エイナリッジの花束
白沢悠
不安な婚礼
白亜の列柱は薄青く陰り、金枠の窓から光が差して、祭壇へと続く路ばかりが
「この佳き日を迎えしことを深謝し、神王様の御前に申し上げます」
重々しい
「このメルリーゼ・フィアダーマと――」
さっと煮詰めた甘く香ばしい蜜の色の波打つ金髪、今は遠く伏せられて
「――クレオリー・エイナリッジ」
メルリーゼが隣に立つ若者を見上げる。痩身に風変わりな装い。深緑の長い髪を後ろで
二人が注目を集めているのを良いことに、両手の指先をそっと祈りの形に絡めた。薄青い影の中から眩く光る祭壇を見やり、ただ一人の姉と、ただの一度も会ったことのない義兄の幸福を願う。
「若き二人を、何卒、幾久しく御護りくださいますよう」
祭壇に立つ神官の祝詞がようやく、サラファスの祈りに追いついた。
晩秋の空が高く澄みわたる。その青に主とその姉の眼の色を思ってしまうのは、彼らと引き離されているためでもあるのだろう。共にロギエラ王国の貴族であるメルリーゼとエイナリッジ家当主の婚礼の儀は王都の大神殿で執り行われ、両家の護衛はいずれも聖堂への立ち入りを許されない。それはかつて六十年余り続いた戦乱の世、婚礼すらときに血で穢された時代の名残だ。
ログナーは聖堂へ至る階の西側から、眼下に群がる民衆の動きを注視する。サラファスの護衛にして半ば目付役でもあった彼は、所領から王都まで主の供をし、婚礼の儀の最中である今は聖堂の警護に回されている。すべて、彼もその主も知らないうちに決まっていたことだ。
「――イェソド。お前は、知っていたのか?」
隣に立つ青年に視線を向けて、すぐ前へと戻す。秋風にもそよがない硬い銀髪。ログナーと同じ黒緑に金の縁取りの、けれど比較的に新しい制服を着込んだ彼は、メルリーゼが唯一連れ歩く護衛だ。無表情に民衆を
「
しかし返答はあった。声音にだけはその悔しさが滲んでいる。
「すまない」
ログナーは視線を動かさないまま、わずかに眉をひそめた。弟とその護衛に何も知らされないまま姉の縁談が進むことは、まだ、理解できる。だが当人の護衛、それもただ一人の護衛であり婚家まで連れて行く者にすら話を通さないとなれば話は別だ。ログナーはメルリーゼのあの華やかな微笑みを思い浮かべる。サラファスもそうだが、彼女もむやみに深謀遠慮を巡らせるような人物では決してない。
「今夜――いや、明日の早朝だ」
唐突にイェソドの声がした。まるで真意が
「主様がお目覚めになる前に、一人で宿房の裏に来い」
断固とした、脅迫めいた調子。ログナーは返答に迷う。明日になれば彼とサラファスはフィアダーマ領に戻り、イェソドとメルリーゼはエイナリッジ領へ向かう。聞けば両家とも社交に
「扉が開くぞ」
イェソドが言った。聖堂の扉が
ふいに日が陰った。秋雲が流れてきたらしい。ログナーは一つ息をつく。反論の機は逸した。正当な理由なくサラファスのもとを離れたくはないが――イェソドの要求を、呑むしかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます