯を入れるのが癖になっている。お湯を注ぎ終えるとタイマーをパッケージに記載されている目安時間である三分より三十秒短い二分三十秒にセットしてスタートボタンを押す。

 カップラーメンが硬めの方が美味しいのは地球が青いくらい常識である。

  原石がダイヤに変わるこの待ち時間は大好きだ。僕はこの時間は何もしない。スマホもテレビも見ない、もちろん参考書も。根拠のない余裕が心地よく僕を包む。長いようで短いこの時間。その世界に吸い込まれそうになる。ピピピピピピピピ。おっと、危ないところだった。僕はすっと蓋を開ける。いい世界だ。少し白い、でも綺麗なやや潮風を思わせるプールに魚や海老が踊りながら僕を誘ってくる。上等だ。僕はすぐに飛びかかった。家族も含めほとんどの人が寝ている時間帯、その特別が少しの罪悪感と大きな優越感という隠し味になってラーメンに降りかかる。そして少し硬めの麺とそれにしっかりと絡まる魚たちが最高の舞台を舌の中で演出する。脳がビリビリと何かに犯されていく。僕とラーメンはこれ以上対話をする必要はなかった。

 あっという間に食べ終わると少し残念な感じがしたが、まだたくさんの数式を解かねばならない現実に戻され片付けを急いでいると、ふと思った。この深夜の方程式は一生解けることはないだろうな。

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深夜方程式 ひびき @130625

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